第4節 精神障害者の犯罪 精神障害者による犯罪には,殺人,放火,暴行・傷害などの凶悪ないし粗暴なものが目立っており,それらが,さ細な動機とか,予測されない動機によってなされているなどの点から,一般市民に不安を与えている。また,最近では,これらの者に対する処遇のあり方に対して強い関心が寄せられている。 精神障害者が重大な犯罪を犯しても,重篤な精神障害のため責任能力がないかその能力が著しく低いときには,刑事責任を追及することができず又は起訴を適当としないことになるため,刑事施設に収容することが不可能又は不適切になる。このような精神障害者は,精神衛生法に基づいて,強制的に国公立又は指定精神病院に入院させ,必要な治療を加えることとなっている。 戦後,精神障害者に対する治療と処遇には,新しい薬物の発見とその利用とによって,多大の変化がもたらされたが,最近では,新しい作業療法,心理療法,生活指導など,多元的な治療方法の開発と導入への努力がなされている。また,施設生活から社会復帰のための諸訓練のほかに,通院,相談あるいは在宅治療など,社会生活の中での治療の努力がなされ,精神衛生法にも,相談と訪問の制度が規定されている。 不起訴又は無罪となった精神障害者は,精神衛生法に基づいて検察官から都道府県知事に通報されるが(同法25条),この通報がなされても入院措置がとられない場合もあり,入院措置がとられた場合にも,精神病院における処遇をめぐって,多くの問題のあることが指摘されている。また,種々の理由によって,かなり早目に退院させている実情も見られる。したがって,これらの精神障害者が十分な医療や適切な指導を受けないままで社会生活を送っている場合が少なくなく,実際に犯罪を犯した精神障害者をみると,その過半数の者が,既に入院歴若しくは前科・前歴を持っているという実情も示されている。 そこで,刑事政策的立場からは,犯罪を犯した後更に犯罪を繰り返すおそれのある精神障害者(及びそれと関係の深いアルコールその他の薬物中毒ないし嗜癖者)を対象とする保安処分の必要性が主張されてきたのであるが,法務大臣の諮問機関である法制審議会は,その第65回総会(昭和48年6月22日開催)において,改正刑法草案の提案していた保安処分の採用を決定した。 この改正刑法草案による保安処分には,治療処分と禁絶処分の2種類があり,裁判所によって言い渡される。すなわち,治療処分は,精神の障害により,責任能力のない者又はその能力の著しく低い者が禁錮以上の刑に当たる行為をした場合において,治療及び看護を加えなければ将来再び上記の行為をするおそれがあり,保安上必要があると認めるときに付することのできる処分である。また,禁絶処分は,過度に飲酒し又は麻薬,覚せい剤その他の薬物を使用する習癖のある者が,その習癖のため禁錮以上の刑に当たる行為をした場合において,その習癖を除かなければ将来再び上記の行為をするおそれがあり,保安上必要があると認められるときに付することのできる処分である。 以上に述べてきたような精神障害者をめぐる情勢を背景として,以下,昭和47年を中心とした我が国における精神障害者に対する措置状況及び精神障害者の処遇の実情について述べることにする。
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