前の項目   次の項目        目次   図表目次   年版選択
 昭和45年版 犯罪白書 第三編/第一章/二/6 

6 社会変動と少年犯罪

 昭和三五年に出された本邦初の犯罪白書は,すでに高まりつつあった少年犯罪の第二波をとらえ,その特徴的な傾向として,(1)ローティーンの増加,(2)中流層出身者の増加,(3)人身に対する暴力的攻撃を主とした犯罪,なかんずく性的な犯罪の増加,(4)大都市における少年犯罪の粗暴化をあげ,その背景をなす一般的原因として,(ア)余暇時間の増大,(イ)家庭生活の変化,(ウ)人間的結合の希薄化,(エ)消費生活の豊富化,(オ)少年の身体的成熟,(カ)戦時および戦後の混乱期の影響,(キ)マス・コミの影響,(ク)おとなと少年との考え方の断層などの諸要因について言及している。
 その後の犯罪白書は,これらの特徴のほかに,犯罪の集団化,累犯化,在学少年ことに中学生・高校生の増加,両親のそろっている家庭に属する少年の増加,共かせぎ家庭に属する少年の増加,都市集中化などの特徴的な諸現象を,その時々のトピックとして取り上げ,人口の推移,成長・成熟の加速現象,経済成長や産業構造の変革,進学率の増加,家庭の民主化ないし核家族化,都市化,マス・コミの発達など,人口,経済,社会,文化にわたる広汎な事象との関連の上で,犯罪の推移を追及し,問題の所在を究明してきた。
 昭和四四年度の犯罪諸統計を整理してみた今日の時点で,その特徴的な所見を要約すると,
(1) 年少少年の犯罪は減少傾向をたどってきたが,今や減少の谷に近づきつつあるとともに,一般的増加傾向は年長少年から若年成人の層に移りつつある。
(2) 少年犯罪の低年齢化,粗暴化傾向は,学生を中心とする集団暴力事件の凶悪化に移行するとともに,年長少年層の凶悪犯罪が目立ってきている。
(3) 交通事故による業務上過失致死傷が,罪種のトップに立つにいたった。
(4) 自動車の普及とともに,自動車に関連した犯罪が増加している。
(5) 一時流行した睡眠薬遊びは下火となり,代わって,より危険なシンナー類の乱用が流行し,マリファナやLSDの乱用も散見されている。
(6) 被害者との関係が欠けているものまたは希薄なもの,および不特定多数を被害者とする犯罪がふえている。
(7) 主役が,中学生・高校生から,大学生に移っている。
(8) 有職少年の増加が目立ち,犯罪への契機として,頻回転職の傾向が著しくなっている。
(9) 連続射殺事件,高校生の首切り事件など,これまでの少年犯罪にみられない,常識的理解をこえた凶悪犯罪が頻発している。
(10) 都市化の影響は,大都市から中小都市に移行し,少年犯罪の拡散化がみられる。
 などの傾向があげられる。このほか,ここでは取り上げなかったが,フーテンなどのヒッピー類似の,いわば非社会的な型の非行や,性の商品化ないし自由化に影響されたと思われる倒錯的非行の出現もみられており,交通犯罪,学生の集団暴力犯罪,動機なき凶悪犯罪,薬物乱用など新しい型の犯罪ないしは非行を含めて,その多様化の傾向をまず第一に指摘しなければならない。
 次に,従来は,貧困家庭や欠損家庭,大都市またはその中の特殊地域,無職者,精神障害者など,明白な環境または資質上の障害を背景ないし要因として起こっていた少年犯罪が,正常範囲の資質のものや,普通の家庭,地域にまで一般化するとともに,特徴的な現象,すなわち症状とその内容は,きわめて流動的である点が注目される。
 このような多様化や一般化,流動性の傾向は,述べるまでもなく,社会・文化的環境の変化によるものであって,人口の推移や経済の高度成長のみならず,社会・文化的な推移が,まず抵抗力の弱い青少年層に影響を及ぼし,それが犯罪・非行となって反映されたものと考えられる。
 今日,経済成長や工業化による公害の問題は,今や一般化し,ますます深刻化しつつある。少年犯罪の第二波は,高度経済成長期における社会変動の急性症状ともみられるが,さらに進展しつつある広汎な社会・文化的変動の余波が,多様な型の犯罪・非行となって今後とも出現し,推移してゆくことが予想される。
 本年八月,京都で開催された「犯罪防止及び犯罪者処遇に関する第四回国際連合会議」において,「社会防衛政策と国の開発計画」が第一議題としてとり上げられたことは,高度経済成長と地域開発が推進されて,著しい少年犯罪の変動を経験してきたわが国にとっては,まことに意義深いものがある。過去十数年に及ぶ貴重な経験の中から,社会変動と犯罪推移の関連を明らかにし,将来の犯罪を予測する因子ないし指標を見出すことによって,あらかじめ起こりうべき犯罪の防止対策を講じてゆくことは,さらに多方面にわたる開発と進展が期待されるわが国にとって,きわめて重要な課題といわなければならない。