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 昭和45年版 犯罪白書 第三編/第一章/二/3 

3 家庭

 家庭は,子どもがはじめて社会関係を結ぶ大切な環境であり,最も依存性と可塑性に富んでいる時期に,そこで養育され,しつけを受けながら,社会生活への適応や社会的態度をまなび,人格の基本が形成されるのである。古い家族制度がくずれて,夫婦中心の,いわゆる核家族化が進むにつれて,家庭は,愛情的結合の集団として,その機能は純粋化したが,一方ではその力が弱まり,ことに都市化の進展とともに,家庭の無力化ないし孤立化の傾向が顕著になってきている。それだけに,家族成員間の愛情的結合の必要性が強くなっているわけであるが,この愛情的結合ないし人間関係に破たんがおこると,家庭の機能が失われ,子どもの健康な精神の発達を阻害し,あるいはその情緒を不安定にし,それが非行や,その他の逸脱行動の原因となることは,しばしば指摘されているところである。
 この家庭病理の典型的なかたちとして,古くから注目されてきたのは欠損家庭で,死亡や別居,離婚などによって,一方または双方の親が欠けている家庭のことをいうが,親が欠けている事実よりも,欠けるに至る過程そのものや,その間に起こる人間関係の障害が,今日では,種々の問題行動の原因として重くみられている。
 後にも触れるとおり,わが国においては,非行少年の所属する家庭のうち,欠損家庭の占める割合が,ここ数年来減少する傾向を示しているが,一方,最近のめざましい経済的発展によって,雇用の機会の増大,欲求水準の向上は,長期の出かせぎ,夫婦の共かせぎの増加を招き,これによってもたらされる家庭機能の障害が,家庭の病理として新しい問題を提起するに至っている。
 また,従来の犯罪白書は,最近の犯罪少年の所属する家庭のうち,両親もそろい,経済的にもさほど困窮していない家庭の割合が増加しつつあることを指摘してきたが,このような傾向は,単に家庭の構造上の欠陥や経済的な貧困が少年を犯罪に追いやるのではなくて,親子の愛情関係,監督やしつけ,家族間の結びつきなど,家庭としての機能に問題が内在していることを示唆するものである。以下,犯罪少年とその家庭の問題について,二,三の事実を指摘しておきたい。

(一) 保護者の状況

 司法統計年報によって,全国の家庭裁判所が取り扱った一般保護少年について,その保護者の状況をみると,III-29表に示すように,過去十数年の間にかなり著しい変化がみられる。すなわち,実父母のある者は,昭和三〇年には四五・一%にすぎなかったが,年々増加し,昭和四〇年には七一・九%となっている。しかし,昭和四三年は七一・三%で,若干減少している。

III-29表 一般保護少年の保護者の状況(昭和30,35,40,43年)

 なお,昭和四三年においては,実父のみの少年は三・四%,実母のみの少年は一一・五%であって,これを非行のない一般少年のそれと比較することは困難であるが,厚生省児童家庭局による昭和四四年度全国家庭児童調査によれば,父のいない家庭は五・三%,母のいない家庭は一・七%であり,中学在学中の者の欠損率六・九%,中学卒業の者は九・六%であることを考慮に入れると,一般保護少年の方が欠損率は高いけれども,その差はとくに顕著なものでないことがわかる。
 次に,法務省特別調査により保護者の状況をみると,実父母のある者は七五・〇%,実父のみの者四・六%,実母のみの者一三〇%で,その構成割合は家庭裁判所の一般保護少年の場合によく似ている。
 保護者の状況別に,警察で補導された経験の有無,補導歴のある者については最初の補導年齢をみると,III-30表に示すように,実父母のある家庭の少年では,補導歴のある者が三二・八%であるのに対し,欠損家庭の少年では,実父のみの三七・八%を除いて,いずれも四〇%以上が補導歴を持っている。また,最初の補導時の年齢をみると,実父母のある家庭に比べて,欠損家庭の少年では,概して低年齢で補導される割合が高くなっている。

III-30表 保護者の状況別・補導歴の有無および最初の補導年齢(昭和44年)

 これによってみると,少年犯罪の原因としての親の欠損の役割には,以前ほどの重要性は認めがたいけれども,欠損にいたる過程や,それによって起こる人間関係の障害のもつ意義は,依然として重要であり,看過できないもののあることは否定できない。

(二) 保護者の職業・経済状況

 法務省特別調査によって,犯罪少年の保護者の職業構成をみると,III-31表に示すように,工員・職人・人夫・土工など,いわゆるブルー・カラー的職業が最も多く,職業のある保護者の三四・〇%を占めている。その次が農林・漁業関係の二四・八%で,専門・技術・管理・事務系統の,いわゆるホワイト・カラー的職業は一五・一%にすぎない。

III-31表 犯罪少年の保護者の職業と少年の罪種(昭和44年)

 同表によって,これと少年の罪種との関係についてみると,「工員・職人・人夫・土工」群では,強盗・殺人の割合が高く,暴行・傷害・脅迫・恐喝などの粗暴犯がこれに次いでおり,特別法犯が低い。これに対し,「専門・技術・管理・事務」群では,窃盗,その他の刑法犯が若干高いくらいで,強盗・殺人,暴行・傷害・脅迫・恐喝は最も低率になっている。すなわち,凶悪犯や粗暴犯は,前者の職業グループになじみやすく,後者とはなじみにくいことを示している。
 なお,「農林・漁業」のいわゆる第一次産業グループでは,強姦・わいせつの性犯罪が比較的高率を示しているのが注目される。
 親の職業そのものと子どもの犯罪とは,直接的な因果関係を認めがたいことはいうまでもないが,家庭の所属する社会階層や文化的背景と犯罪との関係は見のがすわけにはゆかないであろう。
 次に,司法統計年報によって,一般保護少年の保護者について,その経済的生活程度を,昭和三〇年,同三五年,同四〇年および同四三年の各年次別にみると,III-32表が得られる。これによって,従来,犯罪要因として重視された「貧困」「要扶助」についてみると,両者をあわせて,昭和三〇年には六一・七%であったのが,次第に減少し,昭和四〇年には二四・八%,昭和四三年には,さらに一九・三%と著しい割合の低下がみられている。したがって,生活に困らない「普通」は,昭和三〇年の二六・五%から,昭和四三年の七五・七%まで,割合において三倍近く,実数において四倍をこえる増加を示している。

III-32表 一般保護少年(刑法犯)の保護者の経済的生活程度(昭和30,35,40,43年)

 戦後における社会階層の変動と,最近における高度経済成長によって,いわゆる中流階層は大幅に拡大され,それが犯罪少年の家庭の経済状況にも反映してきていると思われるが,昭和元禄とよばれる経済的繁栄と平和の背景をなす急激な社会変動の渦の中で,多くのいわゆる中流家庭が社会適応上種々の問題をかかえており,そのしわよせが少年の非行化となって現われていることは,すでにいくつかの研究結果から指摘されている。

(三) 共かせぎ家庭

 戦後,家族制度の急激な変革に伴って,わが国の家庭は,さまざまの面で変容している。
 その第一は,家族構成員の減少であり,核家族化である。第二は,家族の民主化による家族的紐帯の弱化であり,これらの傾向は都市化の進展に伴っていっそう拍車をかけられている。第三は,家族の生活程度の一般的向上であるが,その経済的生活程度の向上の背景には,共かせぎによる世帯収入の増加を見のがすことができない。最近における著しい経済発展によって,雇用の機会はますます増大し,とくに子を持つ有配偶者が家庭外の常傭労働に従事する傾向が強くなり,家族的紐帯をさらに弱化させる一因となっている。
 さきの厚生省の全国家庭児童調査によれば,児童のいる世帯のうち,四三・五%が共かせぎ家庭(父母のいずれかまたは両方が出かせぎのものを含む。)であり,昭和三九年八月現在,母親が家庭外の常傭労働に従事している家庭が,児童のいる家庭の一二・五%であったのと比較すると,きわめて顕著な増加がみられている。
 このような共かせぎ家庭から,いわゆる「鍵っ子」が生じ,子どもに対する接触や配慮がゆきとどかないことから,非行ないしは問題行動に陥る危険性の多いことが,多くの識者によって警告されてきたが,法務省特別調査によって,犯罪少年の家庭の中で,共かせぎ家庭の占める割合をみると二四・八%で,昭和四一年一〇月から四二年三月までの同じ調査による共かせぎ家庭の割合一七・五%に比較し,かなりの著しい増加がみられている。この共かせぎ家庭の割合を年齢段階別にみると,年少少年では三一・八%,中間少年では二五・三%,年長少年では一九・九%で,当然のことながら年少者ほど高率になっている。
 III-33表は,罪名別に共かせぎ家庭の割合を示したものであるが,これらの割合は,調査の年次によってかなり浮動的であり,ここ二,三年恒常的に多いのは窃盗のみであって,粗暴犯はおおむね少なくなっている。

III-33表 共かせぎ家庭の有無と罪名(昭和44年)

 このように,犯罪少年の中における共かせぎ家庭に属する少年の占める割合は,共かせぎ家庭そのものの増加に伴ってふえつつあり,昭和四四年度の法務省特別調査における二四・八%という割合は,昭和四二年の東京都総務局調査における都内中学生の所属する共かせぎ家庭の一四・七%,高校生のそれの一一・八%よりは高くなっているが,昭和四四年度の厚生省調査による全国の共かせぎ世帯の割合四三・五%より著しく低くなっている。このことは,児童のいる親の共かせぎが一般化するとともに,子女の非行化に対する配慮もまた行きわたり,場合によっては,非行化抑制的な機能ともなっていることが考えられる。