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2 収賄 収賄は,公務員犯罪の中でも重要なものの一つであり,最も世人の注目をひいている犯罪である。他の公務員犯罪には職務に関係のないものも含まれているが,この犯罪は,すべて公務員の職務の執行に関係がある。したがって,この種の犯罪は,公務員の職務の公正と,官公庁による施策の適正な運営を阻害し,政治,行政に対する国民の不信を招くのみならず,ひいては,国民一般の遵法意識を低下させるなど,はかり知れない弊害をもたらすものである。いうまでもなく,この犯罪に対する世論の批判は,すこぶるきびしいものがあるが,それにもかかわらず,今日なお,依然としてその跡を絶たないばかりか,増加のきざしさえみえることは,寒心に堪えないところである。
もとより,この種の事犯は,収賄者,贈賄者の双方が罰せられ,特定の被害者というようなものが存在しないこともあって,その潜在性が強く,取締りもきわめて困難であるので,統計面に現われた数字は,いわば氷山の一角にすぎないものといっても過言ではなく,表面化した事犯を捕えてその動向を断ずることは早計であろうが,表面に現われた犯罪の傾向をみることは,一応,その背後にかくれたものの傾向を知る一つの手がかりになるものと思われる。 I-72表は,警察庁の統計により,昭和三一年から三三年までの三年間と,その一〇年後の昭和四一年から四三年までの三年間に,それぞれ,贈収賄罪で検挙された人員の多かった職種を,上位一〇番目まで掲げて,一〇年間の変遷を比較してみたものである。昭和三一年から三三年までの三年間の検挙人員累計は,一,三七五人であったが,同表によってみると,検挙人員は,比較的多様な職種にわたっていて,一定の傾向といったものはつかみにくい。ところが,昭和四一年から四三年までの三年間の検挙人員累計は,一〇年前から,約三二%増加した一,八一四人となっているが,その四割近くの六九七人が,「土木・建築関係の地方公務員」と「地方公共団体の議会の議員」のわずか二つの職種によって占められており,一般的にみて,地方公務員関係の増加が目立っている。ちなみに,検察庁の統計によってみても,たとえば,昭和四〇年の収賄事件新規受理人員のうち,地方公務員は総数の五七・二%を占めていたが,昭和四四年には,その割合が,六九・一%に増加しているのである。 I-72表 贈収賄事件検挙人員比較(昭和31〜33,41〜43年) わが国における,最近のめざましい経済の成長,発展は,地方の急激な工業都市化,あるいは観光開発を招き,また,所得水準の向上により,子弟の教育への関心が高められている。さきのI-72表によって,昭和四一年から四三年までの検挙人員累計を職種別にみると,「土木・建築関係の地方公務員」が最も多く,また,これまで,この種の犯罪とは縁が遠いと思われていた,「教育関係の地方公務員」がかなり上位に見いだされることは,このような時代の動きと何らかの関連があるのかも知れない。一口に,収賄事件といっても,その原因は多種多様で,一概に断定することは困難であるが,何といっても,公務員の自覚の欠如,綱紀の弛緩があげられる。およそ,この種不祥事の発生を防止するためには,公務員の服務規律が厳正で,各自がそれぞれ職務の重要性と責任の重大性を自覚して,職務の遂行に当ることが不可欠であるが,公務員の中には,このような自覚,とくに公正,廉潔の重要性についての自覚を十分もたないものがあるように思われる。このような公務員が,一般産業界その他国民生活に直接間接に影響を及ぼす多くの分野において何等かの権限を行使するとき,ややもすれば役得意識が生まれ,これに物質偏重,消費生活おう歌の風潮に拍車をかけられて,漫然金品やもてなしを受けたり,あるいは,極端な事例では,賄賂の提供を要求することにもなりかねない。また,厳正な綱紀が保たれない原因としては,人事管理や事務運営の不手際による場合も少なくなく,複雑な均衡人事の繰り返しが,教員人事を腐敗させ,あるいは,人材の乏しい中小自治体において,一人の中堅吏員が,長年月にわたって利権の多い事務を一手に掌握していたことが,収賄事件発生の一因をなしたと思われる事例もみられるところであって,公務員各自の自覚を喚起することはもちろんであるが,適正にして清新な人事管理を行なうとともに,事務運営に関し,その改善に努めることが必要と思われる。 おわりに,公訴を提起された収賄事件が,裁判所でどのような刑に処せられているかを,最近五年間についてみたのが,I-73表である。これによって昭和四三年の数字をみると,執行猶予率は九三・九%と,前年に引き続いて,きわめて高い割合を示し,懲役刑に処せられた者の総数のうち,一年以上の刑に処せられた者の占める割合は,三二・五%と最近五年間の最低となって,この種事犯に対する科刑が,従来にもまして軽くなる傾向を示している。 I-73表 収賄罪通常第一審科刑別人員(昭和39〜43年) いうまでもなく,刑罰のみをもってこの種事犯の一掃を図ることは不可能であるが,近時の事犯は,ますます巧妙化して,その検挙は証拠蒐集の面からしだいに困難になりつつあるといわれている点からみると,犯人の責任にふさわしい刑罰を厳正に科することが,この種事犯の防止のため必要なことといえよう。 |