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 昭和44年版 犯罪白書 第一編/第四章/一 

第四章 交通犯罪

一 概説

 自動車による交通事故の死傷者数は激増の一途をたどっている。
 I-72表は,昭和二〇年以降の自動車と原動機付自転車の各台数,交通事故の発生件数および交通事故による死亡者と負傷者の人員数を示したものであり,I-73表は,一日当たりの交通事故の発生件数,死者および負傷者の比較をみたものである。昭和四三年に発生した人身事故を伴う交通事故は六三五,〇五六件で,前年より一一三,五七五件(二一・八%)の増加を示し,死亡者数は一四,二五六人で,六三八人(四・七%)の増加をみせ,負傷者数は八二八,〇七一人で,一七二,六九四人(二六・四%)の増加となり,いずれも,わが国としては最高の数字を示すに至った。一日当たりの,発生件数は一,七三五件,死亡者は三九人,負傷者は二,二六三人にのぼり,この数字によれば,約五〇秒に一件の交通事故が発生し,約三七分に一人が死亡し,約一分に二人が負傷している計算となるのである。自動車事故事件の激増は,国民の広い範囲に悲惨な打撃を与えて重大な社会問題と化しており,その防止に抜本的な対策が切望されているのも,ゆえなしとしないのである。

I-72表 交通事故の発生件数と死傷者数(昭和20〜43年)

I-73表 一日平均の交通事故累年比較(昭和21〜43年)

 したがって,交通犯罪という用語も,この章においては,もっぱら自動車(原動機付自転車を含む。以下,特に区別しないとき,同じ。)交通に関する犯罪という狭い意味に限定して述べることとする。また,自動車交通に関する犯罪といっても,人を死亡あるいは,負傷させて,主として刑法第二一一条(業務上過失致死傷および重過失致死傷)に触れる罪と,道路交通法その他交通関係法令の罰則に触れるものとの二つに大別され,前者は刑法犯,後者は,いわゆる,行政犯とされているが,もともと,道路交通関係法令も,道路交通の危険を防止し,その安全と円滑を図ることを目的としており,取締りの励行は,かなりの程度まで,事故防止に役立つという関係にあるので,この二つを並行させながら,交通犯罪の概況をみていくこととする。
 自動車台数の増加は,I-72表のとおり一千万台を突破したが,これを操縦する資格を与えられた者の増加も著しい。I-74表は,昭和三四年以降の,運転免許取得者数と人口に対する取得者数の割合を示したものであるが,運転免許を取得した者は,この一〇年間に三倍以上に達して,約二千六百万人となり,運転免許証の交付を受けることのできる最低の年齢である一六歳以上の者のうち,約三人に一人は,運転免許証を取得している計算となる。

I-74表 運転免許取得者数と人口の割合(昭和34〜43年)

 I-75表は,死亡事故事件について,事故の主たる原因があるとされた車両等の種別と発生件数との関係を示したものであるが,これによると,昭和四三年は,自家用貨物自動車による事故が最も多く,総数の三六・四%を占め,次いで自家用乗用自動車の二三・七%,原動機付自転車の一二・二%,事業用貨物自動車の八・二%の順となっている。ところで,前年と比較すると,自家用乗用車による事故の増加が著しく,七五六件も増加しているのが注目される。自動車運転免許取得人口の増加と自家用自動車の普及とがあいまって,いわゆるオーナードライバーによる交通事故は,今後ますます増加の傾向をたどるものと思われる。

I-75表 事故の主たる原因となった車種別死亡件数(昭和40〜43年)

 I-76表は,自動車による人身事故を,事故の類型別に分類して,最近三年間の状況をみたものである。これによると,車両相互の事故は,昭和四一年には全体の五九・五%,四二年に六三・七%,四三年に六七・一%と逐年増加しているのに対し,人対車両の事故の割合は,昭和四一年には三一・三%,四二年,二七・九%,四三年,二五・四%と年を追うにつれて減少している。このように事故類型別にみると,最近の傾向としては,歩行者が被害者になることよりも,自動車間の衝突等の事故による被害者が増加していることである。なお,警察庁交通局の統計によると,車両相互の事故のうち,最も多いのは追突事故であり,次いで,出会いがしらの衝突事故,右折時の側面衝突事故の順となっているが,人対車両の事故では,横断歩行中の事故が最も多く,次いで路上への飛び出しによる事故となっている。

I-76表 事故類型別発生状況(昭和41〜43年)

 I-77表は,交通事故による死亡者と負傷者について,七大都市所在の都府県内における数が,全国総数に占めている比率を示したものである。これによると,死亡者の比率は,昭和三九年の三七・〇%から,逐年減少し,昭和四三年は,三〇・四%となっている。また,負傷者の比率も,昭和三九年の四八・八%から,昭和四三年には,四六・一%に減少している。このように,大都市の占める比率が減少し,逆に大都市以外での交通事故による死傷者が増加してきており,交通犯罪の地方化ないしは全国化の傾向がみられることが注目される。

I-77表 全国および7大都府県の死傷者数(昭和39〜43年)

 次に,I-23図は,昭和四三年中に,警察から検察庁および家庭裁判所に送致され,あるいは交通反則通告制度の適用を受けて,反則金を納付した道路交通法違反事件三,九六四,九二九件を,態様別に分類したものである。これによると,最高速度違反が三〇・四%で,他の違反態様を引き離して第一位であり,この傾向は,数年間変っていない。次いで,駐停車違反の一五・四%,無免許運転の八・五%の順となっている。

I-23図 道路交通法違反態様の百分比(昭和43年)

 次に,交通犯罪の中で,一般に,最も悪質といわれている「ひき逃げ」についてみることとする。道路交通法は,車両等の交通による人の死傷または物の損壊があったとき,当該車両等の運転者その他の乗務員は,直ちに車両等の運転を停止して,負傷者を救護し,道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならないとしているが(道路交通法第七二条第一項前段),その中でも,危険性が高く,犯情の重い,人身事故の発生に伴うひき逃げ事件について,一〇年間の推移をみると,I-78表のとおりである。まず,発生件数は,年を追って増加し,昭和三四年を一〇〇とする指数で示すと,昭和四三年は二四〇になっている。しかし,これとても,人身事故自体の増加率(昭和三四年の死傷者数を一〇〇とすると,昭和四三年の指数は三五〇に達する。)よりは低く,また,ひき逃げされた事故の死傷者数は,実数においては増加しているが,人身事故全体の被害者中に占める割合は,逐年減少しており,昭和四三年は,二・八%となっている。検挙率は,昭和三四年には,六〇・七%にすぎなかったが,逐年上昇して,昭和四三年は,八五・九%となっている。

I-78表 ひき逃げ事件累年比較(昭和34〜43年)

 ところで,考慮されなければならないことは,逐年増加の一途をたどる道路交通法違反事件の処理手続の合理化についてである。検察統計によれば,同法違反事件の受理人員数は,昭和三七年以降,一年間に四〇〇万人をこえており,このような大量の事件に対処し,検挙から裁判に至るまでの処理を迅速に行なうため,昭和三八年一月一日から,東京など一〇都市の三二簡易裁判所管轄区域内の成人事件について,「道路交通法違反事件処理のための共用書式」 (いわゆる交通切符制度)が採用され,逐次,適用の範囲を拡大して,昭和四一年一〇月一日からは,成人,少年の別なく,全国的に実施された。この交通切符制度が,事件処理の能率化,迅速化に寄与した点は,高く評価されるべきであると考えられるが,他方,右のごとき多数の違反者が,その違反の軽重を問わず,すべて犯罪者として検挙,送致され,かつ,刑を科せられていわゆる前科者となり,しかもその大半が,右の交通切符方式により処理され,罰金刑に処せられているのであって,このような事態は,広く国民の間に刑罰の感銘力を次第に低下させ,刑罰の効果を減殺することにもなりかねない。このことは,刑事政策的見地からみても,問題があると思われる。
 このような事態に対して,抜本的な方策として考えられたのが交通反則通告制度である。この制度は,道路交通法違反事件の処理手続の特例として,第五五回特別国会において成立した「道路交通法の一部を改正する法律」(昭和四二年八月法律第一二六号)により設けられたもので,昭和四三年七月一日から施行された。この制度は,自動車等の運転者がした運転に関する違反行為であって,危険性の高い違反行為等を除いたものを反則行為とし,これを犯した者を,特定の場合を除いて反則者とし,そして反則者(少年を除く。)に対して,警視総監または警察本部長が法令に定める定額の反則金の納付を通告し,その通告を受けた者が,一定の期日までにこれを納付したときは,その違反行為の事件について,公訴が提起されなくなり,納付がなかったときは,刑事手続が進行することを骨子とするものである。また,警視総監または警察本部長の通告に先だって行なわれる警察官の告知を受けた者は,一定の期間内に,反則金に相当する金額を,かりに納付することができるものとし,その者が仮納付をした場合には,通告による反則金を納付したのと同様の効果をもたせようとするものである。
 交通反則通告制度が実施された昭和四三年七月から同年一二月までの,この制度の運用状況をみると,I-79表のとおりである。

I-79表 交通反則通告制度の運用状況(昭和43年7月〜12月)

 同期間中の道路交通法違反の検挙総数は一,九八〇,六九六件であり,これを前年の同期と比べると,実数において三九三,二〇九件,比率において一六・六%の減少となっている。このうち反則事件は一,二一六,二二五件で,総数の六一・四%を占め,残りの七六四,四七一件が非反則事件となっているが,このうち三八・四%にあたる二九三,六八八件が少年事件である。したがって,成人事件に限ってみると,反則事件の占める割合は,七二・一%に達する。
 この画期的な制度の運用の成果は,国民各層から注目されているが,警察庁の調査によると,実施後半年間において,反則金の仮納付率八二・六%,総納付率九五・六%(したがって,反則金不納付の四・四%の者は,刑事事件として送致される。)であり,この制度はほぼ順調に軌道にのったものと考えられる。