前の項目   次の項目        目次   図表目次   年版選択
 昭和35年版 犯罪白書 第二編/第一章/五/3 

3 執行猶予

 自由刑に刑の執行猶予の言渡がつけられると,その刑をただちに執行することがなく,かつ,執行猶予の期間中にその執行猶予が取り消されることなく経過すると,刑の言渡じたいもその効力を失うこととなっている。執行猶予は,罰金刑にも,これをつけることができる。
 自由刑は,一つには犯罪を社会から隔離することによって社会から犯罪者を防衛するという作用をいとなむが,その反面,その者の拘禁は,社会にとっても,人的資源を失うという損失があるばかりでなく,犯罪者自身にとっても,社会生活の中断が,その社会復帰をいちじるしく困難にし,ひいては,その者に依存して生活する家族に過度の困難をしいる結果となる場合が多い。もし,これを隔離しないで通常の社会生活をいとなませつつ,猶予期間を無事に経過させることができ,また,そのような措置をとることが社会の防衛に反しないというのであれば,犯罪者にとってはもちろんのこと,社会にとっても利益であることは明らかである。不幸にして,所定の期間内にふたたび犯罪を犯すなどのことがあったならば,その時に,すでに定められた刑をもあらためて執行することにしてもよいであろう。このような刑事政策的配慮にもとづいてできたのが,執行猶予制度である。
 しかし,この制度を真に実効あらしめるためには,執行猶予者に本来自助の責任があることを認めつつ,適宜これを補導援護し,かつ,善行を保持させるべく指導監督する必要があろう。この要請にこたえて,執行猶予者のすみやかな更生をはかるために設けられた制度が,執行猶予者に対する保護観察制度である。
 執行猶予制度は,明治三八年にはじめて採用されてから,数次の改正を経てその適用範囲をおいおいにひろめ,注目すべき発達をとげた。II-42表は,戦前における昭和二年から昭和七年までと,戦後における昭和二八年から昭和三三年までの間とにつき,自由刑の言渡と執行猶予つきの言渡との比率をみたものである。これによると,戦前には,第一審で禁錮以上の刑を言い渡された者のうち,執行猶予のついたものは,一七パーセント前後であったが,戦後には,この比率が一躍して増加し,四五パーセントないし四八パーセントの高率をみせている。

II-42表 第一審懲役・禁錮言渡中の執行猶予付人員と率(昭和2〜7年,28〜33年)

 このような高い率になったのは,戦後,一般に刑の量定が緩和されたことのほか,昭和二三年の刑法改正で,それまでは,「二年以下の懲役または禁錮」を言い渡す場合にかぎり執行猶予をつけることができたのが,「三年以下の懲役または禁錮」にまで範囲が拡大されたのと,昭和二八年の刑法改正で,「一年以下の懲役または禁錮」を言い渡す場合にかぎり,再度の執行猶予をつけることができるようになったことも原因にあげなければならない。つぎに,刑法犯のおもな罪について,執行猶予のついた比率をみると,II-43表にみるように,強盗致死傷と殺人を除いては,いずれも,年とともに高率化の傾向をうかがうことができる。そして,殺人罪については,その約三〇パーセントに,強盗致死傷についてもその二パーセント弱に,それぞれ執行猶予がついているのは,注目されることである。戦後に裁判官の量刑の緩和傾向がつよくなっているといわれているが,執行猶予について,とくにこの傾向がいちじるしいといえよう。

II-43表 罪名別懲役刑に対する執行猶予率(%)

 つぎに,執行猶予の期間をみると,II-44表にみるとおり,猶予期間は,三年以上四年未満がもっとも多く,その約六〇パーセントをしめ,これに四年以上五年未満と二年以上三年未満がついでいる。もっとも少ないのは,一年以上二年未満で,総数の二パーセント前後にすぎない。

II-44表 執行猶予人員の猶予期間別百分率

 執行猶予という制度は,適正に活用されれば,もとより好ましいにはちがいないが,執行猶予に付された者が,猶予期間内にふたたび罪を犯し,これを取り消される場合が多いとすれば,その運用は再検討されねばなるまい。II-45表は,執行猶予を取り消された者の統計であるが,戦前には,取消率が五パーセントないし八パーセントであったのが,戦後には,一五パーセントないし一八パーセントという高率にのぼっている。もちろん,この比率は,ある年度において刑の執行を猶予された者がその後にいたってこれを取り消され場合の比率を正確にあらわすものではないが,それにしても,やはりほぼ,この比率と似た数値を示すものと推測してよいであろう。執行猶予者が余罪で実刑を言い渡されるのはともかく,猶予の期間内にふたたび罪を犯して執行猶予を取り消されるのが戦前にくらべて倍加したとすれば,刑罰の一般予防機能として看過できない現象といわなければならない。そこで,II-45表にあげた取消人員のうち,昭和三二年と昭和三三年とにつき,執行猶予の言渡の日からふたたび罪を犯した日までの期間をみると,II-46表のとおり,執行猶予言渡の日から一年までの間に罪を犯し,執行猶予を取り消されたのが多く,昭和三二年にはその六四パーセント,昭和三三年には,その六〇パーセントまでが,これにあたるのである。これは,その取り消された者に対する執行猶予の感銘力が弱かったといえるのではあるまいか。執行猶予の制度は,もともとこれをうける者にとって感銘力の強いはずのものでなければならないのに,このような短期間のうちにふたたび罪を犯してこれを取り消されるというのは,執行猶予の運用に一つの課題を提供するものであろう。

II-45表 執行猶予人員中の取消人員と率

II-46表 執行猶予取消人員の執行猶予言渡時から再犯時までの期間別人員

 保護観察付執行猶予は,猶予期間中その者を保護観察官や保護司の保護観察に付して,執行を猶予された者が再犯に陥るのを防止するとともに,その更生を援助し指導しようとするものである。II-47表には,執行猶予に付せられた者のうち,とくに保護観察がつけられた者の比率をあげたが,昭和二九年以降,年とともに増加の傾向にあることがわかる。保護観察は,再度目の執行猶予を言い渡すときには,法律上かならずつけなければならないから,再度目の執行猶予の数とその保護観察の数とは一致するわけだが,初度目の執行猶予については,法律上,裁量によることになっているため,裁判官の判断にゆだねられているところ,この数が飛躍的に増加してきたのは,裁判官が,積極的に保護観察を活用したためである。昭和三三年には,執行猶予の言渡のうち,一八・五パーセントまでに保護観察が付せられているのは,注目すべきであるし,保護観察制度の趣旨からみて望ましいことといわなければならないが,保護観察付執行猶予の取消率は,同表にみられるように増加の傾向にあり,昭和三三年には保護観察の総数の二九・五パーセントをしめているのが注目される。これは,保護観察の運用に遺憾な点があるのか,それとも,保護観察になじまない被告人に保護観察付執行猶予を言い渡すためか,どちらかによるものとおもわれる。しかし,第三編第三章で述べるように,保護観察中に所在の不明となる者が少なくないという事実は,保護観察になじみがたい被告人に保護観察付執行猶予の適用されることの多いのをものがたっているといえよう。

II-47表 執行猶予者に対する保護観察の人員と率等

 執行猶予は,罰金にも,これをつけることができるが,II-48表にみるとおり,罰金に執行猶予をつける率は,きわめて低く,これは,自由刑のとちがって,きわめて例外の場合にかぎって,運用されていることを示すものである。

II-48表 第一審終局罰金刑中の執行猶予人員と率

 なお,司法統計年報によれば,昭和三三年において通常手続による第一審判決のあった刑法犯の有罪総人員八八,五四六人のうち,犯時すでに執行猶予中の者が,九,五一〇人(一〇・七パーセント),そのうち保護観察付のものが二,〇一三人(二・二パーセント)を数えるが,この統計は,今後の執行猶予の運用に格段の配慮がはらわれねばならないことを示唆するものであろう。