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 昭和35年版 犯罪白書 第二編/第一章/五/1 

1 死刑

 わが国では,平安朝時代に,三四七年間にわたり,死刑が廃止されていたといわれているが,封建時代には,一〇〇種にちかい死刑にあたる罪があったともされている。
 旧刑法のもとでは,二〇種余の死刑にあたる罪が規定されていたが,昭和二二年の刑法の一部改正により,現在は死刑にあたる罪は一三種である。その内容をみると,内乱罪,外患誘致および援助罪,現住建造物等放火罪,現住建造物等侵害罪,船車覆没致死罪,水道毒物混入罪,殺人罪,尊属殺人罪,強盗致死罪,強盗強姦致死罪,航空機墜落破壊等致死罪,爆発物使用罪であり,このうち,外患誘致罪が法定刑として死刑のみを規定するほかは,いずれも,死刑を選択刑として,ほかに無期または有期の懲役刑または禁錮刑がさだめられている。ところで,わが国における死刑の適用の実情をみると,II-35表のとおり,戦後の混乱期である昭和二二年から昭和二六年までは,死刑の言渡人員が比較的に多かったが,その後は,漸減の傾向をたどっている。昭和三二年において,第一審で死刑の宣告をうけた被告人の数は,刑法犯有罪総人員の〇・〇一六パーセント,死刑を科することのできる罪の有罪者数の三・一八パーセントにすぎない。

II-35表 第一審有罪人員中の死刑言渡人員と率

 つぎに,第一審ではどのような罪について死刑を言い渡しているか,また,死刑の判決の確定は,どのような罪についてであるかを考察しよう。II-36表および37表にみるように,死刑の宣告は,ほとんど,強盗致死,強盗強姦致死,殺人,尊属殺の罪についてくだされている。すなわち,第一審の言渡では,強盗致死がもっとも多く四一一人(昭和二二-三三年の合計),これにつぐのが殺人の一三五人で,その他は,尊属殺の一六人,強盗強姦致死の一一人,船車覆没致死の五人,住宅放火の一人である。また,死刑判決の確定では,強盗致死が三四六人でもっとも多く,これにつぐのが殺人の四二人,その他は,尊属殺の六人,強盗強姦致死の三人,船車覆没致死の一人である。そして,強盗致死について,第一審の有罪人員の比率を求めると,その一八・一パーセントに対して死刑が言い渡されており,また。殺人については,その一・〇パーセントに対して死刑が言い渡されている。なお,女性については,昭和二二年以降,わずかに一人に対して死刑が確定しているにすぎない。

II-36表 罪名別第一審有罪人員と死刑・無期懲役言渡人員等

II-37表 罪名別の死刑確定人員等

 それでは,どのような事案について死刑が科せられているか。一般的にいえば,殺人罪については,多数の生命を奪ったとか,その手段方法がきわめて残虐なものにかぎられており,強盗致死罪については,殺意のないものは,特別の事情のないかぎり,死刑に処せられてはいない。また,強盗強姦致死罪についても,加害者をしてその行為に出させるような原因が被害者側にあったと認められるような場合には,死刑は科せられていないようである。ひとくちにいえば,卑劣な動機にもとづき,計画的意思をもってまたは残虐な方法で,人を殺害し,大きな社会不安をもたらした凶悪殺人犯に対してのみ科せられているといえよう。死刑執行人員に関して正確な統計の作成されている明治一五年(旧刑法施行の年)から昭和三四年までの七八年間につき,五年平均の死刑執行人員をみると,II-38表のように,明治時代と大正時代は,比較的多かったが,だんだん減少の傾向をたどり,戦時中は,もっとも少なく,一八人にまでさがった。戦後には,凶悪犯の増加とともに,ふたたび増加し,その混乱期には二六・六人になった。しかし,近年は,ふたたび減少して,落着きをとりもどしたといえる。ちなみに,右の七八年間の総人員は,二,七九二人(死刑確定人員不明。第一審死刑言渡人員は三,七〇〇人以上)で,年平均は三六・八人である。

II-38表 死刑執行人員

 ところで,わが国の死刑廃止論について一言すると,現行刑法が成立したさいに,死刑廃止の立場から修正案が議会に提案されたし,それを中心に論議が展開されたことがあって,かならずしも等閑視されたわけではないが,戦後は,とみに,廃止論に対する関心が深まり,昭和三一年には,死刑廃止の法案が有志議員から提出されたが,国会を通過するにいたらなかった。
 死刑廃止論の普通にいわれる論拠は,つぎのとおりである。
 第一に,死刑には威嚇力がない。また,死刑廃止によって殺人罪が永続的に増加すると証明された例もない。
 第二に,人を殺したからといって,その殺人犯人の生命を奪うのは,非人道的行為を国家がくりかえすものであるし,さらに,死刑の執行は,人命軽視の風潮をうみ,殺人行為を誘発するおそれがある。
 第三に,死刑が執行されたのちは,誤判の救済方法がない。
 これに対する死刑存置論の反駁は,第一の論点については,死刑に一般予防的効果がないという証拠はなく,また,死刑廃止によって殺人罪が永続的に増加したことはないというが,それは,実証的に証明されたわけではない。第二の論点については,今日の死刑は,すでに奪われた生命に対する等価的な同害応報の観念によるものではなく,将来における同種犯罪を防止し,将来くりかえされるおそれのある生命の侵害から,社会を防衛しようとする意図のもとに行なわれるのであること,さらに,死刑の執行が人命軽視の風潮をうむという点は,実証的に証明されていないばかりでなく,逆に人命軽視の風潮を抑圧するために死刑が科せられるのであること,また,第三の論点については,わが国では,裁判上いまだ誤判と確認された死刑事件は一件もなかったなどを主張する。
 死刑存置論も,死刑を絶対的に存続せしむべきであると主張するものは,おそらく稀であろう。この問題は,わが国の現状をもととして,現実的な立場から考えなくてはならない。つまり,結局は,その時代,その国における国民の法的確信が死刑の廃止の可否を決することになるというべきであろう。なお,死刑を存置するとしても,注意すべき点が二,三ある。その一は,いうまでもなく,死刑の適用は慎重でなければならないということであり,その二は,死刑執行の手続の慎重さということであり,その三は,苦痛の少ない人道的な執行方法の採用ということであり,その四は,恩赦の考慮ということである。昭和二二年以降,二一人の死刑囚が,恩赦で,無期懲役に減刑されている。
 なお,少年法は,罪を犯すとき一八才に満たない者に対し死刑をもって処断すべきときは,無期懲役を科すべきものとして,犯行時一八才未満の少年に対し,死刑を廃止している。
 ちなみに,青少年に対する死刑の言渡状況をみると,昭和二二年から昭和三四年までの間に少年のとき(二〇才未満のとき)犯した罪によって死刑の確定判決をうけた者は,II-37表によれば二四人で,その間の全死刑確定者三九八人に比し,いちじるしく少ないことが注目される。これに反し,満二〇才以上満二五才以下の青年については,昭和二〇年から昭和三〇年までの間に死刑を執行された総人員二五一人に対し,一〇四人にのぼり,全体の四一・四パーセントをしめている。このことは,これらの青年層に凶悪犯が多いことをものがたっているといえよう。