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 昭和43年版 犯罪白書 第二編/第三章/三 

三 犯罪を犯した精神障害者の処遇

 よく知られているとおり,刑法は,心神喪失者の行為は罰せず,心神耗弱者の行為はその刑を減軽することとしている(刑法第三九条)。もちろん,心神喪失とか,心神耗弱というのは,刑法上の用語であって,精神医学的意味での精神障害の種類や程度を示すものではないが,裁判官や検察官がこれらの認定をする場合には,精神医の精神鑑定を求めるのが通例であることを考えれば,心神喪失といわれる者の大部分は,重症の精神病者および白痴,重症痴愚段階の精神薄弱者であり,また,心神耗弱といわれる者の多くは,軽症痴愚,軽愚(魯鈍)段階の精神薄弱者,一部の精神病質者または比較的軽い精神障害の状態にあった者と考えてさしつかえなく,犯罪を行なった精神障害者の処遇の,大前提となるものである。
 検察官が,起訴,不起訴その他の処分を行なうにあたって,被疑者に精神障害の疑いがあるときは,精神医の鑑定を求めて,心神喪失または心神耗弱にあたるかどうかを判断する資としていることは,先に述べたとおりであるが,全国四九地方検察庁のうち,昭和四二年一二月末現在で,東京,大阪,京都,神戸,名古屋,広島,福岡,高知の八地方検察庁では,それぞれ庁内に精神診断室を設け,精神科医の協力を得て,精神医学的検診の効率化を図っている。
 このように,犯罪捜査の過程において,精神障害者と認定される被疑者の実態は,どのようなものであろうか。ちなみに,昭和四一年中に,東京地方検察庁において,精神診断に付された被疑者は,五七四人であり,そのうち,精神障害者と認められたのは五一一人(男子四四六人,女子六五人)である。年齢では,三〇歳以上が約六割を占めているのに,検挙時の生活状態では,単身浮浪中,単身の下宿,アパート住まい,住込み中など,安定した住居を持たない者が,全体の七割以上に及んで,やや特異な構成となっている。精神病院に入院した経歴のある者が,一七四人(三四・一%),犯罪前歴のある者が三〇六人(五九・九%),そのうち,自由刑の実刑を受けたことのある者だけで,一〇五人(二〇・五%)に達していることは,この種犯罪者の処遇に,多くの問題があることを示唆するものであろう。この五一一人の,診断名と罪名との関係等を示したのが,II-108表である。診断名では,アルコール中毒・嗜癖が最も多く,精神薄弱,精神分裂病がこれに次いでいる。罪名では,窃盗に次いで詐欺が多いが,その大半は,アルコール中毒・嗜癖であって,無銭飲食が,その大部分を占めているものと考えられる。この五一一人のうち,三〇四人が,精神衛生法第二五条により,東京都知事に通報され,そのうち,二四四人が措置入院となっている。処分は三八四人(七五・一%)が不起訴(大部分が起訴猶予),一一八人(二三・一%)が起訴,九人が,家裁送致その他となっている。これは,ある年の,ある一つの庁の取り扱った数字を,とりまとめたものにすぎないが,犯罪を犯した精神障害者の生態と,その処遇の一端をうかがう資となるものであろう。

II-108表 精神障害者の診断名と罪名(昭和41年)

 このようにして,あるいは,さらに精密な鑑定を求めたうえで,検察官が,被疑者が心神喪失にあたるものと認定した場合には,これを理由として不起訴処分をなし,心神耗弱と認定すれば,刑法の趣旨に従った処分を決定することとなる。また,起訴された被告人につき,裁判所が,心神喪失と認定した場合には,無罪の判決を言い渡すこととなるし,心神耗弱の場合には,その刑を減軽することとなる。II-109表は,心神喪失の理由で不起訴または第一審で無罪となった者および第一審において刑の減軽事由としての心神耗弱を認められた者の数を示したものであるが,年次によって,さほど大きな変化は認められない。

II-109表 心神喪失と心神耗弱の人員(昭和37〜41年)

 このようにして,裁判所あるいは家庭裁判所の審判を経て,矯正施設に収容されるに至った,犯罪を犯した精神障害者の数と,これが総数に占める割合とを,昭和四二年一二月二〇日現在で示したのが,II-110表である。刑務所においても,少年院においても,収容人員の中に占める精神障害者の数は,いずれも一〇%台であるが,少年院の方が五%多く,刑務所にあっては,その大半が精神病質であるが,少年院では,精神薄弱がその大半を占めているのが,それぞれの特色となっている。なお,婦人補導院においては,同年中の新入院者の五〇%近くが精神薄弱者である。

II-110表 矯正施設収容者中の精神障害者(昭和42年12月20日現在)

 次に,保護観察対象者については,少なくとも,重症の精神障害者は,保護観察に付される以前に発見されて,適当な処置がとられることが多く,また,対象者の心神の状態を正確に把握することが容易でないなどの事情から,精神障害者に対する措置は,必ずしも活発に行なわれていない。昭和四二年中に,保護観察の対象者で,なんらかの方法により,精神医学的に措置された者は二三五人で,そのうち,精神病院または精神医学的措置を講ずる施設に,入院または入所した者が,二〇六人となっている。