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 昭和43年版 犯罪白書 第二編/第一章/一/5 

5 少年犯罪をめぐる諸問題

 昭和四二年において少年犯罪の検挙人員が減少を示したことは,前述したとおりであるが,その要因としては,少年人口自体が減少していること,戦後の混乱期に不安定な生育環境にあった者たちの大多数が成人に達したこと,新制度による学校教育が,ようやく軌道に乗ってきたとみられること,少年の健全育成ならびに非行の予防等に関する国,地方公共団体,民間団体などの対策が,効果を収めてきたとみられることなどが指摘されるであろう。
 しかしながら,昭和四二年の少年刑法犯検挙人員の減少は,前年に比べて,約七千人にすぎず,なお,戦後第一次のピークであった昭和二六年のそれを,はるかに上回っているばかりでなく,昭和三九年から四一年までの三年間を除けば,最高の数字である。さらに,人口比の点では,ここ数年,かなり高い水準を保ち続けており,四二年においても,少年の人口比は一四・四であって,成人の九・五に比べて高い割合を示していることは,注意を要するところである。
 また,一方,少年犯罪の質的な側面に関しては,自動車事故に起因する業務上過失犯罪の増加,自動車を犯罪の目的とし,または,犯罪の手段に利用する少年の増加,犯罪行為の集団化,再犯少年の増加,年長少年の増加,高校在学少年および勤労少年の増加,大都市地域への集中化,両親の揃った家庭またはいわゆる中流階層家庭に属する少年の非行化,いわゆる共かせぎ家庭に属する少年の非行化などの諸問題が,依然として,なお,警戒ないしは注意を怠ってはならない現況にある。
 右の諸問題点に関しては,従来の犯罪白書においても,繰り返し,指摘してきたところであるが,今回の白書においては,右のうち,特に最近の社会経済的情勢の変化からみて,刑事政策が当面して解決を迫られている勤労少年の犯罪および両親との間に精神的なつながりが欠けている少年の犯罪の二点を取り上げ,やや詳しく考察を加え,問題の所在を明らかにしておくこととする。
 II-29表は,昭和三七年以降四一年までの少年刑法犯(触法を含む)検挙人員について,職業の有無別にその推移をみたものであるが,これによると,学生・生徒は,昭和三九年をピークとして,その後,減少しており,無職少年は,おおむね横ばい状態であるのに対して,有職少年は,毎年,増加の一途をたどっていることが明らかである。昭和四一年には,八六,〇四七人となり,五年前に比し,約一・三倍となっている。さらに,同表によって,各年次の検挙人員中に占める有職少年の構成割合の点からみると,昭和三七年は,三〇・八%であったものが,四一年には三八・〇%となり,全少年刑法犯の四割近くを,有職少年が占めるようになって来ている。

II-29表 学職別少年刑法犯(含触法)検挙人員(昭和37〜41年)

 昭和四二年については,さしあたって警察庁の資料が得られないが,法務省特別調査によれば,四二年の有職少年の構成割合は,四四・五%であって,有職少年の増加の勢いが衰えていないことを示している。
 ところで,有職犯罪少年の増加については,その背景的事情として,いわゆるベビー・ブーム期に生まれた者が,中学または高校を卒業して就職する年齢に達したということも考慮しなければならない。II-30表は,この間の事情をみたものであるが,これによると,一五歳〜一九歳の人口の一方的増加にもかかわらず,同年齢層の労働力人口は,昭和三七年以降三九年まで減少していたところ,四〇年から増加している。これは,四〇年ごろからは,ベビー・ブーム期の少年が,高校を卒業して就職するに至ったことを示している。さらに,同表により,労働力人口千人あたりの有職犯罪少年の割合をみると,昭和三七年は,一六・〇であったものが,逐年増加し,四〇年には二〇・一となった。四一年は,一九・七であって,前年より,やや減少したが,三七年に比べて,かなりの高率である。労働力人口と有職犯罪少年の統計上の年齢筑囲が同一でないから,この限りで断定はできないが,一般有職少年の増加にもかかわらず,それにも増して有職犯罪少年の増加割合が,かなり高い水準にあることをうかがい知ることはできる。

II-30表 15〜19歳労働力人口と有職犯罪少年(昭和37〜41年)

 有職犯罪少年には,比較的年長の者が多く,その実行する犯罪も,学生や,年少少年に比べて,犯罪性が進み,与える被害も大きいことが普通である。参考までに,法務省特別調査によって,職業の有無別罪種をみると,II-31表のとおりであり,有職少年が横領,傷害,強姦,暴行,脅迫,殺人等の罪種について占める割合が高いことは明らかである。なお,法務省特別調査では,有職少年に多い業務上過失犯罪が除外されていることも注意しておく必要がある。一方,有職少年が,重大な犯罪などを犯し,矯正施設に収容されるに至るまでには,さまざまな経過をたどることが予想されるが,法務省矯正局が,総理府青少年局に協力して昭和四一年一一月現在で,全国少年院に在院中の非行少年九,六三八人を対象として実施した調査によると,入院前に就職経験のあった者(以下,「勤労非行少年」という)は八,二四三人(全体の八五・五%)であって,かれらの一般的な非行化過程については,次のような諸点が明らかにされている。
[1] 勤労非行少年は,就職するより以前に,非行性が発現していた就職前非行少年群および就職後,非行化した就職後非行少年群の二者に大別できる。そして,両群の比率は,おおむね,相半ばしている。
[2] 就職後非行少年の多くは,中卒後,学校,職安,縁故などのってで,工員,店員,職人など比較的堅実な職業につき,月収は,さほど多くはないが,なんらかの形で保護者または雇主などの監督の及ぶ範囲内で職業生活の第一歩を踏み出す。ところが,仕事が性に合わない,身体がきつい,給料が安いなどという理由で半年もたたない間に六割強が仕事をやめ,すぐ,別の職場に変わっている。求人難の今日では,かれらが職を変えることはきわめて容易である。一度,仕事を変えると,二回目からの転職の速度は速くなり,これらに伴って,目先の収入が良く,いわゆる「カッコ良い」仕事に就職はするが,将来に対する安定性も乏しく,住居も不安定となり,交友関係も不良となり,保護者や雇主の監督は,きわめて弱くなる。職場の規模も小さくなり,バーテン,ボーイ,ホステス,自動車運転助手などが多くなる。金銭の乱費が多くなり,月収のほとんどをこづかい銭として費消してしまう。非行性は徐々に発現し,転職を三回ないし四回繰り返す間に,多くの者は,なんらかの非行を犯している。初めの軽い非行が契機となって,それが,かれらの就業条件をいっそう不利なものとし,ますます,不安定な生活へ追いやられる。結局は,非行の繰り返しの結果として,少年院に送致されるに至っているのである。
[3] 就職前非行少年の場合は,就職前の非行が,就職条件などに反映して,就職後非行群に比べて,転落の速度は早いのが普通である。しかし,非行性のかなり進んだ段階においては,転職,職種,生活環境,生活態度などの点で,両群の間に,ほとんど差異がなくなって来ている。

II-31表 罪名別職業の有無

 勤労少年の犯罪は,以上のように,量的に増大しているばかりでなく,その実行する犯罪行為,非行化の過程などに関しても,問題点が多く含まれている。かれらの非行を未然に防止し,あるいは,かれらの再犯を防止するためには,刑事政策のみならず,労働,厚生,文教など,関連する対策の側面はきわめて多いといわねばならない。
 次の問題点は,家庭において,少年と両親との間の精神的なつながりを保つことについて,特段の配慮を必要とするということである。
 家庭が,身体的にも社会的にも未熟な少年の性格形成に重要な役割を果たしていることはいうまでもない。とくに,親子の間の,愛情によって裏付けられた精神的なきずなが,少年を犯罪や非行に陥らせないための最大の武器であることも,しばしば指摘されている。
 ところで,最近の社会経済的条件の変動に伴い,わが国の場合,少年を持つ家庭において,一部では,両親と少年との間の精神的なつながりが弱まり,少年が家庭から離反し,または,非行に陥るなどという事例がみられている。犯罪少年の属する家庭の傾向として,両親の揃っている家庭,または,経済的にさほど困窮していない家庭が,最近,多くなってきていることは,従来の犯罪白書において繰り返し述べてきたところであり,そして,それは,昭和四二年においても,依然として問題点たるを失っていない。すなわち,法務省特別調査によれば,昭和四二年の犯罪少年中,両親ある家庭に属する者は七八・四%,経済的生活程度が中流またはそれ以上である家庭に属する者は七七・五%である。これらを,昭和三〇年の一般保護少年中,両親ある家庭に属する者が五一・八%,経済的生活程度が中流またはそれ以上の家庭に属する者が二七・二%であったことと比較すると,両種統計の対象等がやや異なっている点を考慮に入れたとしても,事態は明白であろう。
 もとより,これらの家庭に属する犯罪少年のすべてが,両親との間の精神的つながりの欠如に起因して,非行化したなどと断定することはできないが,少なくとも両親が揃い,かつ,経済的にもさほど困窮していない家庭において,親子の間に愛情のつながりがあり,しっかりとしたしつけや監督が実行されていたならば,ほとんどの少年は,非行化しないですんだのではないかと考えられる。
 さらに,両親と少年の精神的つながりについては,いわゆる共かせぎ家庭の問題を見落とすことはできない。共かせぎ家庭とは,広義には,夫婦ともになんらかの職業に従事し,かつ,それによって,ともに収入を得ている家庭のことをいうが,狭義には,夫婦,とくに,妻が家庭外に職場を持って働いている常用勤労者または日雇労働者である場合をいうことが多い。最近の社会・経済的な背景的事情からみて,このような,いわゆる共かせぎ家庭は,かなり増加している。国勢調査報告によれば,従業上の地位が雇用者である有配偶女子就業者数は,昭和三五年には一,七七九,三〇〇人であったが,昭和四〇年には,三,一五四,一〇〇人となり,大幅に増加している。これに伴い,いわゆる共かせぎ家庭に属する少年の数も,かなり増加していると思われる。II-32表は,最近,各地で実施された調査結果に基づき,共かせぎ家庭率(全対象家庭の中に占める共かせぎ家庭の割合,以下同じ。)を比較して示したものであるが,これによると,共かせぎ家庭率は,おおむね,一〇・九%ないし一九・六%の間にある。

II-32表 主要な調査における共かせぎ家庭率

 ところで,他方,法務省特別調査によれば,犯罪少年の属する家庭における,共かせぎ家庭率は,昭和四二年には,全国平均二〇・二%であって,かなり高率である。右の諸種の調査は,調査対象,地域,共かせぎの定義などが一律でないから,この限りで断定することは適当ではないが,共かせぎ家庭に属する少年の犯罪を犯す割合が,そうでない家庭に属する少年のそれより,かなり高率であると推定することは可能であろう。
 子女を有する共かせぎ家庭の大部分においては,留守中の子女の養育等についての配慮がなされていると思われるが,一部の共かせぎ家庭においては,経済的生活面での欲求充足が優先されるため,親子の間の精神的つながりが弱まっている場合があることもまた,事実である。東京都総務局が,昭和四二年九月現在で,都内二三区内に所在する中学校生徒二,六六一人に対して実施した調査結果によると,共かせぎ家庭に属する子供は,そうでない子どもに比べて,自習時間が少ないもの,友だちと遊ぶ時間が長いもの,家族間の話し合いが少ないもの,服装,言葉づかい,帰宅時間,遊びの内容などのしつけについて,放任されているものなどが多いという事実が明らかにされている。これらの結果として,共かせぎ家庭の子どもには,睡眠薬遊び,深夜スナック,ゴーゴー,エレキなどについて強い関心を示す者が多く,また,「なんとなく,学校を休みたくなる」という者も,相当数発見されている。
 共かせぎすること自体は,決して非難されるべきものではないし,また,今後,ますます,共かせぎ家庭は増加することと予想されるが,このような家庭では,両親,とくに母親と子どもの間の物理的接触の機会が少なくなることは明らかであり,一歩誤まった場合,子どもを非行化させる危険性があることを十分に認識し,親子間の精神的つながりを保つために特段の配慮と努力を払うことが必要とされる。