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平成26年版 犯罪白書 第6編/第5章/第3節

第3節 窃盗事犯者に対するプログラムの必要性

窃盗事犯者の再犯を抑止し,矯正施設への再入所等を防ぐためには,矯正施設内における指導・教育,それに続く保護観察所での処遇が重要である。本編第3章において紹介したように,現在,刑事施設,保護観察所においては,窃盗事犯者のそれぞれの問題性に応じて,就労支援,福祉的支援,家族関係の調整,認知行動療法を基盤としたプログラムの実施など,再犯防止に向けた処遇が実施されている。しかし,矯正においては,現在刑事施設で実施されている窃盗事犯者に対する再犯防止に向けたプログラムは,一般改善指導の枠組みの中で,各刑事施設の創意工夫に委ねられ,更生保護においては,窃盗事犯者に対する特有のプログラムはなく,窃盗事犯者の問題性の一部に直接的又は間接的に働き掛けることで対応しているのが実情である。

処遇の各段階における窃盗事犯者の割合が依然として高いことや本章第2節で述べた窃盗事犯者の特徴を踏まえると,窃盗事犯者に対しては,犯罪傾向が進む前のできる限り早い時期に,現状で取り組まれているより幅広い対象者に対して,集中的かつ効果的な指導を実施していく必要があると思われる。そのためには,現在いくつかの刑事施設で実施している窃盗受刑者に対する再犯防止指導の内容やその効果,指導方法等について精査し,より精度の高い効果的かつ標準的なプログラムを開発するとともに,本章第2節で記述した類型に対応するプログラムをそれぞれ追加する必要がある。

標準的なプログラムの内容としては,本編第3章第2節(P254)で紹介した一部の刑事施設で実施している窃盗防止指導の中心的な手法である認知行動療法が有効であろう。そして,窃盗事犯者には窃盗自体を大したことではないと安易に考えて犯行に及んでいる者が少なからずいる(本編第4章第3節3項P288参照)ことを踏まえると,しょく罪意識を持たせることや犯罪によって失うものを理解させることをプログラムに盛り込むことが効果的だと考える。具体的には,例えば,「大したことない。」と思って行った万引きが被害店舗やそこで働く従業員等に対してどの程度の経済的損失をもたらしているのかについて,侵入窃盗の場合には,安全な自宅に侵入された被害者の恐怖心等について,理解させることなどが考えられる。また,「大したことない。」,「見つからない。」と思って犯罪に至るものの,犯行を累行していく過程で,自らも失職し,家庭が崩壊するなど多くを失うとともに,家族それぞれの生活にも多くの困難を伴うようになることについても理解させる必要がある。

加えて,類型ごとに効果的なプログラムの内容を追加するとともに,対象者ごとに社会で活用できる改善更生・社会復帰に資する資源等が異なるため,それらも把握した上でプログラム内容を検討する必要がある。

具体的には,生活困窮型に対しては,住居や就労の確保につながる社会資源に係る情報を入手する方法・手段を教示するなどのプログラム内容を追加する。

社会的孤立型に対しては,対人関係能力がぜい弱であることを踏まえて,生活技能訓練(SST)等の技法を通して,対人関係能力の向上を図るとともに,地域の社会資源等に関する情報を提供するプログラムの内容を追加する。

精神疾患型に対しては,医療的措置による対処が基本ではあるが,例えば,アルコールの問題を抱えている者の処遇においては,グループワーク等を通して依存の背景にある種々な問題について考えさせたり,必要に応じてアルコール依存離脱指導も追加したりして実施する。

若年者に対しては,本人の犯罪親和的な価値観や考え方を変容させるための教育や不良交友からの離脱指導,住居の安定や職場への定着までを見据えた就労支援策の一貫としての職業教育といった多面的な教育のためのプログラムの内容を追加する。

女子高齢者の中には,加齢に伴う心身の不調等を始めとする高齢期の不安感等が遠因となって万引きに至る者もおり,このような者に対しては,高齢期における生き方等について,篤志面接委員や外部講師等による講話を提供するなどして,プログラムの内容の充実化を図る。

以上のように,刑事施設において,窃盗事犯者に対して,被害者の視点も含めた再犯防止指導のための標準化したプログラムを作成した上で,窃盗事犯者個々のその動機・背景事情等も含めた問題性等に着目しつつ,必要に応じて,それらに対応するプログラムを追加することによって再犯防止指導を行うことは,効果的な取組であると考えられる。そのためには,窃盗事犯者が多数に及ぶこと,窃盗事犯者の問題性等が多様であることなどから,それぞれの施設における指導者や指導場所等を十分確保する必要があり,現時点において速やかにこれを実現することは困難であって,人的・物的体制の整備等,実現に向けた体制整備が不可欠である。さらに,更生保護の段階においても,刑事施設におけるこれらの取組の成果を踏まえ,それを処遇に活用していくべきである。また,窃盗事犯者に対する再犯防止は,プログラム指導のみにとどまらず,従来から取り組まれている福祉的・医療的な働き掛けを含めた多方面からの処遇内容と相まって,相応の効果を発揮するものと思われる。