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3 建設的な生活目標の樹立,社会生活に必要な基本的な態度の習得が改善更生に結び付いた事例
(1)事例の概要

幼い頃に両親が離婚し,その後,家庭内で暴力を受けるなど落ち着ける場所がなく,中学生のときから家出を繰り返し不安定な居住環境にあり,学業も不十分であった者が,中学校卒業後は,進学せず,仕事をしながら単身生活を送る中,成人後間もなく傷害事件を起こして単純執行猶予刑の言渡しを受けた。その後も単身で生活していたが,仕事が不安定となる中で,不良仲間と遊興を続け,借金を重ねた挙げ句,見つからなければよいとの考えから,22歳頃に仲間とともにパチンコ店で不正な機器を用いて遊戯用メダルを窃取するようになり,同様の犯行を繰り返していたところ発覚して検挙され,懲役1年,執行猶予4年(保護観察付)の刑の言渡しを受けた。

保護観察官から,保護観察の意義や再犯があった場合等の執行猶予の取消し等について説明を受け,保護観察をスタートさせた。保護観察開始後,機械関係の仕事に就き,必要な資格を取得するなど,まじめに仕事を続けていたが,かねてから抱いていた飲食関係の店を自営するとの夢を実現させたいと考え,また,不良仲間との交友を断つために転居の上,飲食店の調理補助に転職した。保護司との月々の面接では,借金の返済や貯蓄などについて繰り返し指導されたほか,パチンコなどのギャンブルを断つことについても指導を受けた。

職場で新たな交友関係を築き,休日は職場の仲間とスポーツや映画を楽しむなどして過ごすようになり,自然とギャンブルから遠ざかるとともに共犯者等との不良交友もなくなり,生活全般が落ち着いていき,保護観察の仮解除決定を受けた。

(2)考察

単身で,不安定な就労生活を送る中,窃盗事件を起こした若年者の事例である。家庭教育,学業の不十分さから,生活管理能力が十分に養われず,また,自己の行動の結果について深く思い至る能力も不十分で,安直な思考に流れていた。中学校卒業後,知人の紹介で仕事に就いたが,就労に自己実現や社会参加等の意味を見出すことができず,また,職業適性についての助言を受ける機会や,職業スキルを向上させる機会もなかったことから,成人後も,将来への展望を持てずにいた。そうした中,雇用条件の悪化に伴い,収入が減少したが,それに合わせて支出を切り詰めるなどの措置をとらず,無理な借金をした挙げ句,更に遊ぶ金欲しさから,手っ取り早く金を得るために安易な考えで窃盗を続けた。

しかし,本件を契機に,刑事処分の意義を理解し,改めて,将来の生活設計を検討し,調理の仕事に就くという夢を想起し,そのための現実的な計画を立てたことが功を奏し,やりがいをもって就労生活を送るようになった。

また,少年時から単身生活を送り,金銭管理等の基本的な生活態度が身に付いていなかったことから,保護観察においては,計画的な借金返済,貯蓄の励行等について指導を行った。こうした現実的な問題解決,生活スキルの向上に結び付くような具体的な指導の積み重ねが,転居に伴う不良交友の断絶とともに,生活全般を安定に導き,就労,職場での人間関係の維持,余暇活動等にも好循環をもたらした。

若年期は,一般的に,新しい環境にも適応しやすい時期である。この段階で,成人としての自覚を喚起し,将来の目標に沿った形で就労先を確保できたことが改善更生を促進したと考えられる。

(3)関連問題領域に対する処遇上の取組

ア 健全な社会生活の維持に必要な指導

少年・若年の保護観察対象者は,社会経験が乏しいこともあり,社会生活を健全に営む上で必要な時間管理,金銭管理,健康管理などといった基本的な生活態度や,対人関係スキルが身に付いていない者が少なくなく,こうした問題が,改善更生の妨げとなっていることがある。

こうした者に対しては,自らの問題性を自覚させ,その改善のための具体的な方法を共に考え,実践させていくことが必要である。例えば,保護観察官及び保護司は,就労している保護観察対象者との面接に当たって,本人から月々の給料明細の提示を求めるなどして,就労日数及び収入についての把握を行うが,金銭管理ができず,浪費や借金等の問題が認められる者については,小遣い帳を付けさせ,収入の使い道を確認しながら,浪費を慎むことや,計画的な借金返済,将来に向けた貯蓄の励行等についての具体的な指導助言を行っている。

また,多くの更生保護施設では,SSTを実施し,挨拶の仕方,場に応じた言葉遣い,電話のかけ方等について,グループワーク等により,実践的に学ぶ機会を提供している。


イ 将来に向けた生活設計の検討と職業訓練 〜就業支援センターにおける取組〜

就農意欲がある仮釈放者等を一定の期間,保護観察所に附設した施設に宿泊させ,保護観察官が濃密な指導監督と手厚い就労支援を行うことで,その者の改善更生を図り,再犯を防止する目的で,現在,2か所に就業支援センターが設置されている。

沼田町就業支援センター(北海道雨竜郡)では,少年院仮退院者及び保護観察処分少年等が,恵まれた自然環境の中で,常駐する保護観察官の指導の下,規則正しい生活を送りながら,同町が設置・運営する就農支援実習農場において農業訓練を受け,自立退所を目指している。一方,茨城就業支援センター(茨城県ひたちなか市)では,仮釈放者,保護観察付執行猶予者等が,おおむね6月の農業訓練と退所後の就農支援を受け,退所後は,農業訓練で得たスキルを生かして農業を営む親類のもとで就農する者や,農業法人に就職する者などがいる。


ホウレンソウの収穫(茨城就業支援センター)
ホウレンソウの収穫(茨城就業支援センター)