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2 家族機能の強化が改善更生に結び付いた事例
(1)事例の概要

経済的に比較的裕福な家庭で甘やかされ,わがままに育った少年が,中学校入学後から,干渉や制限を嫌い,自分の欲求を通そうと親に反発するとともに,自由に振舞う不良生徒に憧れ,万引き,無免許運転等の問題行動を起こすようになった。やがて,勉強する意欲も低下し,高校進学も断念した後は,ますます不安定な生活に陥り,中学校卒業後は,就労せず,親に依存する生活を続ける一方で,無免許運転や窃盗等を繰り返した。多数回の家庭裁判所の審判を受け,数回にわたり保護観察の処分を受けたものの,反省することもなく,同様の生活を続け,さらには,親元を離れて一人暮らしをすることにより,不良交友を深めた。そうした中,友人と遊んだ帰り,自宅に帰るため,捕まらなければよいとの安易な考えで,友人から原動機付自転車を借り,無免許運転をして検挙され,中等少年院送致の決定を受けた。

入院当初,少年は,何事に対しても積極性に欠けていたが,集団生活,役割活動(集団の中で一定の役割を果たさせ,責任や協力の意義を学ばせるもの)や内省(自己の問題について静かに一人で考えさせること)等を通して,責任感を養い,主体的に行動できるようになっていった。また,少年は,父親から見放されてしまっていると感じて投げやりになっていたが,審判で両親の涙を見,面会や通信を繰り返す中で,自分の認識の誤りに気付き,これまでの関係を振り返り,お互いの気持ちを伝え合うことができるようになっていった。

少年は,興味のある仕事をするための資格取得を将来の目標として立て,そのために,少年院仮退院後は,高校卒業資格取得を目指し,サポート校に通い始め,学業中心の生活を送った。さらに,少年院での指導や保護司のアドバイスに基づき,少年,両親共に,過度な干渉・依存に陥ることなく,自立した個人として適切な距離を保った良好な関係を保てるようになり,週末には家族そろって外出を楽しむようになった。その結果,生活全般が安定し,保護観察の必要がなくなったとして,退院決定により,保護観察は終了した。

(2)考察

親に依存した生活を送る中,自分の欲求のみを優先させて気ままに振る舞い,自己抑制のない生活を続けたことにより生活の枠組みを失い,怠惰な遊興生活にふけり,非行を重ねた事例である。高校に進学しなかったことや,無免許運転に対する行政処分により相当の期間運転免許取得ができなくなったことなど,自己の行為がもたらした現実に対して,自らの責任を自覚せず,その責任を転嫁し,甘えた思考から脱却せず,規範意識を鈍化させ,非行を繰り返すという悪循環が見られた。保護者は,少年の甘えを容認しがちで,少年に対して特に指導等を行わなかったことから,かえって少年は,親に見離されたと思い込み,それが投げやりな態度を助長していた。

少年院では,集団生活の中で責任感を喚起させるとともに,家族関係の修復・改善に重点を置いた働き掛けが行われた。少年院入院により,親子が物理的にも距離を置いた中で,面会や通信を通じて,互いの関係や相手に対する思いを冷静に見つめ直すことができたこと,そこに少年院の教官や保護司という,少年・親が信頼を寄せることができる他者が介在し,家族関係を再構築するためのサポートをしたことも功を奏し,家族が有していた本来の機能を取り戻すことができた。

加えて,仮退院後に,高校卒業資格取得という自己の適性等を踏まえた具体的な目標ができた上,自らの努力によりその見通しがつき,自己充足感を得るとともに,進路選択の幅が広がったことが,生活全般の安定を導いたものと認められる。

(3)関連問題領域に対する処遇上の取組

ア 少年院における通信・面会

少年院では,通信・面会の機会を活用して保護関係調整指導が行われているが,必要に応じて宿泊面会及び特別面会を行う場合がある。宿泊面会とは,少年と保護者が少年院の敷地内にある家庭寮(宿泊設備を備えた独立した建物)に宿泊し,打ち解けた雰囲気の中で,非行原因,家族,友人関係,被害者,少年院での生活,現在の悩み,進路などに関する課題について,集中して話し合うものであり,必要に応じて,教官を交えて三者面談を実施することもある。宿泊面会終了後は,教官が少年と面接を行い,課題作文を作成させ,あわせて,保護者に対しても引き続き必要な働き掛けをするなど,宿泊面会がより効果を発揮するよう計画的な調整指導を継続して行っている。特別面会とは,宿泊を伴わずに,通常の面会よりも長時間にわたり行う計画的な面会であり,必要に応じて実施される。

ある少年は,宿泊面会において,母親と二人で台所に立って一緒に食事の準備を行い,少年院での生活や今後の進路について話をする中で,当たり前のことができることに感謝し,また,以前は嫌いだった母親が本気で自分のことを心配していると感じたと,面会終了後に感想を述べていた。


イ 保護観察における親子関係改善の取組

少年・若年の保護観察対象者の多くは,家族と同居している。一般的には,家族との心的な交流に支えられて生活しているが,中には,家族間に深刻な葛藤を抱えている場合があり,こうした状況は,本人の心情や生活基盤そのものを不安定にし,無断転居等の遵守事項違反に結び付きやすく,改善更生の妨げにもなり得る。

保護観察官や保護司は,保護観察対象者や保護者等との面接を通じて,平素から家族関係の状況の把握に努め,必要な指導・助言を行っているが,こうした処遇に加え,その家族間の状況に応じて,更生保護施設で一時的な保護を行うなどし,親子が冷静に互いの関係を見つめ直す機会を提供した上で,保護観察官や更生保護施設職員,保護司が,保護観察対象者,保護者等との面接を重ね,親子がそれぞれ自らの心情を整理し,互いの心情を思いやることができるよう働き掛けを行う。

また,社会参加活動や更生保護施設で開催している親子キャンプへ親子での参加を呼び掛け,互いの関係を見つめ直す契機として家庭とは別の場面で親子が協力して作業等を行う機会を提供することもある。


ウ 保護者の監護力強化の取組(保護者に対する措置)

少年の改善更生を図る上で,保護者の果たす役割は大きく,保護者に少年の監護に関する責任を自覚してもらうことが,処遇の実効性を上げるためにも重要である。こうした観点から,少年院では,親子交流会,保護者会における企画等を実施している。親子交流会は,昼食会,矯正教育の活動に親子で参加する参加型参観,レクリエーション,意見発表など様々な形態で行われている。また,保護者会においては,公共職業安定所職員による職業講話,被害者講話,医師等による薬物に関する講習会等の企画を取り入れる場合もある。これらの活動は,親子で知識を共有しつつ,協力して課題を解決していく姿勢を身に付け,家族問題の解決,保護者の監護力の強化等を目的としている。


親子交流会(昼食会)
親子交流会(昼食会)

ある少年院では,親子交流会で,親子おんぶリレーを実施している。これは,親も少年も交代で馬の役割をすることで,改めて自分と相手との存在について再確認する意味がある。この活動を通じて,少年は,「親は反抗する存在ではなく,自分が守っていくべき存在である」ことを,親は,「子どもが,一人前の大人になりつつあり,共に問題を考えるべき存在である」ことを認識するようになり,従来の自らの考えの枠組みを超え,共通の体験についての話し合いを通して家族が変容する契機となる。

保護観察所は,保護者に少年の改善更生を妨げている行状が認められる場合に,これを改めるよう指導・助言を行うが,さらに,保護者の監護意欲・能力を高めるために行っている取組の一つに,保護者が抱えている不安や悩みを自由に話し合うことなどを内容とする保護者会がある。その一つとして,臨床心理士や,親子のコミュニケーション技術に詳しい専門家等を講師に招き,子どもとの接し方などを実践的に学ぶプログラムを提供している例がある。これに参加したある母親は,「子どもの気持ちを聴くということができていなかった。少しずつでも私が変わらなければと思った。」と感想を述べていた。また,薬物問題を抱える者の保護者を対象にした講習会では,精神保健福祉センターや自助グループ等の協力を得て,地域での相談窓口や薬物依存からの回復に関する具体的な情報提供などを行っている。