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平成22年版 犯罪白書 第7編/第3章/第1節/1

1 殺人・傷害致死等の事犯者に対する処遇

殺人・傷害致死等の事犯者は,他人の生命や身体を尊重する意識が希薄で,被害者に与えた被害の重大さに思いが至らない者が少なくなく,その改善更生を図るためには,被害の重大さを理解させることで悔悟の念を深めさせることが前提となる。そのため,現在,矯正及び更生保護の処遇においては,殺人や傷害致死等の事犯者に対し,「被害者の視点を取り入れた教育」,「しょく罪指導プログラム」による指導が行われている。

また,殺人・傷害致死等の事犯者は,暴力的犯罪を繰り返している者が相当数に及び,暴力的な性向を改善することも必要である。更生保護の処遇では,重大事犯者(殺人・傷害致死等)に限らず,広く,暴力的犯罪を繰り返している者には,暴力的な性向を改善する「暴力防止プログラム」による処遇が実施され,一定の範囲の「特定暴力対象者」に対しては,暴力的な犯罪の再犯を防止するために処遇が充実・強化されている。

(1)刑事施設における「被害者の視点を取り入れた教育」

刑事施設では,殺人・傷害致死等の人の生命・身体を害する罪による受刑者であって,被害者やその遺族等に対する謝罪の意識が低い者に対し,特別改善指導(第2編第4章第3節3項(2)参照)として,「被害者の視点を取り入れた教育」を実施し,自己の犯した犯罪を振り返り,被害者等がどれほど大きな身体的・精神的な被害を受けるかを認識・理解させた上,被害者等へのしょく罪の意識を喚起し,慰謝等のための具体的方法を考えさせる指導を行っている。

指導の時間は,おおむね,1週間又は2週間に1回程度の頻度で,標準で1単元50分の指導を合計12単元実施している。指導の方法としては,刑事施設の職員や犯罪被害者支援団体のメンバー等による講義や被害者等に生の声で苦しみや悲しみ等を伝えてもらう講話を実施したり,被害者の心情等を内容とするビデオ教材等を視聴させ,又は被害者等の手記や生命の尊さを内容とする文学作品を読ませるなどした上で,受刑者に感想を述べさせるなどの方法のほか,グループワークやロールレタリングの処遇手法も用いられている。なお,グループワークは,8人程度の受刑者を一つのグループとし,行動科学の専門的知識を有する刑事施設の職員等の指導の下,受刑者が互いに体験や意見等を語り合い,その過程で,受刑者に自己の考え方の誤りなどに気付かせる処遇技法である。また,ロールレタリングは,例えば,犯罪の被害者等に宛てることを想定して手紙を書かせ,次に,被害者等の立場で返信の手紙を書かせることで,被害者の心情等についての理解を深めさせる処遇技法である。

(2)保護観察における「しょく罪指導プログラム」

保護観察においては,被害者を死亡させ又は重大な傷害を負わせた保護観察対象者に対し,「しょく罪指導プログラム」に基づく指導を行っている。

具体的には,保護観察対象者に,順次,<1>自己の犯罪行為を振り返ること,<2>被害の状況や被害者等の気持ちなどを考えること,<3>被害者等の立場で加害者に対する思いを考えること,<4>具体的なしょく罪計画を考えることの4課題を与えて,課題作文を提出させた上で,保護観察官又は保護司が,それぞれの課題について,1回程度ずつ,保護観察対象者と面接し,提出された課題作文の内容について話し合いながら,自己の犯した犯罪と被害の重大さを認識させ,慰謝の措置を講じる責任を自覚させて具体的なしょく罪計画を立てさせる指導を行っている。課題作文には,保護観察対象者の家族等にも感想を付記するように求め,家族等の協力の下にしょく罪計画が実行されるように配慮している。

なお,刑事施設で「被害者の視点を取り入れた教育」を受けた仮釈放者については,刑事施設から情報の提供を受け,刑事施設での指導の状況も踏まえた指導が行われている。

(3)保護観察における「暴力防止プログラム」

保護観察においては,暴力的犯罪を繰り返している仮釈放者及び保護観察付執行猶予者に対し,専門的処遇プログラム(第2編第5章第2節2項(3)イ(イ)参照)の一つである「暴力防止プログラム」に沿った認知行動療法に基づく指導を受けることを特別遵守事項として義務付けている。殺人・傷害致死等の事犯者で,以前にも暴力的犯罪の前歴等を有している者等は,この指導を受ける。

暴力防止プログラムでは,保護観察官が,おおむね2週間ごとに,5回にわたり,保護観察対象者と面接し,暴力行為に及んだときの行動を分析させて,暴力行為につながりやすい自己の思考傾向(例えば,常に相手が悪いと考えたり,相手に無理な要求を押し付けようとする傾向)を自覚させ,その思考傾向の変容を促すとともに,危機的な場面(例えば,交際相手の前で悪口を言われた場面)で暴力行為を回避する方法を考えさせてロールプレイング等で身に付けさせるなどの指導を行っている。また,各回の面接の終了時には,自己の行動の観察(例えば,怒りを感じたときの気持ちを記録させるなど)やリラクゼーションの技術(深呼吸等によりリラックスする方法)の練習等の宿題も与えている。

(4)保護観察における「特定暴力対象者に対する処遇」

保護観察においては,暴力的犯罪を繰り返すおそれが大きいと考えられる仮釈放者及び保護観察付執行猶予者を「特定暴力対象者」に指定し,再犯を防止するために充実した処遇を行っている(第2編第5章第2節2項(3)イ(ア)参照)。特定暴力対象者に指定されるのは,仮釈放者又は保護観察付執行猶予者のうち,暴力的犯罪を繰り返していた者(以前にも暴力的犯罪の前歴等を有する殺人・傷害致死等の事犯者はこれに含まれる。)で,類型別処遇における問題飲酒等の類型に認定された者及び極めて重大な暴力的犯罪(犯行の態様や動機等が極めて悪質な殺人・傷害致死等はこれに含まれる。)を犯すなどした者である。