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 昭和38年版 犯罪白書 第四編/第一章/三/1 

三 麻薬中毒者の実態と傾向

1 麻薬とその中毒

 麻薬とは,通常微量で著しい鎮痛作用を現わし,かつ習慣性があり,使用を中絶すると,はげしい禁断症状を起すものであるとされており,広い意味では(1)けしからとれる麻薬(2)コカ葉からとれる麻薬(3)化学的に合成される麻薬(4)大麻からとれる麻薬の四種類に大別されている。
 わが国で,もっとも多く不正に用いられている麻薬は,けしからとれるあへん系統の麻薬であって,さきにも述べたように,ヘロインが主力を占めている。
 厚生省の調査によれば,毎年あらたに発見される麻薬中毒者の使用薬品はIV-1表に示すように,ヘロインの構成比率がもっとも高く,七〇%以上を占めつづけている。これに次いで,あへんアルカロイド,モルヒネが一〇%内外である。

IV-1表 麻薬中毒者使用薬品(昭和34〜37年)

 ヘロインは,あへんから抽出したモルヒネを化学変化させて得られる麻薬であって,あへん系の麻薬の中では,最も刺激の強いものといわれ,いったんこの中毒におちいると,再び他の麻薬にもどることができない。その有毒作用もモルヒネの一〇倍以上であり,わが国でこの種麻薬が最も多く用いられていることは寒心にたえない。
 これら麻薬の常用者の数は,こう間二〇万人といわれ,また推計によって中毒者は四万人ともいわれているが,いずれも確実な根拠はない。
 統計によって明らかになっている範囲では,まず厚生省薬務局が毎年各都道府県からの報告を基礎として行なっている,新規麻薬中毒者についての統計があるが,これによると,中毒者は毎年二,〇〇〇人前後発見されており,昭和三七年の新発見中毒者は二,一七六人で,その内訳は,送検者中より発見したもの一,二六九人,麻薬取締法第五〇条の規定によって届け出のあったもの八四五人,調査内てい等によるもの六二人で,これらのうち,前年までに発見されたことのあるものは四二三人となっている。したがって,完全に新中毒者として確認された者は一,七五三人である。
 厚生省ではさらに毎年一二月末現在で,それまでに発見された中毒者全数についての実態調査を行なっているが,昭和三六年末において,その数は五,八一六人となっており,前年より一七〇人増加している。
 警察庁では,これと別個に,麻薬中毒者名簿に基づいて中毒者の統計を作製しているが,これによれば,昭和三七年一二月末日現在の名簿登載者総数は九,五五五人であって,その内訳は,その所在を確認しているもの六,四二八人,未確認三,一二七人となっており,確認者のうち現中毒者は三,七五九人である。
 これを最近四年間の傾向でみると,IV-2表に示すように,総数においては累年明らかに増加しているが,その所在が不明な者もこれに比例して増加してきている。

IV-2表 麻薬中毒者名簿登載者数(昭和34〜37年)

 これらの資料を総合して考察すると,両者の間には,かならずしも一貫した統一性はなく,対象となっている中毒者もかなりの部分が重複しているとみられるが,一般的にいって,一万人前後の者が公的機関によって中毒者として確認されていることは確実であり,昭和三七年において四,〇〇〇人ないし六,〇〇〇人位が現中毒者として視察の対象となっていると認められ,これらの中毒者は毎年増加の傾向にあることがうかがわれる。
 麻薬中毒者は,さきにも述べたように,その実態のは握がきわめて困難であり,このように表面にあらわれた数が氷山の一角にすぎないことは容易に想像されるところであり,今後この面に対する,より正確で統一的な実態をは握する努力が一段となされなければならない。
 麻薬中毒者が,どのよろな動機で,そのとりことなったかについては,好奇心,模倣などによるものと,身体または精神的な疾病のため医療上麻薬を使用し,中毒に移行したものとに大別されるが,厚生省の昭和三七年中の新発見中毒者についての調査によればIV-3表に示すように,好奇心によるものが最も多く四六・七%であって,不安よりの逃避二三・九%,病気よりの移行一七・〇%,誘惑・模倣五・五%などとなっており,これを四年間の傾向でみると,最近,好奇心によるものが増加してきていることが特に注目される。

IV-3表 麻薬中毒の動機原因(昭和34〜37年)

 次に,麻薬の使用状況についていま少し詳しく検討してみると,前に述べた全国受刑者に対する調査では,以下の事柄がうかがわれる。
 すなわち,使用開始年齢は,二〇才代が最も多く六七・一%で,三〇才代一六・五%,二〇才未満一二・五%の順となっている。
 麻薬購入の資金はこづかいおよび労働収入によるもの四七・二%,密売その他の犯罪二五・五%,売春,とばく一二・二%,借金・家庭内非行九・二%の順であり,過半数の者が,なんらかの犯罪または非行を犯さなければ,麻薬が入手できなかったことを示しており,とくに女子の場合,売春等による資金かせぎが四三・四%の高率を示してL′ることか注目される。
 麻薬のおもな入手先は,密売所五四・〇%,友人二二・一%,ブローカー一二・一%などとなっているが,最近では大部分の密売所が閉鎖されたため,入手方法も一段と複雑化していると考えられる。
 使用方法は,静脈注射が九〇%近くを占めているが,はじめは喫煙,皮下注射などからはいり,刺激を求めて静脈注射に移行した者もかなり見受けられる。
 注射部位は,腕が八六・七%で,ほとんどを占め,ひじや首なども若干見受けられる。注射器は半数以上が常時持ち歩いているが,その消毒については,過半数は水で洗う程度であり,アルコールまたは煮沸消毒する者は全体の三〇%強にすぎない。
 一日の使用回数は五-一〇回が三七・一%で,一〇回以上も三・二%を占めているが,大部分は五回未溝である。
 使用量は,五包未溝四九・六%,五-一〇包二七・六%,一一-二〇包一五・三%で,三一包以上という者も四%近くみられる。使用の薬量は,一包に含まれる量が異なる場合も多いので正確には断定できないが,密売に従事している者の方が,たんに中毒者である者より使用量が多いことはまちがいないとみられる。
 麻薬をやめたいと思ったことの有無については,九四・一%の絶対多数が有りと答えており,そのうちの六八%が常にやめたいと思ったと言っている。しかし,やめて苦しくなかったと答えた者は一五・三%にすぎず,残りの者は苦しかったことを訴え,狂いそうに苦しかったという者が四〇・八%を占めていることは,いかに麻薬の束縛が強いかを示す一つの証左といえよう。
 このことはまた,麻薬をやめられない理由について,身体的苦痛のためという者が四〇・九%,精神的苦痛のためという者が一三・八%あるという事実によっても裏書きされる。また,調子がよくなるという理由も二七・一%みられることは,麻薬の退廃的な魅力の一端を示すものであろう。