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 昭和38年版 犯罪白書 第一編/第三章/一/3 

3 交通事故減少のための対策

 道路交通法は,元来,交通事故に移行しやすい危険な運転行為等を類型化し,これを禁止することによって,道路交通の安全を確保することを主要な目的としているっ「たかが交通違反」と軽視する人は,まず,前述の数字に注目し,ことの重大性を再認識すべきである。前年度の犯罪白書において紹介した「取締指数」も,この「交通違反」の事故発生に対する因果関係の重大性に着目して算出されたものである。重複をいとわず紹介すると,たとえば,一〇人の自動車事故による死傷者が発生している場合,同時期,同場所で一〇〇人の危険な運転中の交通違反者を取締り,処罰したとすれば,その取締指数は一〇分の一〇〇,すなわち一〇ということになる。アメリカでの実証的研究によれば,この指数が一五ないし二五に保たれているときが,最上の状態とされている。最上というのは,交通違反者を取締り,処罰することによって交通事故の発生を防止する効果が最大であるという意味である。もちろん,人が異なり交通事情が相違すれば,右の指数は直ちに日本にあてはめ得ないかもしれない。しかし,日本での理想的取締指数が右の数値より大でありえても,格段に低いものであることはあるまい。単位車両の占めうる道路面積がアメリカより狭少であるので,交通の安全を保つためには,車両相互間あるいは車両対歩行者間の自律的調整のみにはたよれず,警察官等による権力的調整が,アメリカ以上に必要であると考えられるからである。
 かりに,これを二〇とした場合,昭和三六年においては会計三二,一七七人の死傷者があったのであるから,その二〇倍にあたる六,四〇三,五四〇件の危険な運転中の交通違反を検挙し,処罰しておかねばならなかったことになる。この指数の基礎となる交通違反には,駐車違反等の「運転中」の違反ではないもの,免許証不携帯事犯等の「危険な」違反ではないもの等が除かれているから,これらを含めると,少なくとも七〇〇万件以上は処罰しておくべきであったということになる。しかし,実際に起訴したのは合計二,二六六,〇〇一人であり,相当の隔たりがあることがわかる。かりに理想的取締指数を一〇としても,なお,理想にほど遠い現実である。
 理想にほど遠いというよりも,現実は,警察の検挙,送致してくる事件を―よしそれがどれほどの指数を示しているものであれ―ともかく渋滞なく処理することに忙殺されているのが検察庁,裁判所の実態である。「交通に関する刑事事件の迅速適正な処理を図るため」交通事件即決裁判手続法が施行されたのは,既に昭和二九年であった。また,東京区検察庁を皮切りに,刑事訴訟法第六編に定める略式手続の効率的な運用形態として,在庁略式ないし待命略式と称される制度が,全国の主要大都市において実施されるにいたったのも,同じく昭和二九年のことであった。しかし,I-32表でも明らかなように,昭和二九年の道交違反事件の起訴人員は七四〇,四一七人であったが,昭和三七年においては,三,二五九,四七九人におよび,既に四倍以上の増加を示している。これらの迅速処理を企図した制度が,十二分に活用されたとしても,検挙庁,裁判所の人員的,施設的拡充がとうていこの種事件の異常な増加率に即応していくことはできず,いわゆる「交通裁判所」の混雑ぶり,その渋滞ぶりはおおうべくもない事実であった。

I-32表 道路交通法令違反の検察庁処理人員と率(昭和24〜37年)

 昭和三七年三月一三日,交通関係閣僚懇談会は,この渋滞ぶりを解消する一助ともすべく,交通切符制度の採用方針を打ち出した。その後,最高裁判所事務総局,法務省刑事局および警察庁交通局は,この採用に関して種々研究協議を続け,同年八月に至り,現在アメリカ各地において実施されている交通切符制度を,相当程度修正した形で日本にとり入れ,これを略式手続ないし即決裁判手続にのせて運用していく点で意見の一致をみた。そして,昭和三八年一月一日から,全国主要一〇地区を皮切りに,実施の運びとなった。
 交通切符制度の詳細は,既に多くの機会に紹介されているところであるが,既存の刑罰体系および手続に実質的な変更を加えず,もっぱらその捜査処理に必要な書式と,その書式への記入方法の変更という形で採用されたものである。制度の主要な骨子は,第一に警察官が違反現認場所において,現認報告書を作成するに際し,複写により四枚の書面を作成し,この複写された書面を警察,検察および裁判の各段階において最大限に活用していくこと,第二に,違反事実の特定方法を,従来の文章方式から項目的記載方式に改めたこと等であり,円滑に運用されれば,関係機関の事務処理能力を大幅に上昇させ,「交通裁判所」における渋滞と混雑の解消に役だちうるものと期待されている。