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 平成 9年版 犯罪白書 第1編/第2章/第2節/2 

2 薬物関係法令

(1) 終戦時の薬物関係法令
 麻薬の取締りに関する法令は明治以降幾多の改廃を経ているが,終戦時においては,明治40年に施行された現行刑法における「阿片煙ニ関スル罪」のほか,(旧々)薬事法(昭和18年法律第48号),(旧)阿片法(明治30年法律第27号)等があった。
 戦後,連合国軍の占領下において,昭和20年9月にポツダム宣言ノ受諾二伴ヒ発スル命令二関スル件(昭和20年勅令第542号)が公布・施行され,連合国軍最高司令官の要求に係る事項を実施するため特に必要がある場合には,命令をもって所要の定めをし,かつ,必要な罰則を設けることとされた。これに基づき,薬物の規制については五つのいわゆるポツダム省令,すなわち,[1]塩酸ヂアセチルモルヒネ及其ノ製剤ノ所有等ノ禁止及没収ニ関スル件(昭和20年厚生省令第44号),[2]麻薬原料植物ノ栽培,麻薬ノ製造,輸入及輸出等禁止ニ関スル件(昭和20年厚生省令第46号),[3]特殊物件中ノ麻薬ノ保管及受払ニ関スル件(昭和21年厚生省令第8号),[4]麻薬取締規則(昭和21年厚生省令第25号),及び[5]大麻取締規則(昭和22年厚生・農林省令第1号)が制定され,これらにより,麻薬,あへん及び大麻に関する規制が行われることとなった。
(2) 麻薬・向精神薬取締法令
 昭和23年,上記各ポツダム省令及び(旧)阿片法が廃止され,麻薬及びあへんの取締法令として(旧)麻薬取締法(昭和23年法律第123号)が公布(同年7月施行)されたが,これはそれまでの取締規定を集大成したものであった。その後,28年には,国際的な不正取引や組織的な密輸事犯に対する効果的な取締りの必要性などから,麻薬取締法(昭和28年法律第14号)が制定(同年4月施行)された。同法は,麻薬を同法別表に名称を列挙する物と限定した上,麻薬の用途を医療及び学術研究だけに限定し,麻薬取扱いをすべて免許制として,免許を有しない者による取扱いを原則として禁止した。違反行為に対しては,ジアセチルモルヒネ(ヘロイン)等とその他の麻薬とに区分した上で,営利性・常習性の有無等により法定刑を区別した罰則が設けられた。
 その後,昭和29年のあへん法(本項(3)参照)の制定に際しての改正を最初として,麻薬取締法は,平成8年末までの間に26回にわたって改正されているが,その主なものは,次のとおりである。
まず,昭和30年代の麻薬犯罪の増加と悪質化に対処するなどのため,38年の一部改正(同年7月施行)において,ジアセチルモルヒネの営利目的輸入等についての法定刑の上限が懲役10年から無期懲役に引き上げられるなど,罰則全般にわたって法定刑が引き上げられたほか,輸入・輸出・製造についての予備罪,資金等の提供罪,周旋罪等が新設された。他方,常習犯・常習営利犯の規定は削除された。また,麻薬中毒者に対する措置入院制度が新設された。45年には,麻薬を指定する政令の改正(同年2月施行)により,幻覚剤であるLSD(リゼルギン酸ジエチルアミド及びその塩類)が麻薬として指定された。
 平成2年には,向精神薬に関する条約(平成2年条約第7号)の批准に備えるなどのための一部改正(同年8月施行)により,名称が麻薬及び向精神薬取締法に改められ,新たに,睡眠薬,精神安定剤等として医療に用いられる向精神薬をも取締りの対象とすることとされた。この改正により,向精神薬の取扱いについて免許制度及び登録制度が設けられ,向精神薬の輸入・輸出・製造・譲渡し等につき罰則が新設されるとともに,麻薬についての罰則も強化された。
 さらに,平成3年には,麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約(平成4年条約第6号)(以下,本項において「麻薬新条約」という。)の批准に備えるなどのため,いわゆる麻薬二法,すなわち麻薬及び向精神薬取締法等の一部を改正する法律(平成3年法律第93号)及び国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(平成3年法律第94号)(以下「麻薬特例法」という。)が制定(いずれも4年7月施行)された。このうち,前者により,麻薬・向精神薬原料物質についての新たな規制,資金等提供罪の処罰範囲の拡大,国外犯処罰規定の新設等の改正が行われた(麻薬特例法については,本項(7)参照。)。
(3) あへん取締法令
 昭和20年,前記麻薬原料植物ノ栽培,麻薬ノ製造,輸入及輸出等禁止ニ関スル件によって,けしの栽培等が禁止されるとともに,その輸入も厳重に制限され,この規制が23年制定の前記(旧)麻薬取締法にも受け継がれた。しかしながら,その結果,医療用麻薬の製造に支障を来すようになったこと,及び,けしの栽培並びにあへんの生産,国際取引,卸取引及び使用の制限及び取締に関する議定書(昭和38年条約第10号)の批准に備えるため,あへんの規制を麻薬一般の規制から分離することとし,29年,あへん法(昭和29年法律第71号)が制定(同年5月施行)された。
 あへん法は,あへんの用途を医療及び学術研究だけに限定し,その適正な供給を図るため,許可制の下にけしの栽培を認め,あへんの輸入・輸出・買取り及び売渡しの権能を国に専属させ,けし,けしから及びあへんについてそれぞれ違反行為を規定して,営利性・常習性の有無等により法定刑を区別した罰則を設けた。
 同法は,制定後,平成8年末までの間に8回にわたって改正されているが,その主なものとしては,[1]罰則全般にわたって法定刑が引き上げられ,けしの栽培等の予備罪,資金等提供罪,周旋罪等が新設される一方,常習犯・常習営利犯の規定が削除された昭和38年の改正(同年7月施行),及び,[2]資金等提供罪の処罰範囲の拡大,国外犯処罰規定の新設,罰金額の引上げ等が行われた平成3年の改正(4年7月施行)がある。
 なお,刑法第2編第14章「あへん煙に関する罪」とあへん法とはその規制対象が一部重複しており,両法に定める罪が競合する場合には,法定刑が重い方によって処罰されることになっている。
(4) 大麻取締法令
 昭和20年,前記麻薬原料植物ノ栽培,麻薬ノ製造,輸入及輸出等禁止ニ関スル件によって大麻についても麻薬としての規制が行われ,大麻草の栽培等が全面的に禁止された。その後,前記大麻取締規則の制定によって,麻薬から独立して大麻の規制が行われるようになり,用途を限定して許可制の下に大麻草の栽培が認められるようになった。
 昭和23年,大麻取締規則が廃止され,大麻取締法(昭和23年法律第124号)が制定(同年7月施行)された。同法は,大麻の用途を学術研究及び繊維・種子の採取だけに限定し,大麻の取扱いを免許制とし,免許を有しない者による大麻の取扱いを禁止するとともに,違反行為を規定して罰則を設けた。
 同法は,制定後,平成8年末までの間に11回にわたって改正されているが,その主なものとしては,[1]大麻の定義が「大麻草及びその製品」と改められ,大麻草の種子は規制の対象外とされた昭和28年の改正(同年4月施行),[2]罰則の法定刑が引き上げられ,大麻から製造された医薬品の施用を受けることを禁止する規定が新設された38年の改正(同年7月施行),[3]営利犯加重処罰規定,未遂・予備罪の処罰規定,資金等提供罪,周旋罪等が新設された平成2年の改正(同年8月施行),及び,[4]大麻の定義規定の明確化,資金等提供罪の処罰範囲の拡大,国外犯処罰規定の新設等が行われた3年の改正(4年7月施行)がある。
(5) 覚せい剤取締法令
 覚せい剤は,昭和23年7月に公布・施行された(旧)薬事法(昭和23年法律第197号)等によって劇薬として指定されるとともに,販売等に関する規制が行われた。
 しかし,濫用防止の効果が上がらなかったため,昭和26年に覚せい剤取締法(昭和26年法律第252号)が制定(同年7月施行)された。同法は,覚せい剤の用途を医療及び学術研究のみとし,覚せい剤を取り扱うことができる者を限定して,それ以外の者による取扱いを禁止し,違反行為に対する罰則を設けた。
 同法は,制定後,平成8年末までの間に12回にわたって改正されているが,その主なものとしては,[1]罰則の法定刑が引き上げられ,営利犯・常習犯について刑罰を加重する規定が設けられた昭和29年の改正(同年6月施行),[2]罰則の法定刑が引き上げられ,覚せい剤の輸出及び覚せい剤原料の取扱いが新たに規制の対象とされた30年の改正(同年9月施行),[3]罰則全般にわたって法定刑が引き上げられ,輸入・輸出・製造についての予備罪,資金等提供罪,周旋罪等が新設される一方,常習犯の規定が削除された48年の改正(同年11月施行),[4]罰則中の罰金額が引き上げられた平成2年の改正(同年8月施行),[5]資金等提供罪の処罰範囲の拡大,国外犯処罰規定の新設等が行われた3年の改正(4年7月施行)がある。
(6) 有機溶剤取締法令
 昭和22年,毒物劇物営業取締法(昭和22年法律第206号)が制定(23年1月施行)され,25年には毒物及び劇物取締法(昭和25年法律第303号)が制定(同年12月施行)された。
 毒物及び劇物取締法は,毒物及び劇物について,保健衛生上の見地から必要な取締りを行うことを目的としているが,制定当初,シンナー等有機溶剤の濫用を規制する規定はなかった。昭和47年,激増するシンナー等有機溶剤の濫用に対処するために一部改正(同年8月施行)が行われ,興奮,幻覚又は麻酔の作用を有する毒物又は劇物(これらを含有する物を含む。)であって政令で定めるものを,みだりに摂取し,吸入し又はこれらの目的で所持することが禁止され,これらの行為及びその情を知って販売し又は授与する行為について罰則が設けられた。さらに,その後のシンナー等有機溶剤濫用者の増加と悪質化に対処するため,57年の一部改正(同年10月施行)により,摂取・吸入・所持行為についての罰則の法定刑が引き上げられ,懲役刑を科することができることとなった。
(7) 麻薬特例法
 麻薬特例法は,前述のとおり,麻薬新条約の批准に備えるため,国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図ることなどを目的として平成3年に制定(4年7月施行)されたものである。
 同法においては,業として行う不法輸入等の処罰に関する規定,マネー・ローンダリング(不法収益等隠匿)等の処罰に関する規定,国際的なコントロールド・デリバリー (監視付き移転)を可能とする規定,不法収益の必要的没収・追徴に関する規定等が設けられた。