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 平成 4年版 犯罪白書 第4編/第5章 

第5章 むすび

 我が国における女子犯罪の動向及び特質等を,各種の統計資料と法務総合研究所の特別調査及び諸外国の女子犯罪の現状を分析・検討した結果,結論として言えることは,時代の変遷と共に姿,形を変えて現れてきた女子の犯罪は,本質的には変わっていないものと考察される。かつて,女子犯罪者は,男子との比較において,生物的,心理的,社会的要因等から,創造性に乏しく,環境に支配されやすい者として位置づけられ,女子犯罪の背景として,経済生活の貧困とか,経済手段を持たない弱者としての側面が強調されていた。女子犯罪者が少ないことも,これらの要因に起因する性役割の固定化として受け止められていたのである。したがって,女子の社会進出が進行し,男子と同等の社会的役割を担うようになれば,犯罪も男子並みになるのではないかと推測されていたが,現実には,女子の犯罪は,女子少年の犯罪及び女子成人の薬物犯罪を別にすれば,女子の社会進出が進行する前の段階のそれと比較して,大きな変化を見せていない。
 今日の女子の犯罪を見ると,その大部分は窃盗で,手口は,デパート,スーパーマーケット,小売店の店頭における万引きがほとんどで,被害額もそれほど大きくない。しかも,これら軽微な女子窃盗事犯の大半は,女子少年ないしは無職の成人女子によるものであり,少数の反復累行者を除いて,一回限りの機会犯にとどまっている。女子検挙人員の中には,殺人,放火,傷害等の凶悪粗暴犯のほか,詐欺,業務上横領等の財産犯で,社会の耳目を集めるような犯罪に陥る者が含まれているものの,女子の犯罪は,経済,家庭,異性関係等の環境上の負因を背負ってなされる伝統的な犯罪類型に属しており,その数は,目立った増減を示していない。
 女子犯罪の動向で問題となるのは,覚せい剤取締法違反,毒劇法違反等の薬物事犯であり,女子少年の非行である。
 薬物事犯検挙人員は,昭和40年代後半から増加を始め,50年代後半にピークに達した後若干の起伏を示しながらも高水準を維持しているが,このような傾向は,女子の薬物事犯検挙人員に限って見ても同様に認められる。女子の薬物事犯は,覚せい剤,シンナー等の濫用を中心とするもので,一度その濫用を始めると,反復累行する傾向が強く,したがって,刑事司法機関による処分も厳しくなされる傾向にある。そのため,近年の女子新受刑者の半数以上が覚せい剤取締法違反者によって占められるに至っている。また,女子保護処分人員に占める覚せい剤取締法違反者及び毒劇法違反者の比率も上昇傾向にあり,この種事犯者に対する処遇効果の向上が課題となっている。
 このような薬物事犯者の多くは,好奇心,周囲の者の影響等から軽い気持ちで使用を始め,やみつきになるという経路をたどるのであるが,女子覚せい剤事犯受刑者について見ると,暴力団の資金稼ぎ等の犠牲となった弱い女性であることが多く,また,女子少年の毒劇法違反者についても学校不適応ないし無職者の占める比率が高く,その背後には,平成2年版犯罪白書でも指摘したように,保護者と少年との心的交流の欠如など家庭環境の問題が横たわっているものの,これまでのところ,働く女性の子弟に薬物濫用等の非行少年が多発するといった実証的根拠はないといってよい。
 女子少年については,薬物事犯のみならず,窃盗等の財産犯,傷害等の粗暴犯なども高水準で推移しており,憂慮される傾向の一つとなっているが,これらの非行の背景的事情は,薬物事犯と軌を一にしており,家庭環境の問題が最も重要な要因の一つとなっているものと考えられる。
 一方,諸外国における女子犯罪を見ると,今回検討したいずれの国においても,女子比は13%ないし25%くらいの間にあり,罪種は,韓国における窃盗を別にして,窃盗,詐欺などの財産犯と薬物犯罪が目立って多くなっており,我が国とおおむね同様な特徴を示している。
 このように見てくると,今日の女子の犯罪の大半は,弱い立場から抜け出せない女子によって犯されており,あるいは,家庭環境に問題をもつ女子少年によって犯されているのであって,女子の社会的,経済的自立が進み,あわせて,健全な家庭と子弟養育態度の維持向上が図られれば,在来の女子犯罪の防止に寄与するものと期待される。