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 平成 元年版 犯罪白書 第4編/第2章/第1節/1 

第2章 犯罪の動向

第1節 刑罰法規の変遷

1 戦前に制定された刑罰法規等

(1) 刑法等
 昭和の主要な刑罰法規は,明治40年4月公布(41年10月1日施行)の刑法である。同法は,13年布告のいわゆる旧刑法を大幅に改めたものであるが,主な改正部分を挙げると,重罪,軽罪及び違警罪の区別を廃止したこと,違警罪に当たる軽微な犯罪を刑法典から削除したこと,刑罰の種類を減じて,主刑のうち,無期徒刑,有期徒刑,無期流刑,有期流刑,重懲役,軽懲役,重禁獄,軽禁獄,重禁錮及び軽禁錮を廃し,死刑,懲役,禁錮,罰金,拘留及び科料としたこと,附加刑のうち,剥奪公権,停止公権,監視,罰金を廃して没収のみとしたこと,犯罪類型の細分化をやめ,各犯罪の構成要件を抽象化・簡約化したこと,法定刑の幅を広くしたこと,未遂罪の法定刑を引き上げて既遂罪の法定刑と同じとしたこと,仮出獄の要件を緩和したこと,刑の執行猶予の規定を設けて,38年公布の「刑ノ執行猶予ニ関スル法律」を廃止したことなどである。
 次に,刑法を補充する刑罰法規として,大正15年4月公布(同月30日施行)の「暴力行為等処罰に関する法律」及び昭和5年5月公布(同年6月11日施行)の「盗犯等の防止及び処分に関する法律」が挙げられる。前者は,大正末期ごろに,団体の威力等を用いて暴行・脅迫等の不法行為を行い,あるいは,凶器を携え又は常習としてこれらの不法行為を行う者が少なくなく,この種事犯を厳重に取り締まるため,集団的暴行・脅迫・毀棄罪の規定を設けて加重した法定刑を定め,これを非親告罪(刑法の暴行罪及び器物毀棄罪は親告罪であった。)とし,また,集団的,常習的面会強請・強談威迫の罪を新設するなどしたものである。後者は,大正末から昭和初めにかけて強窃盗等が多発し,特に東京でいわゆる説教強盗が出没し,社会不安を招くことにもなったので,これらに対処するため制定されたものであり,盗犯等に対する正当防衛等の特則を定め,常習累犯強窃盗罪など刑法の強・窃盗の刑を加重する規定を新設したものである。
 戦前における刑法の改正について述べると,大正10年4月に,比較的犯情の軽い事犯に適切に対処できるようにするため,刑法の一部改正(同年5月5日施行)が行われ,業務上横領罪の法定刑の下限が引き下げられた。さらに,昭和16年3月には,大正10年以来の刑法改正準備作業を踏まえ,刑法制定以来の社会の実情の変化等を考慮して,当時の犯罪情勢の中で早急に改正を要する点に関して,刑法の一部改正(昭和16年3月20日施行)が行われ,強制執行不正免脱,競売入札妨害,談合,事前収賄,第三者供賄,枉法収賄,事後収賄,安寧秩序に対する罪等が新設されるなどした。
 また,戦時においては,昭和16年12月,「戦時犯罪処罰ノ特例ニ関スル法律」が施行され,戦時に際し,灯火管制中又は敵襲の危険その他人心に動揺を生じさせるような状態にある場合の,強制猥褻,強姦,窃盗,強盗等について刑を加重する規定が設けられた。翌17年3月には,同法が廃止されて,戦時刑事特別法が施行されたが,同法では,上記の「戦時犯罪処罰ノ特例二関スル法律」で定められていた加重規定に加えて,新たに放火等の加重規定が設けられ,さらに,戦時に際し,国政変乱を目的とする殺人,公共の防空建造物の損壊等の罪が新設されるとともに,戦時における刑事手続の特例が定められた(刑事手続の特例については本編第3章第1節1(2)イ参照)。
 なお,戦前の刑法改正準備作業について述べると,大正10年に政府から臨時法制審議会に刑法改正についての諮問がなされ,同審議会は,15年に刑法改正の綱領を議決して政府に答申した。・そこで,昭和2年に司法省内に刑法改正原案起草委員会が設けられ,同綱領の法文化を行い,刑法改正予備草案が編成された。さらに,同年,司法省内に設置された刑法並びに監獄法改正調査委員会において検討され,15年に改正刑法仮案が公表されたが,改正作業は,以後中断されたままとなった。
(2) 特別法
 戦前の特別法令のうち,大正以前に制定された主なものを挙げると,次のとおりである。すなわち,治安を妨げる目的等による爆発物の使用,製造,輸入,所持等を処罰する規定等を定めた爆発物取締罰則(明治17年12月施行,太政官布告),古物商を免許制にしてその営業活動等を規制し,無免許営業等の違反者を処罰する規定等を定めた古物商取締法(28年9月施行),あへんの製造,売買,授受,所持等を規制し,その違反者を処罰する規定等を定めた阿片法(30年4月施行),狩猟鳥獣を捕獲する方法,時間,場所等を規制して,その違反者を処罰する規定等を定めた狩猟法(34年7月施行,大正8年9月公布の同法改正により「鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律」と改題),森林の種類,森林所有者の権利関係等を定めるとともに,森林に対する放火罪,森林窃盗罪等の特別規定を設けた(旧)森林法(明治41年1月施行),鉄砲及び火薬類の製造,譲渡・譲受,所持,輸出・輸入等を規制し,その違反者を処罰する規定等を定めた銃砲火薬類取締法(44年5月施行),国体を変革し又は私有財産制度を否認することを目的として結社を組織した者又は情を知ってこれに加入した者等を処罰する規定等を定めた治安維持法(大正14年5月施行),軽微な犯罪とその処罰を規定する警察犯処罰令(明治41年10月施行,内務省令),自動車の最高速度,自動車の検査,運転手免許等に関する規定を定め,法定速度の超過,無免許運転などの違反者を処罰する規定等を定めた自動車取締令(大正8年2月施行,内務省令)等である。
 次に,昭和に入って制定された主な特別法を挙げると,兵役義務,徴兵検査,召集等について規定し,兵役を免れるために逃亡した者,徴兵検査を受けない者などを処罰する規定等を定めた兵役法(昭和2年12月施行),戦時に際し,国家総動員上必要なときは,政府が国民を徴用して総動員業務に従事させることや,物資の生産,修理若しくは配給等又は価格,運送賃等に関して命令をなすことができることなどを定め,その違反者を処罰する規定等を定めた国家総動員法(13年5月施行),国家機密の漏泄等の罪を設けるとともに,諜報謀略に関係のある犯罪事件について刑事手続の特例を定めた国防保安法(16年5月施行)などである。また,16年3月に治安維持法の全面改正(同年5月施行)が行われ,国体を変革することを目的とする結社のみならず,これを支援することを目的とする結社等の指導者,加入者等をも処罰することとし,その罰則を強化するとともに,これらの罪について刑事手続の特例等が定められた(本編第3章第1節1(2)イ参照)。17年7月に食糧管理法が施行され,米麦等の主要食糧の管理体制を強化し,主要食糧の配給機構を整備するなどとするとともに,政府以外の者と主要食糧の売買をした者等を処罰することとされた。