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 昭和37年版 犯罪白書 第一編/第七章/七/5 

5 日英独三国における生命犯に対する刑の量定の一般的傾向

 次に,科刑の統計によって日英独三国における刑の量定の一般的傾向について概説することとする。
 わが国における科刑については,少年に対する刑事処分を含めた統計が作成されているが,保護処分については別の統計とされている。以下少年に対するものを含めて,刑事処分のみについて説明する。
 まず一般の殺人の科刑は,I-165表の示すとおり,死刑は〇・三%前後で,昭和三五年は一件もなく,無期は一%から一・五%前後で,懲役七年をこえる有期懲役は二〇%前後である。そして懲役三年をこえ七年以下と懲役三年がいずれも三〇%前後であって,三年未満が一七%から二〇%前後を占めている。すなわち法定刑の最下限またはこれに達しないものが約五〇%を占め,しかも全体の三〇%前後が刑の執行を猶予されている。

I-165表 殺人罪(第199条)の有罪人員および科刑別人員の率(昭和32〜35年)

 次に尊属殺人はI-166表の示すとおり,法定刑の関係から無期の占める比率も高いが,その比率は年々低下し,法定刑に達しないものが九〇%から九八%前後となっている。強盗致死は,I-167表の示すとおり,法定刑と犯罪自体の犯情の悪質な点とがあいまって,その科刑は最も重く,死刑が一〇%またはそれ以上を占め,無期との合計が五割余を占めている。次に傷害致死は,I-168表の示すとおり,七年をこえるものは一%またはそれ以下で,三年をこえるものも三分の一前後にすぎず,その他はすべて三年以下である。しかも執行猶予が三五%から三八%前後を占めている。尊属傷害致死はI-169表の示すとおり,これより若干重いが,昭和三五年はむしろ多少軽くなっている。

I-166表 尊属殺人罪(第200条)の有罪人員および科刑別人員の率(昭和32〜35年)

I-167表 強盗致死罪(第240条後段)の有罪人員および科刑別人員の率(昭和32〜35年)

I-168表 傷害致死罪(第205条1項)の有罪人員および科刑別人員の率(昭和32〜35年)

I-169表 尊属傷害致死罪(第205条II項)の有罪人員と科刑別人員の率(昭和32〜35年)

 次にイギリスにおける生命犯に対する科刑関係の統計は,少年院送致にあたるもの等も含めて成人と少年が合算されたものが作成されているが,最近三年間の統計を示すと,I-170表のとおりである。この表によって明らかなとおり,イギリスにおける死刑にあたる謀殺は全部が死刑であって,その他の謀殺はほとんどが終身拘禁刑である。裁判の結果のうちの「その他」は少年に対する少年院送致等である。ただし死刑については恩赦によって終身刑に減軽されるものがあることを考慮に入れる必要がある。次に謀殺の未遂は結果の発生を重視しているためか既遂よりはるかに軽くなっている。すなわち刑期が一〇年をこえるものはきわめて少なく,五年をこえるものも比較的少数であって,四年以下が多く,保護観察が約三〇%を占めている。故殺は,終身刑が一二%から一四%もあり,七年をこえる有期刑も六%から一〇%ある。次に四年をこえ七年以下のものは約二〇%で,四年以下の実刑が四五%前後を占め,保護観察は五%前後にすぎない。すなわち全体として謀殺未遂より重いが,これは死の結果が重視されているためと考えられる。

I-170表 イギリスにおける生命犯に対する科刑別人員と率(1958〜60年)

 西ドイツの科刑の統計は刑期の区分が細分されていないため明らかでない部分も多い。また,強盗致死は重い強盗と合算され,傷害致死は重い結果を目的とする重い傷害と合算されていて,その区分が明らかでないので,謀殺と故殺についてのみ説明する。なお,少年(一四歳以上一八歳未満)および成人のうち青年(一八歳以上二一歳未満)については,特別の処分も規定されているが,ここでは一般の成人(二一歳以上)について説明するにとどめる。I-171表によると,一般成人の謀殺は約四五%が終身重懲役で,五年をこえる有期懲役が約四〇%を占めている。謀殺の既遂は,責任能力が限定されている場合その他の特別の例外を除き,終身重懲役の刑が変更されることはないから,謀殺の成人の有期刑はほとんどその未遂とみることができる。そしてその三分の二以上が五年をこえる刑期であることは注意を要する。

I-171表 西ドイツにおける殺人罪に対する科刑別人員と率(1957〜59年)

 次に故殺は謀殺に比しはるかに軽く,終身刑はほとんどなく,五年をこえる有期懲役は四分の一または三分の一前後で,九月をこえ五年以下の軽懲役が半数前後を占め,九月以下も約二〇%ある。しかし執行猶予は,九月以下の刑に対してのみ許されるにすぎない関係もあって,全体の一〇%またはそれ以下にすぎない。
 以上の各統計を中心とし,わが国における多数の具体的事例および英独両国における相当数の具体的事例について,それぞれ調査した結果も参照しながら日英独三国の刑の量定を概括的に比較することとする。ただし,具体的事例は紙面の関係で本稿ではごく少数のものを引用するにとどめる。
 まず日英両国を前記各表によって比較してみると,わが国の強盗殺人または致死にあたるものの刑は,イギリスでは死刑に特定され,一般の殺人についても,挑発等の特別の事情のない限り,死刑または終身刑に特定されている。わが国の強盗殺人の量刑は,無期が原則で死刑は例外であるからイギリスより軽く,強盗致死に対する通常の刑は,無期懲役または重い有期懲役であるから,イギリスとは大幅の相違がある。また尊属殺でも無期刑は例外であるからイギリスより軽い。次に一般殺人の量刑は無期刑は例外で七年以下が原則であるから,イギリスとの間に格段の相違のあることは明白である。次にわが国の傷害致死のうちの相手方に重大な傷害を加える意図のあるものは,イギリスでは謀殺とされ,通常終身刑を科されるから,わが国とのへだたりはさらに大きい。ただ,イギリスの謀殺の未遂は懲役三年以下が約三分の一を占め,三年をこえ七年以下が約五分の一であるから,わが国の殺人未遂と大差ないものと考えられる。次に故殺については,わが国の挑発等のある犯情の軽い殺人,通常の傷害致死および犯情の重い過失致死がこれに含まれるものと考えられる。その軽重については,これらの種類別の統計がないので明白でないが,イギリスは刑期の重いものも多く,拘禁刑の実刑が原則であるからわが国より重いということができるであろう。
 次に前記各表によって,わが国と西ドイツとを比較してみる。まずドイツ刑法の謀殺にあたるもののうち強盗殺人については,わが国には死刑がある点は西ドイツよりはるかに重いということができる。しかし前記のとおり,西ドイツの終身重懲役はわが国の無期懲役より重い刑であるから,強盗殺人に対する刑全体としては両者の間に大きな相違はないということができるであろう。次にその他の利欲および性欲の満足を目的とするものについても,両国の刑に大差はないであろう。しかしその他の謀殺にあたるものについては,わが国では有期懲役が原則であって,その中には比較的軽いものも少なくないため,西ドイツが必ず終身重懲役となるのと比較すると,相当大幅な相違がある。次に謀殺の未遂と故殺については,統計によってはどの程度の相違があるか明らかにすることができない。ただ,わが国では西ドイツと比較して執行猶予ははるかに多い。この点については,わが国の執行猶予は懲役三年の刑までに付することができるのに対し,西ドイツでは九月の刑までに付することができるにすぎない点の影響も大きい。
 次に具体的な例によって量刑の差を比較してみると,イギリスとの差の大きいのは,一般の殺人とわが国の傷害致死のうちイギリスの謀殺にあたるものである。わが国では最近対立下る暴力団相互間の拳銃による射殺事件が各地で発生している。この種の事件は,もしイギリスで発生したとすれば,相手方に挑発行為のない限り死刑となるが,わが国では通常死刑となることはなく,無期懲役となることもきわめて少ない。次に,一時的のけんかで鋭利な刃物で相手方の胸部等の身体の重要部分を突き刺して死に致す犯罪はわが国では各地で多数発生している。そしてそのうち相当多くのものが殺意が認められないとして,殺人ではなく傷害致死とされている。その結果通常あまり重くない懲役刑の言渡を受けているが,イギリスではこの種の行為は謀殺として,終身刑を科される。いずれもイギリスとの差はきわめて大きい。最も大きな相違の生ずるのは警察官に対する殺意の確認されない致死行為である。最近イギリスで発生した事件で,次のような事件がある。ある窃盗犯人が共犯者と盗品を自動車にのせ,これを運転中,取調べをしようとした警察官の言に従わず逃走しようとし,その車体にしがみついた警察官をふり落すため,時速約二四マイルで蛇行運転をして同人を振り落し,通りかかった自動車にひかれて死亡するに致らしめた。犯人は警察官を殺すつもりはなかったと主張したが,第一審の裁判官は,通常人ならばその行為によって重い傷害を生じそうだと考えたに違いない場合は,謀殺の意図があるとされる,と陪審員に説示し,陪審は謀殺を評決し,結局謀殺による刑が確定した。職務執行中の警察官に対する謀殺であるから刑は死刑である。この事件については,これを謀殺と認めることに学者の反対意見もあるくらいで,法律の規定が厳格であるため重きに失する科刑の生ずる一例といえよう。わが国にも最近類似の事件で取締の警察官を自動車からふり落して死に致した事件について,傷害致死として,それほど重くない懲役刑が確定している事例がある。また,類似の事件に殺人罪の成立を認めた事例もあるが比較的軽い刑が科せられている。
 次に西ドイツの科刑とわが国のそれとの間には,個別的に比較してみても,イギリスに対するはどの相違はない。ただ相当大きな相違のあるのは男女関係から生じた殺人である。たとえば,最近の事例として,婚約して情交関係があり妊娠までしている女子との結婚に嫌気がさし,他の女子と結婚したいため,これを殺害した犯人に対し,下劣な動機による謀殺として終身重懲役を科したものがある。正式に結婚している妻があるにもかかわらず,他の女子と結婚したいためにこれを殺害したものについても同様の理由から謀殺とされている。また,恋愛関係があって,自己を信頼しきっている女子を,一時的の激情から突然不意打ち的に絞殺したような場合は,背信的な方法による謀殺とされている。この種の事件は,わが国では通常無斯懲役を科されることはなく,有期懲役としても比較的軽いものが少なくないので,西ドイツの科刑との間に相当大きな相違がある。その他,拳銃や刃物を隠し持っていて,不意打ち的にこれを使用して相手を殺害する事件があれば,背信的な方法による謀殺として終身重懲役を科されるから,わが国における類似の事件に対する科刑と比較して相当大きなへだたりがある。
 以上のとおり,具体的の例によってわが国にあてはめて考えてみると,イギリスについては,前記の警察官に対する事例その他,重きに失すると考えられるものが少なくないが,イギリスでは,前記のとおり,すでにわが国の十分の一程度に生命犯が減少しているので,きわめて厳重な態度をとることができるということができよう。次に西ドイツの事例にも重きに失すると考えられるものが見受けられる。しかしわが国の科刑がすべて妥当であるかの点については,なお十分に検討する必要がある。