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 昭和63年版 犯罪白書 第4編/第4章/第2節/1 

1 窃盗及び詐欺

 まず,多数回受刑者の犯した犯罪のうちで最も特徴的な罪名と言える窃盗及び詐欺を取り上げることとする。
 本刑時において窃盗又は詐欺で入所した者は,多数回受刑者の総数2,159人中の1,580人(窃盗1,289人,詐欺291人)で73.2%であるが,男子では2,118人中1,546人(窃盗1,256人,詐欺290人)で73.0%を占め,女子は41人中34人(窃盗33人,詐欺1人)で82.9%となっている。このように,窃盗又は詐欺を犯す者は,多数回受刑者の中で最も多いが,特に女子においてはその比率が高い。
 前節で述べたとおり,窃盗と詐欺に共通して見られる特徴としては,知能の低い者や単身生活者の比率がいずれも極めて高いこと,大部分の者が家族との関係がなかったり希薄になっていること,無職者が多いことなどを挙げることができる。
 そこで,これらの者が犯す犯罪の態様はどのようなものであり,それは初入刑時からどのように変化しているのであろうか,以下,その犯罪手口,犯行動機,被害金額,刑期,再犯期間等について順次考察する。
(1) 犯罪手口
 初入刑時から本刑時に至るまですべて窃盗の罪で入所した者(822人)及び同じく詐欺の罪で入所した者(70人)について,初入刑時,2入刑時,前刑時,本刑時別に,犯罪手口別の構成比を見たのがIV-49表である。まず,本刑時を見ると,構成比が高いのは,窃盗では,すり(18.1%),空き巣ねらい(16.9%),忍込み(11.8%)などであり,職業的窃盗の典型とされるすりを犯した者の比率が最も高く,また,窃盗の中では悪質な手口と認められる侵入盗(空き巣ねらい,忍込み,事務所荒し及び出店荒し)を犯した者が合計で38.2%にも上ることが注目される。詐欺では,無銭飲食(70.0%),無賃乗車(11.4%)などが多く,これに無銭宿泊(4.3%)を加えたいわゆる無銭詐欺が合計で85.7%と圧倒的多数を占めており,これらは,一般に貧しく頼るべき身寄りもない者等によって犯されることの多い犯罪手口である。

IV-49表 窃盗及び詐欺の多数回受刑者の入所時・犯罪手口別構成比

 次に,初入刑時から本刑時に至るまでの手口の変化を見ると,窃盗では,初入刑時において比率の高い手口は,空き巣ねらい(24.8%),忍込み(18.9%)であるが,これらは入所回数が多くなると多少その比率は減少するものの,本刑時でも空き巣ねらいが16.9%,忍込みが11.8%で,なお比較的高い比率を維持している。初入刑時から入所回数が多くなるにつれて比率が高くなるのは,すり(初入刑時15.O%,本刑時18.1%),事務所荒し(初入刑時5.4%,本刑時8.2%)の職業化しやすい手口のほか,万引き(初入刑時2.8%,本刑時7.8%),車上ねらい(初入刑時1.1%,本刑時8。5%),置き引き(初入刑時3.7%,本刑時7.1%),さい銭盗(初入刑時0.4%,本刑時1.9%)などの比較的単純な手口のものである。このように,窃盗では一方で職業犯化する者が多数いるのに対し,他方では,単純な手口の犯罪を犯す者が増加しており,同じ窃盗を犯す者でも二つの違った方向へ分化していく傾向にあることが認められる。
 詐欺では,初入刑時において比率の高い手口は,無銭飲食(50.0%),寸借詐欺(20.6%),商品詐欺(8.8%)であるが,入所回数が多くなると,商取引や金銭取引に関係する詐欺は極端に少なくなり,本刑時では,比較的単純な手口である無銭飲食(70.0%),無賃乗車(11.4%),無銭宿泊(4.3%)のいわゆる無銭詐欺に集約されていく。
 次に,本刑時窃盗を犯した者(1,289人)及び詐欺を犯した者(291人)の手口と初入刑時,2入刑時,前刑時の手口との一致率を見ると,窃盗で一致率の最も高いのはすりであり,本刑時がすりの者は,初入刑時で45.3%,2入刑時で56.2%,前刑時で79.8%が同様にすりを犯して入所している。また,本刑時が空き巣ねらいの者も,初入刑時で28.9%,2入刑時で33.2%,前刑時で41.8%が空き巣ねらいを犯して入所しており,本刑時が忍込みの者も,初入刑時で32.1%,2入刑時で27.8%,前刑時で38.3%が同じく忍込みを犯して入所している。これらの手口の犯罪を犯す者は,職業犯化し常習者になりやすいものと考えられる。詐欺で手口の一致率が高いのは無銭飲食であり,本刑時が無銭飲食の者は,初入刑時で34.6%,2入刑時で43.2%,前刑時で75.1%が同じく無銭飲食で入所しており,また,本刑時が寸借詐欺の者も,初入刑時で35.3%,2入刑時で38.2%,前刑時で67.6%が同じく寸借詐欺で入所している者である。これらは,犯行の手口として比較的単純なものであるが,やはり累行性の高いものと言える。
 なお,本刑時における共犯者の有無を見ると,共犯者がある者の比率は,全体では,窃盗が6.0%,詐欺が2.7%と比較的低いが,手口別の内訳によると,窃盗では,出店荒し(17.6%),すり(14.0%),店舗荒し(11.0%)において,詐欺では,代金詐欺(14.3%),商品詐欺(11.1%)において比較的高く,これらの手口による犯行は,いずれも職業化した犯罪者によって行われやすいものと言える。
(2) 犯行動機
 次に,初入刑時から本刑時に至るまですべて窃盗の罪で入所した者(822人)及び同じく詐欺の罪で入所した者(70人)について,初入刑時,2入刑時,前刑時,本刑時別に犯行動機の構成比を見たのがIV-50表である。窃盗では「利欲」が初入刑時から本刑時に至るまで最も比率が高いが,入所回数が多くなるとその割合は低くなっており,一方,入所回数が多くなるにつれて,「生活苦」,「酒に酔って」,「刑務所以外行く所がない」の比率は高くなっている。また,詐欺でも,初入刑時は「利欲」が最も高いが,本刑時では「生活苦」が最も高く,「酒に酔って」,「刑務所以外行く所がない」もかなり高い比率を占めるに至り,逆に「利欲」は初入刑時の3分の1強にまで低下している。この犯行動機の変化は,入所回数が多くなるに従って,受刑者の入所前の生活状況が困窮化していくことを示しているものと言えよう。
 なお,本刑時に窃盗を犯した者(1,289人)及び詐欺を犯した者(291人)について,犯行動機を手口別に見ると,「利欲」の比率が高いものは,窃盗では,居空き(66.7%),すり(60.0%),空き巣ねらい(55.9%),忍込み(44.3%)など,詐欺では,商品詐欺(75.0%),取込み詐欺(66.7%)などであり,これらの手口の犯罪を犯す者は,いずれも利益を得るための職業犯的な者が多いことをうかがわせる。これに対して,「生活苦」の比率が高い手口は,窃盗では,さい銭盗(50.0%),車上ねらい(46.6%)など,詐欺では,寸借詐欺(63.0%),無銭飲食(36.9%)などであり,これらは言わば生活困窮者によって犯されやすい手口と言える。また,「刑務所以外行く所がない」の比率が比較的高い手口は,無銭宿泊(15.0%),無賃乗車(14.0%),無銭飲食(11.9%)であり,これらの手口の犯行は,いわゆる刑務所志願者等によって犯されることが比較的多いと言えよう。

IV-50表 窃盗及び詐欺の多数回受刑者の入所時・犯行動機別構成比

(3) 被害金額
 IV-51表は,本刑時窃盗を犯した者(1,289人)及び詐欺を犯した者(291人)について,被害金額を手口別に見たものである。被害金額が1万円以下である者の構成比を見ると,窃盗では31.3%であるのに対して,詐欺では41.9%であり,詐欺には被害金額が少ない犯罪を犯した者が比較的多い。また,被害額が50万円を超える者は,窃盗では10.7%,詐欺では5.4%である。被害金額について手口別に見ると,1万円以下の比較的軽微なものの比率が高いのは,無銭飲食(64.9%),万引き(58.2%),さい銭盗(57.2%),自転車盗(50.0%)などである。一方,被害金額が50万円を超えるような被害の重大な事犯を犯した者の比率が高いのは,自動車盗(38.6%),事務所荒し(21.6%),空き巣ねらい(17.6%),店舗荒し(15.0%),忍込み(14.0%),商品詐欺(50.0%),取込み詐欺(50.0%)などである。

IV‐51表 多数回受刑者の本刑時窃盗並び詐欺の犯罪和・被害金額別構成比

(4) 刑  期
 IV-52表は,初入刑時から本刑時に至るまですべて窃盗の罪で入所した者(822人)及び同じく詐欺の罪で入所した者(70人)について,初入刑時,2入刑時,前刑時,本刑時別に刑期の構成比を見たものである。いずれの罪名においても,当然のことながら,初入刑時から本刑時にかけて刑期は長くなる傾向にあるが,本刑時で見ると,窃盗で最も構成比が高いのは2年を超え3年以下の者の43.6%で,次いで3年を超え5年以下の者が33.1%と比較的長期の刑の者が多いのに対して,詐欺では最も高いのは1年を超え2年以下の者が68.6%で,次いで2年を超え3年以下の者が15.7%であるが,2年以下の短期の刑の者の比率は80.0%を占め圧倒的に多い。なお,窃盗の刑期が長いのは,法定刑が懲役3年以上の常習累犯窃盗が74.5%も含まれているためである。ちなみに,本刑時窃盗を犯した者(1,289人)及び詐欺を犯した者(291人)の刑期について手口別に構成比を見ると,1年以下の比較的短期の刑期の者が占める比率の高いのは,窃盗では自転車盗の9.5%,詐欺では無賃乗車の34.9%,無銭飲食の28.0%,無銭宿泊の20.0%などであり,これらの手口の犯罪には,比較的軽微なものが多いことを示している。逆に,3年を超える長期の刑期の者の占める比率が高いのは,窃盗では,すり(45.5%),空き巣ねらい(43.2%),忍込み(36.2%)などであり,詐欺では,取込み詐欺(50.0%),商品詐欺(25.0%)などで,これらは職業的常習犯であるか又は被害が重大な場合が少なくないためであろう。

IV-52表 窃盗及び詐欺の多数回受刑者の入所時・刑期別構成比

(5) 再犯期間
 IV-53表は,初入刑時から本刑時に至るまですべて窃盗の罪で入所した者(822人)及び同じく詐欺の罪で入所した者(70人)について,初入刑の出所時から2入刑の犯行時までの再犯期間(以下「2入刑までの再犯期間」という。)及び前刑の出所時から本刑の犯行時までの再犯期間(以下「本刑までの再犯期間」という。)について期間別の構成比を見たものである。
 まず,窃盗は,本刑までの再犯期間では,3月未満が40,1%で最も高く,次いで,6月以上1年未満の19.7%,3月以上6月未満の16.4%であり,1年未満で再犯を犯した者の比率が76.2%にも達している。一方,2入刑までの再犯期間では,3月未満が37.2%,3月以上6月未満が18.7%,6月以上1年未満が18.4%であり,これらの者は既に初入刑出所時から短期間に再犯を犯していた者が多いが,前刑出所後に本刑に係る再犯に至る期間が更に短くなっている。

IV-53表 窃盗及び詐欺の多数回受刑者の2入刑時・本刑時の再犯期間別構成比

 次に,詐欺の本刑までの再犯期間では,3月未満が64.3%と半数を超えており,次いで,3月以上6月未満が14.3%,6月以上1年未満が5.7%であり,1年未満で合計84.3%にも上っている。一方,2入刑までの再犯期間では,3月未満は30.0%,3月以上6月未満は21.4%,6月以上1年未満は22.9%であり,これらと比較すると,前刑出所後に短期間で本刑に係る再犯を犯した者の比率が著しく高くなっていることが示されている。
 なお,本刑までの再犯期間が3月未満である者の比率の高い手口を見ると.窃盗では,自転車盗(51.4%),置き引き(46.6%),空き巣ねらい(46.4%)などであり,詐欺では,無賃乗車(69.8%),無銭飲食(66.1%),無銭宿泊(65,0%)などとなっている。
(6) まとめ
 以上のとおり,窃盗又は詐欺の多数回受刑者については, 一般的に知能の低い者が多数を占め,その多くは単身の生活者であり,家庭的に恵まれず,しかも,無職の者が多くて貧しい生活をしており,短期間で同種の犯罪を反復累行する典型的な犯罪常習者であると言えよう。
 その犯罪手口を詳しく見ると,同じ多数回受刑者の窃盗・詐欺の中にも,2種類の大きく異なる性格の犯罪者が存在することが認められる。その一つは,比較的軽微な犯罪を繰り返すところの物質的にも精神的にも窮迫した慣習性犯罪者であり,窃盗では,万引き,置き引き,さい銭盗を犯す者,詐欺では,いわゆる無銭詐欺を犯す者たちである。他の一つは,しばしば被害が重大であったり,手口が巧妙であるなどの職業的犯罪者であり,窃盗中のすりがその典型であり,また,空き巣ねらい,忍込み,事務所荒しなどの侵入盗の中にも職業的犯罪者が少なくないのである。窃盗・詐欺の累犯者について,この2種類の犯罪者がいることは従来から指摘されてはいたが,職業犯的犯罪者は少数であり,大多数は比較的軽微な犯罪を繰り返している者であると言われてきた。ところが,多数回受刑者について見ると,詐欺では,いわゆる無銭飲食等の比較的軽微な犯罪を犯す者が多いものの,窃盗においては,むしろ,すり,空き巣ねらい,事務所荒し,忍込みなどの悪質な手口の職業的犯罪者が過半数を占めているところである。これらの職業的犯罪者は,犯行動機は積極的な「利欲」によるものであり,共犯者のいる者も少なくなく,手慣れた手段を用い,被害も重大であり,また,刑期も長期の者が多いという特徴がある。窃盗・詐欺の累犯者の大部分が素質等に問題が多いことは,実態に合っているが,比較的軽微な犯罪を繰り返す「やっかいな微罪の累犯者」であると考えることは,多数回受刑者についてはその実態に合わないものであって,その中には,困窮からと言うよりも,自ら利得を求めて熟練した手口により被害額も大きい犯罪を犯す者が多数いることに注目すべきである。