前の項目   次の項目        目次   図表目次   年版選択
 昭和63年版 犯罪白書 第4編/第1章 

第4編 犯罪を繰り返す人々(多数回前科者)の実態と対策

第1章 序  説

 累犯者や犯罪常習者は,犯罪を反復して犯す傾向があるため,検挙人員中に占める比率はさほど多くなくても,これらの者の犯す犯罪は,我が国で発生する全犯罪のうちで相当多くの割合を占めているとともに,凶悪で悪質な犯罪をも含むため,犯罪情勢や社会の治安に対して大きな影響を与えている。また,これらの累犯者等は,何回も裁判を受けて処罰され,改善更生のための処遇を受けるなどしているのに,性懲りもなく再三犯罪を犯しているのであって,その改善更生はなかなか困難である。このような観点からすると,累犯者等犯罪を繰り返す人々の実態を十分に把握し,これに応じた有効適切な対策を講じることは,刑事政策における極めて重要な課題の一つである。
 法務総合研究所では,既に昭和53年版犯罪白書(以下「53年版白書」という。)において,累犯の問題を特集として取り上げ,「累犯をめぐる関連分野の実証的研究や種々の累犯対策の試みにもかかわらず,累犯は現在なお刑事司法上の重大かつ困難な課題」であるとの認識に立って,累犯現象について総合的な検討・考察を加えている。53年版白書では,当時の我が国の累犯現象について,刑法犯有罪人員総数中に占める累犯者の比率が減少傾向にあることなど,全体としては好ましい経過をたどっているが,その反面,殺人,放火,強姦等の重大犯罪を繰り返す社会的に危険な犯罪者が毎年一定数存在することや,窃盗,詐欺等を累行し,刑務所への人出所を繰り返す頻回累犯者が相当数いることなどの注目すべき実態を明らかにし,社会,経済の一般的繁栄にもかかわらず,これに背を向け,あるいは,取り残されたまま大小の犯罪を繰り返している一群の人々が存在すると思われるとして,適切な累犯対策を実施し,累犯者の改善更生,社会復帰の強力推進により,累犯から社会を保護する必要性を強調している。
 それから10年を経過したが,その間において,我が国の累犯者や犯罪常習者の状況はどのように変化しているのであろうか。最近10年間における通常第一審裁判所の刑法犯有罪人員を見ると,総数のうち,前科者は約65%を占め,また,刑法上の累は者は約20%に上っており,これらの比率は終始ほとんど変わらずに推移している。また,毎年確定裁判を受けて刑務所に新たに入所してくる受刑者(以下「新受刑者」という。)について見ても,常にその約6割は入所2度以上の者によって占められている。その上,最近においては,累犯者の中でも,更に頻繁に犯罪を繰り返し多数回の前科又は刑務所入所歴をもつに至った者の増加傾向さえ指摘されており,しかも,我が国の高齢化する社会の反映として,犯罪を反復して犯す高齢受刑者のかなりの増加が認められるのである。この現状から判断すると,近年における累犯現象は好転しているとは認められないのであり,累犯者や常習犯罪者の対策は現在もなお重大な問題であると言える。
 このような背景の下に,本白書においては,53年版白書が取り上げた累犯一般の問題を踏まえて,その後の10年間における我が国の累犯現象な全般的に概観した上で,犯罪を繰り返す人々,特に多数回にわたる前科を有する者又は受刑歴を有する者に焦点を当て,その実態を明らかにし,再犯防止の観点から,これらの者に対する処分や処遇上の問題点を探ることとした。特に多数回の前科や受刑歴を有する者に焦点を当てたのは,次のような理由によるものである。まず第一に,このような者は,前述のとおり現実にも増加傾向にある上,再三再四にわたり刑事司法上の処分や処遇を受けながらも社会に復帰できないのであり,言わば犯罪者の中核として犯罪傾向の最も進んだ者であって,刑事政策上からも特別な配慮を要するからである。第二に,法務省において,昭和46年以降実施してきた前科者犯歴の電算機への入力作業が,59年3月末をもって終了したことで,この前科者犯歴(以下「電算化犯歴」という。)の資料を基礎として,多くの前科を有する者のうちでも,これまでほとんど明らかにされていない例えば前科10犯以上の者の実態を分析,検討することも可能となったからである。
 そこで,本白書では,まず,第2章において,最近と10年前の累犯現象の変化等を概観した上,第3章では,懲役,禁錮,罰金,拘留及び科料の前科を多数もつ者に焦点を当て,電算化犯歴の資料の利用により,10回以上の前科を有する者(以下「多数回前科者」という。)の実態と科刑状況を分析する。次に,第4章では,懲役,禁錮の前科を多数もち,行刑施設で受刑した経験のある者に絞って,刑務所の被収容者に関する実態調査により,10度以上の刑務所入所歴を有する者(以下「多数回受刑者」という。)の実態と処遇状況を考察し,最後に,第5章では,同じく,保護観察対象者等に関する実態調査により,6度以上の刑務所入所歴を有する者(以下「多数回受刑歴を有する者」という。)の実態と処遇状況を明らかにするとともに,これらの者に対する適切な対策について考究することとする。
 なお,累犯者とは,狭義では,刑法において規定するように,懲役刑に処せられた者がその執行を終わり又は執行の免除があった日から5年以内に更に罪を犯し,有期懲役に処すべき場合に該当する者を言うが,広義では,刑に処せられたのに再び犯罪を繰り返して犯した者の意味で使用されることが少なくない。また,犯罪常習者とは,一定種類の犯罪を反復累行する者,すなわち常習性を有する者のことを言う。本白書では,広義の累犯者又は犯罪常習者について考察するが,前述のとおり,多数回前科者又は多数回受刑者等とは,多数回にわたる前科(10回以上)又は刑務所入所歴(6度以上若しくは10度以上)を有する者のことであるから,広義の累犯者又は犯罪常習者のうちでも,特に犯罪歴,処分歴の多い者であると言うことができる。