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 昭和62年版 犯罪白書 第4編/第3章/第1節/1 

1 被害経験の有無,届出率及び届けなかった理由

 「総理府世論調査」においては,被害経験の有無,届出率及び届けなかった理由について,「あなたやあなたのご家族が最近1年間に次のような財産又は暴力の被害を受けたことがありますか。」(重複回答)との質問を行い,受けたことがある者に対しては,さらに,「そのうち,警察に話さなかったものはどれですか。」(重複回答)と質問して,(ア)「部品を含め自動車,パイク,を盗まれたことがある」,(イ)「自動車,バイクをこわされたことがある」,(ウ)「部品を含め自転車を盗まれたことがある」,(ニ)「自転車をこわされたことがある」,(オ)「お金やものを盗まれたことがある」,(カ)「門や窓ガラスなどをこわされたことがある」,(キ)「脅されて金品を取られたことがある」,(ロ)「だまされて金品を取られたことがある」,(ケ)「殴る,蹴るなどの乱暴をされたことがある」との選択肢の下に回答を求め,また,被害を警察に話さなかった者に対しては,「被害を警察に話さなかったのはどのような理由からですか。」(重複回答)との質問を行い,(ア)「被害が小さかった」,(イ)「面倒だった,」(ホ)「考えつかなかった」,(エ)「被害が回復した・元にもどった(弁償を除く)」,(オ)「相手が謝り,弁償した」,(カ)「相手を傷つけたくなかった」,(キ)「相手の仕返しが怖かった」,(ク)「相手が友人,知人だった」,(ケ)「自分(家族)の恥になる」,(コ)「自分にも落ち度があった」,(サ)「届けても元にもどらない」,(シ)「警察は嫌いだ」との選択肢の下に回答を求めている。また,法務総合研究所では,これと同じ質問と回答選択肢をもって「受刑者調査」及び「受刑者の家族調査」を行っているが,「受刑者調査」では,警察に話さなかった理由の選択肢の中に,特に,「警察とかかわりたくない理由があった」との項目を追加して調査を実施している。
 まず,これらの調査結果から,質問に係るような種類の犯罪の被害を受けたことがある者とない者について見ると,一般国民にあっては,「総理府世論調査」において有効回答をした2,392人のうち1,841人(77.0%)が被害を「受けたことはない」と回答し,受刑者にあっては,同じく2,648人のうち2,104人(79.5%)が,受刑者の家族にあっては,同じく727人のうち629人(86.5%)がそれぞれ被害を受けたことはないと回答しているので,質問に係るような種類の犯罪により被害を受けたことのある者の実数は,一般国民にあっては551人(23.0%),受刑者にあっては554人(20.5%),受刑者の家族にあっては98人(13.5%)となり,これらの犯罪により被害を受けた経験を有する者の割合は,一般国民が最も高率という結果となっているが,その一方において,これらの調査では,被害を受けたことがある者に対しては被害の種類別に被害経験の有無を質問し,1人で被害の種類を異にする複数の被害を受けている場合は重複回答を求めているので,被害の種類を異にする複数の被害を受けた者を重複計上した上で,有効回答者数に対する被害経験者の延べ人員の比率を見ると,一般国民27.9%,受刑者40.6%,受刑者の家族19.5%と,受刑者が最も高率となっている。このことは,受刑者にあっては,一般国民と比較して,被害の種類を異にする複数の被害を受けている者が多いことを示すものと言えよう。
 ところで,上記のような重複回答を基として,それぞれの被害の種類別に有効回答者数に対する当該被害を受けた者の比率(以下「被害率」という。)及び被害を受けた者のうち当該被害を警察に届けた者の比率(以下「届出率」という。)を百分比で見たのが,IV-25表である。これによれば,一般国民では,部品をも含めて自動車,バイク又は自転車等の乗り物について盗難又は損壊の被害を受けた者が圧倒的に多く,質問に係る被害を受けた者全員(延べ人員)の79.6%を占めているのに対して,受刑者及び受刑者の家族では,同種の被害を受けた者はそれぞれ43.1%,31.0%にとどまっている。他方,乗り物関連以外の被害について見ると,「お金やものを盗まれた」の被害率は,一般国民の3.6%に対して受刑者は6.7%,受刑者の家族では2.9%,「だまされて金品を取られた」の被害率は,一般国民の0.4%に対して,受刑者は6.0%,受刑者の家族では2.8%,「殴る,蹴るなどの乱暴をされた」の被害率は,一般国民の0.2%に対して受刑者は5.1%,受刑者の家族では2.8%,「脅されて金品を取られた」の被害率は,一般国民の0.1%に対して,受刑者は2.7%,受刑者の家族では1.5%となっている。なお,「総理府世論調査」により,国民のどのような層が被害を受けることが多いかを見ると,作表してはいないが,何らかの被害を受けたことがある者は,年齢層別では,40歳代が最も多く (32.8%),60歳以上は少ない(11.3%)こと,居住地域別では,11大市に多く (27.9%),特に,東京都では被害を受けたことがある者の比率が町村と比べて約2.5倍となっていること,職業別では,商工業,事務職,学生などに多く,農林漁業従事者に少ないことなどを指摘することができる。

IV-25表 被害の種類別に見た被害率及び届出率

 次に,被害の届出率を見ると,質問に係る事犯の内容が比較的軽微であったこともあってか,全般的に,被害を警察に届けない者が半数を超えている。その中にあって,一般国民は,被害を受けた者の46.3%(被害の種類別届出率の加重平均)がその旨を警察に届けているのに対し,受刑者の家族では33.8%,受刑者では31.5%しか届けていないことが注目される。なお,一般国民の場合,届出率が高い被害は,殴る,蹴るなどの乱暴をされた被害,部品を含め自動車,バイクを盗まれた被害及びお金やものを盗まれた被害であり,それぞれ75.0%,59.4%,54.1%となっているのに対し,届出率の低いものは,自転車をこわされた被害,門や窓ガラスなどをこわされた被害で,それぞれ21.8%,31.8%となっている。他方,被害を受けながら警察に届けなかった者についてその理由を見たのがIV-26表であり,これによると,受刑者及び受刑者の家族では,上記のとおり,届出率が一般国民に比べて低いばかりか,無届け理由も一般国民が挙げている理由とはかなり異なっている。すなわち,一般国民では,「被害が小さかった」ことを挙げている者が54.5%で最も多く(自動車又は自転車をこわされた者,門や窓ガラスなどをこわされた者が多い。),次いで,「面倒だった」が25.1%,「届けても元にもどらない」が24.1%,「自分にも落ち度があった」が14.4%の順となっており,「警察は嫌いだ」と警察に対する拒否反応を示した者はわずか1.6%(5人)にすぎず,「相手の仕返しが怖かった」と回答した者は皆無であったのに対し,受刑者及び受刑者の家族では,「被害が小さかった」ことを挙げている者がそれぞれ33.0%及び31.3%,「届けても元にもどらない」が36.9%及び28.1%といずれも高い比率を示してはいるものの,「相手が友人,知人だった」が20.9%及び14.1%,「警察は嫌いだ」が16.0%及び6.3%,「相手の仕返しが怖かった」が10.2%及び10.9%となっている,ほか,受刑者では,「警察とかかわりたくない理由があった」を挙げる者が13.3%存在し,加害者との関係や警察に対する拒否反応に関連する回答の選択肢を選んだ者の比率も相当に高くなっている。

IV-26表 被害を警察に届けなかった理由(被害を警察に話さなかったのは,どのような理由からですか。)

 以上の結果によれば,我が国の国民の4人ないし5人に1人は,過去1年間に,本人又は家族が何らかの犯罪被害を受けており,これらの被害は,その半数以上が警察に届けられていないということになるから,これらの調査に際しての質問に引用されたような種類の犯罪に限って言えば,一応は,各種統計に示されている発生件数にはかなりの暗数が含まれていると言い得よう。しかしながら,これらの犯罪に係る被害の内容は,その8割近くが部品を含む自動車,バイク又は自転車の盗難又は損壊のような比較的軽微なものであることを指摘することができ,また,被害者が警察に届けなかった理由の多くは,「被害が小さかった」(一般国民54.5%,受刑者33.0%,受刑者の家族31.3%)ことによるものであることにかんがみれば,国民は犯罪によって被害を受けた場合,当該被害内容に照らし,警察に届け出るかどうかについて極めて現実的な判断をしているが,それは国の治安に影響を及ぼすようなものではないと考えてよいであろう。