前の項目   次の項目        目次   図表目次   年版選択
 昭和54年版 犯罪白書 第4編/第3章/第2節 

第2節 精神障害犯罪者の累犯の実態と問題点

 最近5年間に精神障害のため不起訴,無罪又は刑の減軽を受けた者で法務省刑事局へ報告のあった者は,合計2,754人であるが,そのうち1,220人(44.3%)は再犯者である。この1,220人について,本件罪名と直近の前科・前歴罪名との関係を見たのがIV-30表である。このうち,表に掲げた罪名に関して,本件と直近の前科・前歴とが同一の罪名の者は,285人(23.4%)である。罪名別では,窃盗,詐欺,傷害・暴行の順で同一の罪名の者の割合(合致率)が高く,窃盗の場合は合致率が61.8%である。また,強盗,放火,殺人などの危険な犯罪を繰り返した者もかなり見られる。
 法務総合研究所では,昭和53年版犯罪白書で発表した精神障害者の再犯の実態について,本年も引き続き追跡調査を実施した。調査の対象者は,昨年と同様,精神診断室を有する全国の9地方検察庁及びその対応裁判所等で48年中に精神診断,精神鑑定を行った者のうち,精神障害又はその疑いがあると診断された者で,その後,54年2月末日までの間に,警察庁の指紋原票によって追跡調査が可能であった568人(男532人,女36人)である(53年の調査では,調査対象者総数は562人であったが,今回の調査では,前年の追跡調査で不明であった者が新たに6人発見できたため,今回はこれをも調査対象に加えた。)。
 IV-31表は,精神診断別に再犯状況(この節において「再犯」とは,昭和48年当時の検察官の処分又は裁判言渡しのあった日から54年2月末日までの追跡調査で判明した逮捕歴をいう。したがって,追跡期間は,5年ないし6年である。)を見たものである。再犯者は,調査対象者568人中291人(51.2%)であり,前回調査時より2.8%高くなっている。精神診断別の再犯率では,薬物中毒が68.6%で最も高率であるが,アルコール中毒・異常酩酊(67.2%),精神薄弱(63.3%)及び精神病質(52.9%)もかなり高い。また,精神診断別に再犯回数を見ると,再犯回数5回以上の者の比率が高いのは,精神病質(17.6%),アルコール中毒・異常酩酊(13.0%),精神障害の疑い(11.8%),精神薄弱(10.1%)の順となっており,これに比べて,てんかん・脳器質障害,そううつ病,精神分裂病の場合は低い。

IV-30表 精神障害者の本件罪名と直近の前科・前歴罪名との関係(昭和49年〜53年の累計)

IV-31表 犯罪を犯した精神障害者の精神診断別再犯回数

IV-32表 犯罪を犯した精神障害者の精神診断別犯罪方向

 次に,追跡調査期間中に再犯のあった291人について,昭和48年調査当時の犯罪と,その後の追跡調査中の犯罪との関係(犯罪方向)を精神診断別に見たのが,IV-32表である。単一・同種型(同一罪名又は同種の犯罪,例えば,窃盗又は財産犯のみを繰り返す型)が35.4%,異種型(例えば,財産犯と粗暴犯のように2種の犯罪を繰り返す型)が45.7%,多種型(例えば,財産犯と粗暴犯と性犯罪のように3種以上の犯罪を繰り返す型)が18.9%であり,犯罪性のある精神障害者は異種方向の犯罪をする傾向がうかがえる。次に,精神診断別に犯罪方向の特色を見ると,精神分裂病と精神病質には,単一・同種型と異種型の再犯をする者が多く含まれており,てんかん・脳器質障害,アルコール中毒・異常酩酊及び薬物中毒は,異種型の再犯者が多いが,精神薄弱では,単一・同種型の再犯をする者が多く,その中でも特に財産犯の再犯が多い。

IV-33表 措置入院の該当・非該当別再犯回数

 IV-33表は,措置状況不明の15人を除いた553人の者について,措置入院の該当・非該当別に再犯状況を見たものである。犯罪を犯した精神障害者の中で,鑑定の結果,措置入院該当と措置入院非該当(要治療)とされた者の再犯率は,それぞれ34.7%及び43.9%であるのに対して,措置入院非該当(治療不要)とされ,又は精神衛生法に基づく通報もされなかった者の場合の再犯率が,それぞれ68.1%及び60.2%であって,治療が必要と認定された者の再犯率に比べて,はるかに高率であり,それとともに,再犯回数が多い者の比率が高いことも無視できない。
 IV-34表は,精神障害のある再犯者について昭和48年時の精神診断と措置状況を見たものである。注目すべき点は,再犯をした精神薄弱者49人中の46人(93.9%)が措置入院非該当者(治療不要)と非通報者であり,同様に,精神病質者の再犯者18人中の16人(88.9%),てんかん・脳器質障害の再犯者31人中の27人(87.1%),アルコール中毒・異常酩酊の再犯者86人中の63人(73.3%)が,いずれも治療不要者及び非通報者である。
 次に問題点を見ることとする。

IV-34表 精神障害のある再犯者の精神診断別措置前歴

 まず,精神分裂病について見てみよう。前述のように,IV-26表によると,昭和53年に検察・裁判の段階で心神喪失又は心神粍弱とされた被疑者・被告人599人のうち,精神診断別で見ると,精神分裂病が308人(51.4%)と過半数を占めており,このうち104人が殺人,49人が放火という重大犯罪を犯している。また,精神診断別の再犯状況の追跡調査によると,IV-31表のとおり,精神分裂病の場合の再犯率は33.3%で,薬物中毒(68.6%),アルコール中毒・異常酩酊(67.2%),精神薄弱(63.3%),精神病質(52.9%)の場合より低いが,実数では,再犯人員291人のうち53人(18.2%)を占めている。ところが,精神障害のある再犯者(措置状況不明者を除く。)の精神診断別措置前歴を見ると,IV-34表のとおり,48年の精神診断時から54年2月の調査時までに再犯をした精神分裂病者51人のうち,精神診断時に措置入院該当とされたのは24人(47.1%)にすぎず,措置入院非該当(治療不要)及び非通報の者が合わせて計11人(21.6%)もいた。措置入院非該当(要治療)と診断された16人(31.4%)も実際に治療を受けたかは不明である。
 精神分裂病者は,刑事責任能力を否定されるのが通常である(ただ,病状によって,限定責任能力の認められる場合がある。)から,保安処分制度のない我が国では,精神分裂病の犯罪者に対しては,通常の場合,刑事司法によって措置することができず,厚生行政の一環としての精神衛生法による措置入院によって措置するほかはない。しかし,精神分裂病者に対する措置入院の措置状況は,社会防衛の見地から見れば,前記のとおり必ずしも万全とはいえないように思われる。
 次に,精神薄弱及び精神病質について見てみよう。精神薄弱者及び精神病質者は,精神衛生法上,共に精神障害者とされているが,通常,刑法上の責任無能力者とされることはない。しかし,両者は,知能又は人格の平均からの偏りを持つ者として,犯罪を犯す傾向が強いと言われている。前記のように,昭和49年に出所したM級受刑者の53年末までの間の収容分類級別再入率(IV-29表参照)では,Mx級(精神薄弱)が61.2%,My級(精神病質)が46.0%で,M級以外のその他の42.2%に比べて再入率が高く,また,前記IV-31表のとおり,48年調査時の精神薄弱者の54年2月までの再犯率は63.3%,精神病質者の場合は52.9%で,いずれも相当高率である。また,前記IV-34表のとおり,再犯をした精神薄弱者の93.9%が措置入院非該当(治療不要)又は非通報とされていた者であり,再犯をした精神病質者では,同様の比率が88.9%である。以上のように,入院治療の対象とはなりにくい精神薄弱者と精神病質者が,適切な保護を受けられないまま放置されて再犯に至るケースも多いように見受けられる。
 犯罪性のあるこれらの精神障害者に対する適切な措置の必要なことが特に痛感されるのであるが,前記の措置入院の制度は,もともと本人の治療面に主眼をおいた行政処分であって,犯罪性の強い危険な精神障害者に対する措置としては十分なものではない。もとより,精神障害者のすべてが危険であるとは言えないが,前記の諸資料によっても明らかなように,危険な者が存在することは否定できない。精神分裂病者や知能・人格の偏りを持つ者等の危険な犯罪傾向に対処して社会の安全を確保するためには,保安処分等の別途の制度が考えられなければならないであろう。
 西欧諸国では,精神障害者に対する保安処分を法律によって定めている例が多い。特に1965年のスウェーデン刑法典は,刑罰と保安処分を包括する概念として制裁(Pafoljd)という用語を刑法典に導入し,精神病者だけではなく,精神病質者,精神薄弱者の犯罪者に対しても,裁判所が制裁として,精神病院その他の治療施設への収容を命じ得ることを定めており,特異な発想による制度として参考とされよう。