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 昭和52年版 犯罪白書 第1編/第2章/第1節/2 

2 最近の事犯の特徴

 昭和51年において,いわゆるロッキード事件をはじめ,地方公共団体の首長や職員による大規模な収賄事犯が続発し,最近におけるこの種事犯の悪質化・一般化の傾向が懸念されたので,法務総合研究所では,この種事犯の実態と動向を探るため調査を行った。この調査は,公務員による収賄事犯(みなす公務員を含み,刑法犯に限る。)で,51年中に全国の地方検察庁の本庁・支部において起訴又は起訴猶予処分に付された合計309人を対象としたものである。以下,この調査結果の要点を述べる。
(1) 公務員の種類別分析
ア 収賄者の特徴
 調査対象を公選公務員,国家公務員,地方公務員及びみなす公務員に区分して,それぞれの特徴を見ることとする。なお,ここでいう「公選公務員」とは,その所属が国であると地方公共団体であるとを問わず,公職選挙法によって選出されたすべての公務員を指す。
 まず,公務員の種類別の構成比を見ると,公選公務員が25.2%,国家公務員が10.0%,地方公務員が56.0%,みなす公務員が8.7%となっている。公選公務員の大部分は地方公共団体の長,議員又は委員であり,これらの特別職を地方公務員に含めて地方公務員の全体に占める割合を見ると,80.3%となっている。そこで,公選公務員及び地方公務員について,その公務の種類別の構成比を見ると,I-53表のとおりである。公選公務員では,そのうち,町村議会議員が53.8%で最も多く,町村長が19.2%,農業委員が16.7%となっており,この三者で89.7%を占めている。地方公務員では,土木・建築が50.9%で最も多いが,これに次いで環境・衛生が13.9%とかなりの比率を占めているのは,公害防止あるいは生活環境整備などの新しい行政分野における現代型汚職の一形態として注目される。

I-53表 公務員の種類別・収賄事犯の状況

I-54表 公務員の種類別・収賄者の属性

 I-54表は,公務員の種類別に,収賄者について幾つかの特徴を見たものである。
 年齢構成を見ると,全体の74.4%までが40歳代以上で占められているが,公選公務員では50歳代が最も多く,その他の公務員では40歳代が最も多い。
 資産状態を見ると,1,000万円未満のものが全体(ただし,資産状態の判明しないもの50人を除く。)の48.6%を占めているが,公務員の種類別に見ると,国家公務員以外は,いずれもかなり資産のある者の割合が大きく,国家公務員の場合には,300万円未満のものが45.0%を占めている。公務従事期間については,公選及びみなす公務員では3年ないし5年未満と短いものが比較的多いが,国家・地方公務員では10年以上20年未満・20年以上30年未満のものが大部分を占めている。勤務先の組織は,全体としては,本庁と地方支分部局等にほぼ二分されるが,国家公務員では100%,みなす公務員では63.0%が地方支分部局等であるのに対し,地方公務員では本庁関係が65.3%を占め,対照的である。公務員の所属する地方公共団体の種類を,公選公務員を含む全体について見ると,町村に所属するものが40.2%で最も多く,なかでも,公選公務員の80.8%が町村に所属するものであることから,公選公務員の事犯については,町村に問題があると言える。地方公務員に限って見ると,その74.0%までが人口5万人以上の市及び都道府県におけるもので,町村におけるものは22.0%にとどまっている。
イ 事犯の特徴
 I-55表は,公務員の種類別に事犯の態様を見たものである。
 まず,事犯に関連する職務行為の内容について見ると,全体としては,審査・検査・監査等の職務行為と土木・建築工事の施行(指名業者の選定等)に関するものが多い。公務員の種類別に見ると,公選公務員では,議長・副議長又は副知事・助役・各種委員の選任に関するものが44.9%を占めていることから,地方公共団体の議会及び執行機関の役職の獲得をめぐって事犯が多発していることが明らかである。なお,この種事犯の大部分は町村に関するものである。その他の公務員では,いずれも,審査・検査・監査等の職務行為に関するものが最も多く,そのほか,地方公務員の場合には,土木・建築工事の施行に関するものも大きな割合を占めている。次に,事犯の規模を知るため,賄賂の価額を見てみると,全体では,5万円未満が23.9%,5万円以上10万円未満が15.2%であり,10万円以上50万円未満が33.3%で最も多く,50万円以上100万円未満が10.0%となっており,100万円以上の大規模な事犯も17.2%を占めている。国家公務員では,5万円未満の少額の事犯が41.9%であるのに,公選及びみなす公務員では,その他の公務員に比べて100万円以上の高額の事犯が多い。次に,贈賄者が多数である場合の収賄事犯は,ある程度犯情の悪質性をうかがわせるものであるが,全体では,贈賄者1人のものが約6割を占めており,贈賄者が5人以上のものは,国家公務員とみなす公務員に比較的多い。

I-55表 公務員の種類別・収賄事犯の態様

 I-56表は,公務員の種類別に事犯の態様等を更に細かく見たものである。なお,この分析においては,1人の調査対象者が数個の収賄事件を犯している場合は,最も犯情の重い主要事件のみを取り上げ検討した。
 まず,収賄の共犯者の有無について見ると,共犯者のない場合が大部分で,共犯者のある場合は,全体で23.3%,地方公務員で27.7%となっている。
 次に,賄賂要求行為のあるものは,全体では25.6%を占めるが,公務員の種類別では,みなす公務員と地方公務員の場合にその比率が高い。賄賂の種類については,現金(有価証券を含む。)を収受しているものが全体の69.3%を占め,すべての公務員を通じても最も高率であるが,特に,公選公務員でその傾向が強い。国家公務員では,現金,物品,酒食の供応接待など各種にわたる傾向がある。賄賂金員(有価証券を含む。)の使途を見ると,全体では,遊興飲食費が51.9%を占めて最も多く,特殊な事例と考えられる政治活動の資金を除外して見ると,家族の生活費の比率が最も少ない。このことは,戦後の社会的混乱と公務員の低い給与水準や物資の欠乏等による生活苦を背景としてこの種事犯が多発した昭和20年代後半とは,その発生の背景を異にし,むしろ,公務員の職場倫理あるいは規範意識の低さに由来する面が大きいことを示すものであろう。収賄者と贈賄者の関係について見ると,全体では,直接の面識がなかった場合の比率は少なく,職務上の関係を通じて面識を持つに至ったものが大部分を占めている。

I-56表 公務員の種類別・収賄事犯の態様

(2) 職務上の地位別分析
 非公選の公務員を管理職と非管理職に区分して事犯の態様等を見ることとする。
 前出のI-54表によると,全体では,非管理職が30.7%,管理職が69.3%である。管理職の中では,部長以上が11.3%,部長以上を除く課長以上が23.8%であるが,課長以上を除く係長以上が34.2%を占め,この階層の占める比率が非管理職を含めた全体の中で最も高い。なお,地方公務員では,その他の公務員に比べて部長以上を含む課長以上の管理職の占める割合が大きい。管理職では,非管理職に比べて許認可,行政指導,物品資材の購入等に関する事犯が多く,非管理職では,審査・検査・監査等に関するものが多くなっており,職務権限の内容上の差異がそのまま現れている。賄賂の価額は,非管理職から上級の管理職になるに従って高額となる。事件当時の官職に就任してから事件発生までの期間は,各官職における配置換のひん度にもよるが,非管理職では管理職に比べて比較的長く,現職就任後3年以上経過したものの割合が多くなっている。また,勤務先の組織を見ると,管理職では本庁での事犯が多く,逆に非管理職では本庁以外の部署におけるものが多い。そのほか,管理職では,非管理職に比べて,賄賂要求行為のあるものの割合が多く,また,贈賄者との職務上の関係が深いことなどが指摘される。
(3) 贈賄者の特徴等
 調査対象事犯を,贈賄の主な目的に従って区分すると,自己の所属する企業等の組織体の利益を図る目的のもの(以下「組織的事犯」という。)が62.5%,個人の私的な利益を図る目的のもの(以下「個人的事犯」という。)が37.5%となっている。更に,組織的事犯について,贈賄者の所属する組織体の規模別構成比を見ると,従業員1,000人以上又は資本金10億円以上の組織体が9.8%,従業員30人以上1,000人未満又は資本金500万円以上10億円未満の組織体が24.9%,従業員30人未満又は資本金500万円未満の組織体が52.8%,その他が12.5%となっており,組織体の規模が小さくなるに従って比率が増大している。
 次に,事犯に関係した贈賄者の業務又は職種を見ると,全体では,建設業が43.2%で最も多く,公務が11.0%,不動産業が8.6%,運輸業が5.8%,電気・ガス・水道業が5.5%,医療・保健関係,卸売業・小売業が各4.8%などとなっている。
 そこで,組織的事犯を個人的事犯に対比してその特徴を見ると,組織的事犯では,まず,その贈賄者の約6割は建設業者で占められており,土木・建築工事の施行をめぐる事犯が多い。また,賄賂の価額が比較的高く,贈賄者の数も多く,収賄者側から賄賂要求行為のあったものや収賄の共犯を伴うものが多いことなどが指摘される。
(4) 捜査・処理等
 調査対象について捜査の端緒別に見ると,I-7図のとおりである。風評等を端緒とするものが44.7%で最も多く,以下,贈賄者の他事件捜査,投書・密告等の順となっている。
 事件の処理区分を見ると,全体では,起訴が62.8%,起訴猶予が37.2%となっているが,公務員の種類別に起訴率(起訴及び起訴猶予人員中の起訴人員の比率)を見ると,公選公務員が62.8%,国家公務員が32.3%,地方公務員が65.3%,みなす公務員が81.5%となっている。国家公務員のそれが低いのは,職務上の地位が下位で,賄賂の内容を見ても酒食の供応接待が割合多く,また,賄賂額も少ないなど,犯情の軽い事犯が多かったことによるものと考えられる。
 次に,非公選の公務員に対する行政処分(ただし,事件処理時を基準とする。)を見ると,懲戒免職が29.1%,その他の懲戒処分が16.5%,論旨退職が10.7%,起訴休職が23.8%,なしが17.0%,不明が2.9%となっている。

I-7図 公務員による収賄事犯の捜査の端緒

(5) その他
 調査対象を,特定の公務所(職場)単位で見ていくと,同一の公務所内で,非管理職のほかに上司の管理職が同時に検挙されている事例や,所属部局は異なっても同一の公務所内で数人が同時に又は前後して検挙されている事例が全体の約6割にも上っている。中には,同一の公務所で10人を超える多数の者が同種事犯で検挙された事例も見られる。このことは,一面,贈賄側から積極的・計画的な贈賄攻勢がなされたことをうかがわせるが,同時に,この種事犯の発生が,単に収賄を犯した特定の公務員だけでなく,職場環境全体にそれを誘発する風潮があることを示すとともに,事犯のまん延と暗数の存在をも懸念させる。
 最近におけるこの種事犯の特徴を要約すると,[1]賄賂額の多額化,賄賂要求事犯の多発,大企業による組織的事犯に見られるように,事犯が一般に悪質化・大規模化していること,[2]同一公務所内での同種事犯の多発傾向から,事犯の一般化が懸念されること,[3]依然として官公庁の土木・建築工事施行をめぐる事犯が多数を占めるものの,日照権,下水道,し尿・ごみ処理等の生活環境整備をめぐる新型汚職も発生するなど,事犯の形態に若干の変容が見られること,[4]公務員の規範意識の低下に基因する遊興指向型の事犯が大部分を占めていること,[5]地方公務員に事犯の多発傾向が認められ,しかも,幹部職員による汚職など悪質なものが目立つこと,[6]町村議会議員を中心とする公選公務員の議会及び執行機関の役職選任をめぐる事犯が多発していることなどが挙げられる。