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 昭和46年版 犯罪白書 第一編/第二章/六 

六 選挙犯罪

 選挙犯罪とは,公の選挙に関して行なわれる犯罪で,これに対する罰則は,主として公職選挙法に規定されている。この法律は,衆議院議員,参議院議員ならびに地方公共団体の議員および長の選挙に適用されるが,このほかに,他の法律でこれを準用するものがある。
 ところで,昭和四六年四月の統一地方選挙までの間に,全国的規模をもって施行された選挙のうち,選挙の種類ごとに,それぞれ最近の二つをあげると,
[1] 昭和四〇年七月の参議院議員通常選挙
[2] 昭和四二年一月の衆議院議員総選挙
[3] 同年四月の統一地方選挙
[4] 昭和四三年七月の参議院議員通常選挙
[5] 昭和四四年一二月の衆議院議員総選挙
[6] 昭和四六年四月の統一地方選挙
となり,最近における選挙犯罪の大部分は,右に掲げた六つの選挙に関して行なわれたものである。
 そこで,これらの選挙に際し,全国の検察庁が受理した選挙犯罪の人員(新規受理のほか,移送および再起によるものを含む。)と違反罪種別の内訳をみたのが,I-57表である。これによると,受理人員は,衆議院議員総選挙については,昭和四二年の分が約二万八千人,昭和四四年の分が約二万五千人,参議院議員通常選挙については,昭和四〇年の分が約二万三千人,昭和四三年の分が約一万六千人,統一地方選挙については,昭和四二年の分が約五万九千人,昭和四六年の分が昭和四六年五月三一日現在で約四万人となっている。また,これらの受理人員の罪種別内訳をみると,衆議院議員総選挙および統一地方選挙においては,買収(饗応,利害誘導,言論買収,その他の買収を含む。)が圧倒的多数の八〇%以上を占めているが,文書違反(新聞紙・雑誌の頒布・掲示違反を含む。)がきわめて少数の約二%ないし五%にとどまっているのに対し,参議院議員通常選挙においては,買収の占める割合が約四五%ないし六五%と前二者に比較して少なくなっているものの,文書違反の占める割合がこれとは逆に約一八%ないし二五%と大きくなっている。なお,昭和四六年四月施行の統一地方選挙に際して受理された選挙違反の態様は,I-58表に示すとおりで,買収が圧倒的に多く,総数の九一・二%を占め,次いで,戸別訪問の三・八%,文書違反の二・〇%となっている。

I-57表 選挙違反の検察庁受理人員と比率(昭和40,42〜44,46年)

I-58表 昭和46年4月施行の統一地方選挙に際して受理された選挙違反の内訳(昭和46年5月31日現在)

 次に,これらの選挙違反の検察庁における処理状況についてであるが,昭和四四年一二月以前の各選挙については,従来の白書において,すでに明らかにしているところである。そこで,この白書においては,昭和四六年四月の統一地方選挙についてのみ述べることとする。右の選挙に際し受理された選挙犯罪の態様別処理人員は,I-59表のとおりであり,これによると,処理総数一六,〇六〇人のうち,起訴された者は,八,八一九人(総数の五四・九%),不起訴処分に付された者は七,二四一人となっている。起訴された者のうち,最も多いのは,買収の八,二八五人(起訴総数の九三・九%)で,戸別訪問の二五〇人,文書違反の八五人がこれに次いでいる。

I-59表 昭和46年4月施行の統一地方選挙の際の選挙違反の態様別処理人員(昭和46年5月31日現在)

 ちなみに,昭和四六年五月三一日現在における昭和四六年四月施行の統一地方選挙(以下,今回選挙という。)の際の選挙違反の右受処理状況を,昭和四二年四月施行の統一地方選挙(以下,前回選挙という。)後右とほぼ同期における選挙違反受処理状況と比較してみると,受理人員において今回選挙のほうが,前回選挙より二,三二七人減少した三九,九四一人で,その大半を占める買収事犯にあっても,今回選挙のほうが前回選挙より一,一九四人減の三六,四四三人となっている。これに対し,起訴人員にあっては,合計において,今回選挙のほうが前回選挙より一,五七〇人増の八,八一九人となっているのみならず,買収事犯にあっても,前回選挙より一,五七二人増の六,七一三人となっている。
 次に,選挙犯罪の裁判結果であるが,右に述べた各種選挙別にその裁判結果を知ることのできる資料がないので,最高裁判所の統計により,昭和四〇年から四四年までの五年間における選挙犯罪の第一審有罪人員をみると,I-60表のとおりである。これによると,第一審有罪人員のうち,懲役または禁錮に処せられた者は約一〇ないし二三%であるが,その九七%以上に執行猶予が付されているので,選挙犯罪によって,有罪の裁判を受けた者のうち,実際に自由刑の執行を受けることとなる者は,昭和四四年に例をとれば,約一七〇人に一人の割合にすぎないこととなる。

I-60表 選挙犯罪の第一審有罪人員(昭和40〜44年)

 ところで,一部の軽微な選挙犯罪を除き,選挙犯罪で罰金以上の刑に処せられた者に対しては,原則として,公民権停止すなわち選挙権と被選挙権とを一定期間停止すべきこととされているが,裁判所は,情状により,刑の言渡しに際し,公民権の停止の規定を適用せず(ただし,買収,利害誘導,新聞紙・雑誌の不法利用罪を犯した者および選挙犯罪を犯し禁錮以上の刑に処せられた者を除く。),または,その期間を短縮する旨の宣告ができることになっている。I-61表は,昭和四一年以降四四年までの,第一審における公民権の不停止,停止期間短縮の規定の運用状況をみたものである。これによると,通常事件,略式事件とも,公民権の不停止は約一割以内にとどまっているが,停止期間の短縮は,通常事件の約三割ないし六割,略式事件では,約七割ないし八割に及んでいる。

I-61表 第一審における公民権不停止,同停止期間短縮制度の運用状況(昭和41〜44年)

 迅速な裁判が要請されるのは,選挙犯罪の審理に限られることではないが,選挙犯罪のなかでも,当選人にかかる選挙犯罪に関する刑事事件の審理については,公職選挙法において,判決は,事件を受理した日から百日以内にこれをするように努めなければならないと規定されているところである。ところで,通常第一審における選挙違反事件のうち,いわゆる百日裁判事件にかかる事件の審理状況を,最高裁判所の資料によってみると,昭和四四年中に既済となった二六人のなかで,三〇〇日をこえるものが全体の六一・六%(昭和四三年は四二・二%,以下同じ。)を占め,一〇〇日以内に既済となったものは全体の七・七%(一九・三%)にすぎず,平均審理日数は三九三・八日(二九九・八日)となっている。次にI-62表は,昭和四〇年から四四年までの五年間の,通常第一審事件の審理期間をみたものであるが,全事件の平均審理期間が五・〇月であるのに対し,公職選挙法違反事件は,その約三倍にあたる約一五・九月を要しており,迅速な審理には,ほど遠いものが感じられる。

I-62表 通常第一審事件と公職選挙法違反事件の5か年平均(昭和40〜44年)