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 昭和46年版 犯罪白書 第一編/第二章/五/2 

2 精神障害者の犯罪の実情

(一) 概説

 精神障害者と犯罪との関係を明らかにするためには,精神障害者の中の犯罪者の発現率や,犯罪者の中の精神障害者の出現率などについての資料が必要である。しかし,精神障害者の数は,従来行なわれた厚生省の精神衛生実態調査によっても,その推定数を得ることができるにとどまっており,またすべての犯罪者について,精密な精神医学的診断を行なうことは事実上不可能であるから,犯罪者中に含まれる精神障害者について,全国的な規模で正確な情報を得ることも不可能といわざるをえない。そこで,得られた若干の資料を参考にしつつ,精神障害者の犯罪の実情について,概括的な考察を試みることとする。まず,昭和四四年における成人の刑法犯検挙人員のなかで,精神障害者またはその疑いがあると認められた者の占める割合をみると,I-49表のとおりである。これによると,刑法犯総数中これらの者の占める割合は,〇・六五%となっている。この割合は,後述の少年事件中に占める精神障害者の割合と比較した場合,かなり低率となっているが,成人には,少年における少年鑑別所のような鑑別機関がないため,専門家の診査を経ない場合の多いことを考慮しなければならない。また罪名別にその比率の高いものをみると,放火の六・九%,殺人の六・六%,強制わいせつの二・五%の順となっており,これらの罪を犯した者の中には,精神障害者が比較的多く含まれていることを示している。

I-49表 成人刑法犯検挙人員中精神障害者の比率(昭和44年)

 次に,少年の一般保護事件(少年保護事件のうち道路交通保護事件を除いたもの)についてみると,家庭裁判所が終局処分を決定した少年のうち,例年約一二%ないし一五%について,精神検査が行なわれ,昭和四四年においては一一・五%について行なわれているが,昭和四〇年から四四年までの検査結果は,I-50表のとおりである。これをみると,検査対象者の一〇・〇%ないし一二・一%が精神障害者とされているが,その実数,比率とも,年を迫って漸減する傾向を示している。昭和四四年における精神障害者の内訳は,約六割が精神薄弱,三割が精神病質で,精神分裂病,てんかん,躁うつ病などの精神病や神経症を含むその他の精神障害は,一割に満たない比率となっている(司法統計年報による。)。

I-50表 一般保護事件終局人員の精神状況(昭和40〜44年)

 次に,昭和四四年の一般保護事件について,各非行別に精神障害者の比率をみたのが,I-51表である。これによると,総数に占める精神障害者の割合が最も多い罪名は,放火の四〇・〇%で,その過半数が精神薄弱であり,次いで,わいせつの二一・七%,殺人の二〇・六%の順となっているが,殺人は,強盗とともに,他の非行とは異なり,精神障害者の中に精神薄弱より精神病質が多い特徴をみせている。

I-51表 一般保護事件終局人員中の非行別精神障害者の比率(昭和44年)

(二) 犯罪を犯した精神障害者の実態

 刑法は,心神喪失者の行為は罰せず,心神耗弱者の行為はその刑を減軽することとしている(刑法第三九条)。そこで,検察官は,起訴,不起訴その他の処分をするにあたって,被疑者に精神障害の疑いがあるときには,心神喪失または心神耗弱にあたるかどうかを判断する資とするために,精神科医の鑑定を求めているが,全国四九地方検察庁のうち,東京,大阪,京都,神戸,名古屋,広島,福岡,熊本,仙台の九地方検察庁では,精神診断室を設け,精神科医の協力を得て,精神障害者の発見,診断の効率化を図っている。
 最近三年間に,右の九地方検察庁において,精神診断(精神鑑定を含む。以下同じ。)を受けた者の数は,二,七三〇人(東京一,五五三人,大阪四三四人,京都一一六人,神戸二〇二人,名古屋一一五人,福岡四九人,広島一一八人,熊本六四人,仙台七九人)で,そのうち,精神障害者と認められたのは,二,三三九人(男子二,一五九人,女子一八〇人)である。この精神障害者と認められた者について,I-52表および53表により,その実態を考察してみよう。

I-52表 精神障害者の診断名と罪名(昭和43〜45年の累計)

I-53表 犯罪を犯した精神障害者の諸特性(昭和43〜45年の累計)

 まず,診断名についてみると,最も多いのがアルコール中毒・嗜癖で,以下,精神分裂病,精神薄弱,精神病質の順となっている。前出I-50表にみられる少年精神障害犯罪者の精神検査における分布と比較すると,精神薄弱や精神病質の占める割合が低く,アルコール中毒・嗜癖,精神分裂病の割合が高いが,これは,成人と少年の場合の発病年齢の差違や事件処理上刑事責任能力の有無・程度に問題のある比較的重症な者が,精神診断の対象となっているためと思われる。
 罪名についてみると,窃盗が最も多く,次いで,暴行・傷害,殺人,詐欺,放火,強姦・わいせつの順となっているが,この精神障害者について,罪名別に,前記九地方検察庁の最近三年間における新規受理人員中に占める割合をみると,放火が九・〇%で最も多く,次いで殺人の六・二%,強盗の一・七%となっており,詐欺は〇・八%,暴行・傷害は〇・三%,窃盗は〇・二%といずれも低率である。
 罪名別に診断名をみると,窃盗では,精神分裂病が最も多く,精神薄弱,アルコール中毒・嗜癖,精神病質がこれに次いでいる。詐欺では,アルコール中毒・嗜癖がとくに多く,ほぼ半数を占めているが,これらは大部分が無銭飲食・宿泊,無賃乗車の事例である。暴行・傷害では,アルコール中毒・嗜癖が最も多く,精神分裂病,精神病質がこれに次いでおり,殺人では,最も多いのが精神分裂病であるが,その七三例中四二例までが親族に対する犯行であり,これに次いで,精神病質,アルコール中毒・嗜癖となっている。放火では,精神薄弱が最も多く,以下,アルコール中毒・嗜癖,精神病質,精神分裂病の順となっている。
 年齢についてみると,二〇歳台から四〇歳台までの働き盛りの者が全体の約九二%を占めているが,犯罪時の生活状態では,安定した職業をもっていた者は,約三六%にすぎず,無職が四割以上にも及んでおり,住居関係の内訳をみると,浮浪中が約一八%,飯場,旅館など不安定な場所に単身居住する者が約一一%となっている。さらに,これらの精神障害者の約七一%が犯罪の前歴を有し,約二六%が自由刑の実刑を受けているが,アルコール中毒・嗜癖では,その四〇%近くが自由刑実刑の前科を有する者となっている。また,この精神障害者中四割強が精神病院の入院歴をもっており,アルコール中毒・嗜癖の約四七%,精神分裂病の約四八%が入院経験者である。
 検察官の処分についてみると,約六七%が不起訴で,起訴された者は,約三〇%となっている。また,検察官が都府県知事に通報した者の数は,右の二,三三九人のうち,一,三五一人(五七・八%)で,このうち,措置入院となった者は,通報人員の七〇・〇%にあたる九四五人である。
 次に,心神喪失者および心神耗弱者に関する刑法の規定は,前記のとおりであるが,通常,心神喪失者とは,精神障害により,是非を弁別する能力のない者または是非の弁別にしたがって行動する能力のない者,心神耗弱者とは,精神障害により,是非を弁別する能力が著しく低い者とされている。I-54表は,心神喪失の理由で不起訴となった者,および第一審で刑の減軽事由としての心神耗弱が認められた者の数を示したものである。

I-54表 心神喪失と心神耗弱の人員(昭和40〜44年)

 次に,I-55表は,昭和三一年から四五年までの間に,精神衛生法に基づいて入院措置がとられ,あるいは,心神喪失の理由によって,不起訴または無罪となった精神障害者が,右の期間内に,再犯を犯した事例六二〇例について,初犯罪名と再犯罪名との関係を示したものである。これによると,初犯罪名と再犯罪名の一致するものは,三五九人(五七・九%)で,初犯罪名と再犯罪名との間に,同一性,類似性が認められる。罪名別にみると,売春防止法違反が一〇〇%の合致率を示し,次いで,窃盗の約七六%,詐欺の約六八%,強姦・強制わいせつの約六四%の順に合致率が高く,暴行・傷害の約五一%もかなりの高率といえよう。殺人については,再犯者二六人のうち,再び殺人を犯したものが約四二%にあたる一一人にのぼり,残り一五人のうちの六人が暴行・傷害に及んでいる事実および放火の約三五%の合致率は,注目すべきであろう。

I-55表 精神障害者の初犯罪名と再犯罪名の関係(昭和31〜45年)

 この六二〇人の再犯者について,初犯後の処置をみると,措置入院となった者が四七六人,その他の入院が四七人,あわせて五二三人で,全体の八四・四%が一応病院に入院して治療を受けているが,措置入院となった四七六人の在院期間をみると,その五割強が六か月未満,八割弱が一年未満で,比較的早い時期に出院している者が多い。また,出院時の状態は,これが判明している二二八人についてみると,治ゆまたは寛解状態で出院している者が約二二%,不完全治ゆ,寛解または軽快の状態で出院した者が約五二%で,症状不変のまま出院している者約一〇%,約一六%を占めるその他は,大部分が脱院者である(法務省刑事局の調査資料による。)。
 犯罪を犯して刑務所および少年院に収容された者の中で,精神障害者の占める割合を示すと,I-56表のとおりである。これによると,受刑者の一四・四%,少年院収容者の一七・二%が精神障害者である。その内訳をみると,受刑中の精神障害者の五一・八%が精神病質,三八・八%が精神薄弱であるが,少年院に収容されている精神障害者では,五九・八%が精神薄弱,三一・一%が精神病質で割合が逆になっている。これに対し,神経症と精神病の占める割合は少なく,刑務所,少年院の各収容者間に特段の差はみられない。

I-56表 矯正施設収容者中の精神障害者(昭和45年12月20日現在)