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 昭和44年版 犯罪白書 第二編/第一章/一/3 

3 起訴猶予

 検察官は,公訴を提起し,これを維持するに足りる犯罪の嫌疑があり,訴訟条件が整っていても,犯人の性格,年齢および境遇,犯罪の軽重および情状ならびに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは,公訴を提起しないことができる。このような処分を起訴猶予というが,検察官が起訴猶予処分をすることを認める制度を起訴便宜主義と呼び,これに反して,犯罪の嫌疑が認められ,訴訟条件が整っていれば,必ず起訴しなければならないとする制度を,起訴法定主義と呼んでいる。
 起訴猶予は,検察官が刑事政策上の立場から,諸般の事情,すなわち,犯人の性格,年齢,境遇といった,主として行為者に関する事項,犯罪の軽重,情状のような犯罪行為に関する事項および犯人の改悛とか示談の有無などといった,犯罪後の情況に関する事項を考慮して,必要でない刑罰を科することをできるだけ避け,犯罪者の更生を図ろうとするものであって,わが国では,明治一八年ごろから,微罪不検挙または微罪不起訴の名の下に,事実上ある程度の起訴猶予処分が行なわれ,明治四二年に至って,司法統計の上に,初めて起訴猶予の名称が用いられた。その後,大正一三年から施行された旧刑事訴訟法によって,法文上,起訴便宜主義が採用され,現行の刑事訴訟法においてもそのまま受け継がれて現在に至っている。
 検察官が,起訴猶予処分をなすにあたっては,少年について特例を設けているほかは,外国の立法例のように,罪種や対象者に制限を付したり,裁判官の同意を要件としたりしておらず,すべてが検察官の判断にゆだねられている上,わが国においては,国家訴追主義と検察官の起訴独占主義とをほとんど全面的に採用しているので,検察官の営む機能は広大なものとなっている。そこで,まず,その運用状況を,主として統計面からみていくこととしたい。

(一) 統計からみた起訴猶予率

 まず,昭和三三年以降昭和四三年までの間に,検察官が起訴または起訴猶予処分に付した人員数に対する起訴猶予の割合を,全事件,刑法犯,最近刑法犯の半数前後を占めるに至った業務上過失致死傷を除いた刑法犯,特別法犯および道交違反に区分してその推移をみたのがII-8表である。なお,同表には,大正七年以降,昭和三年,同一三年,同二三年と一〇年ごとの年次についても,参考までに起訴猶予率を掲記した。

II-8表 検察庁処理人員中の起訴猶予率(大正7,昭和3,13,23,33〜43年)

 これによると,戦前,六割をこえた刑法犯の起訴猶予率は,戦後,おおむね低下の一途をたどり,昭和三五年には四割を,昭和四三年には三割をそれぞれ割って,同年の刑法犯の起訴猶予率は,二八・九%となっている。ところが,刑法犯から業務上過失致死傷を除いたものについて,起訴猶予率の推移をみると,昭和四一年に三八・四%と最低の数字を示した後は,むしろ上昇に転じて,昭和四三年の起訴猶予率は,三九・九%となっており,最近の刑法犯の起訴猶予率の低下は,起訴率の高い業務上過失致死傷事件の激増によるものであることを示している。特別法犯,道交違反の起訴猶予率も,おおむね低下の傾向にあり,ことに,道交違反の起訴猶予率は,昭和三八年以降逐年低下して,昭和四二年には六・一%と最低の数字を示したが,昭和四三年には,六・九%とわずかに上昇している。全事件の起訴猶予率は,その大部分を占める道交違反や刑法犯の起訴猶予率が低下するのに応じて,低下の一途をたどり,昭和四二年には,一〇・六%と最低の数字を示したが,昭和四三年には,一三・二%に上昇した。これは,先に述べたいわゆる「交通反則通告制度」の施行により,起訴率の高い道交違反の全事件に占める割合が低下した上,道交違反自体の起訴率も,わずかに減少したことによるものである。
 次に,昭和四三年の刑法犯の起訴猶予率を主要罪名別にみたのが,II-9表である。これによると,最も起訴猶予率の高いのは,公務執行妨害の七〇・五%で,文書偽造,横領が六割台,詐欺,賍物関係,窃盗が五割台の数字を示して,これに続いている。逆に,最も起訴猶予率が低いのは,傷害致死の二・四%で,強盗致死傷等,単純強盗,殺人が,いずれも一割未満の起訴猶予率となっている。

II-9表 刑法犯主要罪名別起訴猶予率(昭和43年)

(二) 起訴猶予処分に付された者の成行

 このように,わが国では,起訴猶予制度が活発に運用されているが,その効果をみる方法の一つとして,法務総合研究所は,東京ほか二一の地方検察庁本庁とこれに併置されている区検察庁について,昭和三九年中に,各庁で,道交違反事件を除く事件で起訴猶予処分に付された者の中から,無作為に九,二九六人を選び,昭和四二年二月現在の時点で,警察庁保管の指紋原票により再犯の有無を調査した。
 これによると,II-10表に示すとおり,起訴猶予処分に付された九,二九六人のうち,再犯者は一,二四三人,その再犯率は一三・四%で,これを男女別にみると,男子の再犯率は一三・二%,女子は一四・五%となっている。これを,処分時の年齢層別にみると,男女とも三〇歳台の再犯率が最も高く,二〇歳台がそれに次ぎ,四〇歳台以上は,年齢の高くなるにつれて再犯率が低下している。

II-10表 起訴猶予処分時年齢層別再犯率

 次に,起訴猶予処分に付されたときの罪名別に区分し,これを男子と女子について,再犯率の高い順に,それぞれ上位三番目までを掲げたのが,II-11表である。男子については,詐欺の再犯率が最も高く,三四・八%にも及んでおり,恐喝,窃盗の順となっているが,これに対し,女子は,特別法犯の一九・五%が最も高く,詐欺,窃盗がこれに続いている。ところで,詐欺の大部分は,無銭飲食,無賃乗車であり,女子の特別法犯の大部分は,売春防止法違反である。

II-11表 主要罪名別再犯率

 次に,一,二四三人の再犯者について,起訴猶予処分に付されたときの罪名と,再犯の罪名とが同一か否かを,男女別にみると,II-12表のとおりである。これによると,男子については,起訴猶予罪名と再犯罪名とが同一の者の占める割合が三三・七%であるのに対し,女子のそれは,八三・四%と著しい高率を示している。ここで罪名が同一とは,まったく同一であるものに限り,たとえば,傷害と暴行または傷害致死とは,罪名の異なるものとして取り扱っているが,女子が再犯にあたって,起訴猶予処分に付された罪名と同一の罪名にかかる罪を犯す比率が高いのは,その多くが,売春防止法違反であるので,結局売春事犯の繰り返しが多いことによるものといえよう。

II-12表 再犯の内容別・男女別人員と百分比

 再犯者が,起訴猶予処分に付された後,再犯に及ぶまでの期間を比較したのが,II-13表である。男子についても女子についても,その過半数が,一年以内に再犯に及んでおり,ことに女子については,その半数近くの四四・九%が,わずか六か月以内に再犯に及んでいることが注目される。

II-13表 再犯者の再犯までの期間別・男女別人員と比率

(三) 起訴猶予処分に付された者に対する更生保護措置

 起訴猶予者に対して更生保護の措置を講ずるため,検察官において,必要に応じて訓戒の上,善行保持の誓約書を徴したり,保護者らに引き渡して保護,監督方を依頼したりしていることはもちろんであるが,さらに,再犯防止のための適切な更生保護の措置が必要な場合のあることはいうまでもない。更生緊急保護法は,起訴猶予処分を受けた者などが,刑事上の手続により身体の拘束を受け,これが解かれた場合であって,他の援助や保護を受けることができない場合等に,本人の申出に基き,釈放後六か月内に限り,帰住のあっ旋などの一時保護や,施設に収容して環境の調整を図るなどの継続保護を行なうこととしている。起訴猶予に付された者のうち,この法律の適用を受ける者は,右のように適用の条件が厳しいなどの事情から,その数は必ずしも多くない。昭和四三年中に,更生保護の措置がとられた者のうち,起訴猶予者は一,三六三人で,そのうち,施設に収容された者は,八〇九人である。
 ところで,横浜地方検察庁では,起訴猶予者の再犯を防止する方法の一つとして,昭和三六年一月から,主として二〇歳以上二五歳以下の犯罪者の一部を起訴猶予処分に付するとき,本人の同意を条件として,保護観察に類似する更生保護の措置を講じており,昭和四四年七月末現在では,横浜のほか,千葉,水戸,前橋,甲府,新潟,大阪,京都,津,岐阜,金沢,富山,広島,山口,松江,鹿児島,宮崎,仙台,福島,山形,盛岡,青森,高松の二二の地方検察庁が,それぞれ各地の実情に応じた方法により,起訴猶予者に,特別の更生保護措置をとることとしている。その実績をみると,たとえば,大阪地検においては,昭和四二年一〇月から同四三年九月までの一年間に,この特別の措置の適用を受けた者が三四人,うち適用を受け終った者二五人で,そのうち成績良の者一七人となっており,京都地検においては,昭和四二年四月から同四三年一二月までの一年九か月間に,特別の措置の適用を受けた者四一人,うち成績普通以上の者三五人という結果が報告されている。
 次に,昭和三三年四月,売春防止法施行とともに,同法第五条違反で検挙された女子の更生等について,関係機関の連絡を円滑にするため,昭和四四年七月末現在で,東京,八王子,横浜,水戸,静岡,長野,新潟,大阪,京都,神戸,名古屋,岐阜,広島,山口,福岡,長崎,大分,仙台,青森,札幌,高松の二一の地方検察庁または同支部内に,更生保護相談室が設置されている。検察官が,これらの女子について起訴猶予処分が相当であると思料するときは,更生保護相談室で,保護観察所職員等関係職員と更生保護の措置について相談させることとなっており,昭和四三年中に,起訴猶予処分に付されて相談室を経由した者の総数は,一,四七九人となっている。

(四) 不起訴処分に対する控制

 起訴・不起訴の決定は,検察官に与えられた権限であるが,その運用を控制するため,法は,二つの制度を設けた。一つは,準起訴の手続(刑事訴訟法第二六二条ないし第二六九条)であり,他の一つは,検察審査会の制度(検察審査会法)である。

(1) 準起訴手続

 公務員の職権濫用罪その他について,告訴または告発をした者は,検察官の公訴を提起しない処分に不服があるときは,その検察官所属の検察庁の所在地を管轄する地方裁判所に,事件を裁判所の審判に付することを請求することができ,裁判所がこの請求を理由があると認めて,事件を管轄地方裁判所の審判に付する旨の決定をしたときは,その事件は,検察官の起訴がなくとも,起訴されたものとみなされて,公判審理が開始されることになるが,これを準起訴手続という。
 昭和三四年から昭和四三年までの間になされた準起訴手続の請求およびその審判結果(昭和四三年一二月末現在)は,II-14表のとおりである。これによると,請求総数は,一,一六一件で,請求の取り下げが五〇件,請求棄却が一,〇三三件となっていて,検察官の不起訴処分を不当として審判に付する旨の決定があったのは,二件にすぎない。なお,法務省刑事局の調査によると,昭和三七年決定の一件については,無罪が確定しているが,同四三年決定の一件については,いまだ裁判結果を得るに至っていない。

II-14表 準起訴手続申立・審判件数(昭和34〜43年)

(2) 検察審査会

 検察審査会は,衆議院議員の選挙権を有する者の中から,くじで選び出された一一人の検察審査員で構成され,検察官の公訴を提起しない処分の当否の審査,検察事務の改善に関する建議または勧告に関する事項を掌る機関である。告訴または告発をした者や,犯罪によって害を被った者などは,検察官の行なった不起訴処分について,検察審査会に対し,審査の申立てをすることができる。
 検察審査会は,この申立があるとき,または,職権で取り上げた不起訴事件について,その処分が相当であるかどうかを審査し,その議決の結果を検事正に通知する。検事正は,その議決を参考にして,公訴を提起すべきものと思料するときは,起訴の手続をしなければならないものとされている。
 II-15表は,昭和三八年から昭和四三年までの検察審査会の受理および処理の状況であるが,これによると,この六年間に,起訴相当または不起訴不相当の議決のあったものは,合計九四五人で,処理総数一二,〇三三人の七・九%となっている。また,これによって,昭和四二年までに,検察官が起訴したものは,一一七人で,同年までに起訴相当または不起訴不相当の議決のあったものの一二・四%にあたる。

II-15表 検察審査会の事件受理・処理人員(昭和38〜43年)

 ところで,このように検察審査会の議決に基づいて起訴した事件について,検察審査会が設置された昭和二四年以降昭和四二年までの間における第一審の裁判結果をみたものが,II-16表である。これによると,第一審の裁判のあったものは三八二人で,そのうち有罪は,八七・七%にあたる三三五人,無罪(免訴・公訴棄却を含む)は,一二・三%にあたる四七人となっている。

II-16表 起訴された事件の第一審裁判結果(昭和24.1〜42.12)