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 昭和35年版 犯罪白書 第四編/第二章/一/4 

4 少年調査

(一) 概説

 少年については,とくにその犯罪に陥った素質的,環境的要因を探求し,その除去に努める必要がある。このためには,その資質調査を担当する専門的機関とその環境調査を担当する専門家とが,かくことのできないものとなってくる。すでに述べたように,少年警察も,少年検察も,それぞれの職能を全うするためには,ある程度まで,これらの資質や環境についての調査をゆるがせにはできない。しかし,少年事件について家庭裁判所が審判機関としての決定権をもつからは,その審判を助ける機関として,犯罪少年の資質やその環境を専門的に調査する機構が必要なのはいうまでもない。このような要請を満たすものとしてうまれたのが,家庭裁判所調査官と,法務省の少年鑑別所である。そして,これらの調査の結果は,「少年調査記録」にまとめられ,審判決定後,その決定先である少年院や保護観察所に送られて,処遇の参考とされる。
 少年調査官は,少年法にさだめる少年保護事件の審判に必要な調査,その他少年法にさだめる報告,観察,観護,同行状の執行および決定の執行などを行ない,さらに,少年審判規則にしたがい,保護処分の決定後における少年の動向の観察や成績の視察などの事務をつかさどるのであって,その職務は少年保護事件の調査,審判,執行の全体にわたるひろい内容をもち,それを行なうにあたっては,裁判官の命にしたがう。
 ところで,受理した事件の調査にあたっては,少年やその保護者または参考人を取り調べ,その他必要な調査を行なうが,この調査には,なるべく少年,保護者または関係人の行状,経歴,素質,環境などについて,医学,心理学,教育学,社会学その他の専門的知識と,とくに少年鑑別所の鑑別結果を活用するよう努めなければならないとさだめられている。
 少年調査に関連して,家庭裁判所に医務室が設けられている。この医務室は,昭和二六年に家事調査官制度のはじめられたと同時に若干の家庭裁判所に設備されはじめたもので,その後,今日では四九ヵ所の家庭裁判所の本庁のほか,八王子や小倉その他の大きな支部にも置かれるにいたった。これは,少年鑑別所の鑑別結果と家庭裁判所の社会調査の結果とを総合的に判断するについて裁判官を補佐し,少年事件につき科学的診断と技術的措置とをほどこし,さらに,少年鑑別所の鑑別に付するにさきだってその予診をしたり,少年事件の調査技術について科学的研究をし,少年調査官の調査を科学的にするためになど,考えだされたものであるということである。しかし,この制度は,少年鑑別所の機能と重複する面が少なくないなどのため,少年犯罪の対策の一元化その他の観点から,問題が多いといわれている。

(二) 少年鑑別所

 少年鑑別所は,家庭裁判所の発足とともに,戦後あらたに法務省所管の施設として設けられたもので,各家庭裁判所の所在地におかれている。少年鑑別所の目的とするところは,
(イ) 家庭裁判所から送致された少年を収容し,心理学,精神医学および身体医学,教育学,社会学などの専門的知識にもとづく科学的な方法により,少年の資質を鑑別し,家庭裁判所の調査および審判ならびに保護処分の決定とその執行に資すること
(ロ) 少年院,保護観察所,検察庁など関係機関からの鑑別依頼に応ずるほか,一般家庭,学校,その他の団体からの相談に応じて鑑別をすること(この場合には少年を収容することはできない)
である。
 従来,少年の犯行性または犯罪性を判断する手がかりとしては,少年をとりまく社会環境(家庭,学校,職場,交友など)と生育歴,非行歴などの調査に主眼がおかれ,少年自身のもっている非行性や犯罪性に直接または間接に関与している性格特性や心理的な因子については,単に経験的な判断や常識的な観察にとどまり,科学的な立場から専門家によって探究されることは少なかった。少年鑑別所ができて,少年の人格構造とその特性が科学的に診断され,非行性の治療や矯正教育の方針の樹立に寄与できるようになったのは,少年保護事件の取扱いに新しい展開を示すものといえよう。
 少年鑑別所に収容される少年は,非行を行なったため司法警察員や検察官から家庭裁判所に送致された少年と,将来罪を犯すおそれがあるとして家庭裁判所に送致された少年とのうち,家庭裁判所が,審判のために,その心身の鑑別を行なう必要があると認めて観護措置の決定をしたものである。その観護の期間すなわち鑑別所の収容期間は,原則として二週間以内,最大限四週間までとさだめられているが,全国の平均収容期間は,二〇日強となっている。
 収容少年の入出所状況はIV-31表のとおりで,昭和二六,二七年の取扱人員が急激に増加しているのは,少年法の改正で適用年齢が引き上げられたためとみられている。

IV-31表 少年鑑別所入出所人員

 少年鑑別所に収容される少年の数は,家庭裁判所に係属する少年のうちで,どの程度の割合をしめるか。道路交通取締法令違反を除いた少年保護事件の新受理総数と観護措置によって少年鑑別所に新たに収容された数との割合を,昭和三一年から昭和三四年の各年次ごとに算出すると,それぞれ,一九・九パーセント,一八・五パーセント,一九・七パーセントおよび一八・三パーセントで,道路交通関係をのぞけば,非行者の二割弱が,心身の鑑別のために家庭裁判所から少年鑑別所に送られているわけである。
 なお,注目されるのは,新収容者の大部分は,本来の観護措置によるもので,勾留にかわる観護の措置は,昭和三四年において,新収容者総数の〇・〇八パーセントをしめるにすぎないことである。検察統計によると,昭和三三年に家庭裁判所に送致された少年のうち,勾留中に送致された者が一七,〇一三人で,少年鑑別所収容中に送致された者は一,七九九人にとどまっている。
 さて,少年鑑別所では,収容少年について,その精神状況を測定するため,知能,性格などについての心理諸検査(各種の知能検査と,内田クレぺリン精神作業検査やロールシャッハ検査やT・A・Tや文章完成法など各種の性格検査と,精神電流測定および職業適正検査など)や,問診,面接などを行ない,かつ,生活史の分析などを実施して,臨床心理学的ないし精神医学的診断を行なっている。また,家庭や学校などから鑑別を依頼された少年は,少年鑑別所に収容することができないため,鑑別実施の手順は,時間的にも,環境的にも制約をうけるわけであるが,基本的には,収容少年について行なっている方式とほぼおなじである。なお,これら一般から依頼されるものは,年齢の幅もひろく,問題点も広範囲にわたっている。
 収容少年の知能程度をみると,詳細はIV-32表のとおりで,I・Q九〇〜一一〇を頂点として,低いほうにふくらんで分布しているが,最近では,低知能者の率がいくらか減少している。つぎに,その精神状況をみると,IV-33表のとおりで,大部分が準正常(精神病質の傾向があるが,精神病質ではない者および知能が限界域にある者)である。

IV-32表 少年鑑別所収容少年の知能指数段階別人員と率

IV-33表 少年鑑別所収容少年の精神状況別人員と率

 少年鑑別所では,このような鑑別の結果をとりまとめ,問題点とその分析,処遇上の指針,社会的予後などの総合所見を記載し,保護不要,在宅保護,収容保護,保護不適,医療処置の要旨などの判定を示した結果通知書を作成して,家庭裁判所に送付している。
 少年鑑別所の判定は家庭裁判所の審判決定にどのようにあらわれているか。IV-34表によると,昭和三四年において,少年鑑別所では,収容少年のうち,五〇・四パーセントのものについて,少年院に収容して矯正教育をうけさせる必要があると判定しているのに対し,家庭裁判所の審判結果では,二五・八パーセントの少年を少年院に送致しており,また,少年鑑別所では,家庭に帰って保護上の指導をうけるのが適当であると判定したものが三九・八パーセントであるのに対し,家庭裁判所の審判決定では,保護観察処分が二六・五パーセントとなっている。また,鑑別判定と審判決定との一致度は,昭和二六年では約五五パーセントであったが,昭和三四年には約七〇パーセントに上昇していることが注目されてよい。

IV-34表 鑑別判定と審判決定の項目別百分率(昭和34年)