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 昭和35年版 犯罪白書 第一編/第二章/一/4 

4 精神病質者の犯罪

 法務省矯正局では,東大神経科,同脳研究所,東邦医大精神科,松沢病院などと共同で,昭和三一年に三つの特別少年院の在院者の実態調査をしたが,その結果によると,正常者はわずか一・一パーセント,精神薄弱が八・二パーセント,精神病的状態が二・八パーセント,あとは,精神病質またはその傾向のものと診断された。昭和三二年には,同様のメンバーで,さらに二つの中等少年院の在院者の調査が行なわれたが,これらの調査研究による精神病質の比率と,従来のおもな研究成果を対照したのがI-40表である。ここで精神病質傾向というのは,多少の性格偏倚が認められるけれども,その人格が未成熟で偏倚傾向が十分顕著でないために精神病質と診断するのに躊躇されたものである。

I-40表 非行少年中の精神病質者の割合

 特別少年院在院者で精神病質またはその傾向をもつ者について,類型診断を行なった結果は,意志欠如型六四パーセント,発揚情性型二八パーセント,情性欠如型二七パーセント,爆発型九パーセント,自己顕示型八パーセント,気分易変型二パーセント,狂信型一パーセント,抑うつ型一パーセントであった。すなわち,精神病質類型にもいろいろあるが,犯罪と密接な関係のみられるのは意志欠如型であり,発揚性型や情性欠如型がこれについでいる。これに対し,自己不確実型や無力型,抑うつ型などは,むしろ,神経症との関係が深く,犯罪者のあいだではきわめて数が少ない。これら特別少年院の収容者について,一年から三年までの期間の再犯状況を調査したところでは,再犯のないものが四三パーセント,ふたたび非行に陥ったが矯正施設には収容されない者が四・四パーセント,少年院または刑務所に収容された者が四八・八パーセント,非行に陥りまたは死亡した者が〇・六パーセントで,再犯者の合計は五三・八パーセントとなる。このうち,精神病質と診断された者だけについて再犯率をみると五五・六パーセントで,全体の再犯率を若干上回る程度である。
 I-41表は,従来の研究成果について,全体の再犯率と精神病質のそれとを比較できるように整理したものであるが,これによって精神病質の再犯率のいずれも高いことがわかるとおもう。I-42表はわが国における種々の犯罪者における精神病質の比率をまとめてみたものであるが,精神病質者は,初犯よりも累犯に多く,犯罪が常習化するほどその比率の高いこと,おなじ累犯でも,遅発累犯より早発累犯にいちじるしく多いことなどが明らかにされている。このように,精神病質者が状態犯人や常習性犯人に多く,また,社会的予後が不良であって,再犯への危険性がいちじるしく高いことが明らかな以上,これに対する処遇対策は,より強力に,再犯防止や社会防衛的な立場から,講ぜらなければならないとおもわれる。なお,精神病質者の犯罪における刑事責任については,一般にこれを認める傾向がつよい。しかし,状況によっては,減免される場合もある。刑事責任が減免される場合には,当然,治療的色彩をもった保安処分的な措置が講ぜられねばなるまい。刑事責任が問われた場合でも,定期刑を科するだけで社会的危険性が除かれるとは,とても期待できない。このように,顕著な精神病質者や,常習犯人の色彩の濃厚な精神病質者のために,ノルウェー,スエーデン,デンマークなどの北欧諸国をはじめ,いくつかのヨーロッパ諸国には,すでに,対象者の特性に応じ,いろいろの保安処分の制度があり,ことに,デンマークは,精神病質者のための専門施設をそなえている。アメリカでは,精神病質犯罪者は,医療刑務所を設けて収容されるか,精神病院の一部に重警備病棟を設けてそこに収容され,かなり積極的に,心理療法その他の治療的処遇があたえられている。ただ,性的精神病質者には,早くから特殊な関心がはらわれ,わが国の精神衛生法に似た特別の立法措置のされている州も少なくない。一九三八年にイリノイ州が率先してこの立法をしたのをはじめ,ミシガン州(一九三九年)ほか十州があいついでおなじような立法措置をとった。しかし,この法律は,性的精神病質の概念規定やその診断や施設の処遇の実情などにいろいろ問題があり,法律は施行されながら,実際には運用されない州もいくつかあって,刑事政策と精神衛生施策との協力すべき興味ある共通の場を提供している。わが国における精神病質犯罪者の対策としては,諸外国にみるような近代的な保安処分の制度がないばかりでなく,それにかわるべき精神衛生法も,実施上いろいろと問題があって,十分な効果をおさめていない。また,矯正施設の分化も,医療刑務所の一部に集禁されているほかは,とくにみるべき進展をみない。これこそ,わが国における刑事政策と精神衛生対策との最大の盲点であろう。

I-41表 精神病質者の再犯率

I-42表 各種の犯罪者中の精神病質者の割合