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 昭和35年版 犯罪白書 第一編/第一章/二/1 

1 犯罪原因の究明

 犯罪の原因はなにかという質問に対する答案は,病気の原因はなにかという質問以上にむずかしい。むかしから,犯罪原因についての学説はいろいろあって,今日,まだこれという定説がない。
 科学以前の時代には,犯罪は悪魔の所為や神の力によるとされた。このような時代には,犯罪をなくするには,ただ神に祈るか,犯罪者から悪魔を追いはらう方法を講ずればよかった。今日このような考えかたをする者は,一部の迷信にちかい宗教関係者しかないとおもわれるが,といって,それによってすべてが説明しつくされるような一元論的な学説はない。一方では,犯罪が自由意志の所産であるという考え方と,他方では何らかの物質的,客観的な原因を求めようとする考え方があって対立している。また,客観的な原因を求める学者のあいだにも,生物学的ないし精神医学的立場にたつ者,心理学的立場にたつ者,精神分析学的立場にたつ者,あるいは社会学的立場にたつ者などいろいろあるうえに,一元的に原因を論ずる者と多元的にこれを論ずる者などがあって,まことに種々さまざまである。
 たしかに,科学の進歩によって,犯罪原因についての専門的認識と理解がすすみ,新しい知見もつぎつぎと提供されている。そうして,諸科学の進歩は,この専門的分化をいっそう深める傾向にあることはいなめない。しかし,一方において,関係諸科学が協力しあって,共通の問題を探究し,あるいは,多岐にわたる犯罪原因論を統合的なかたちで共通の視野のもとに考究しようとする試みも活発になってきている。法務総合研究所の設立も,こうした要請にこたえたものである。