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 昭和35年版 犯罪白書 第一編/第一章/一/5 

5 累犯者,前科者等による犯罪の傾向

(一) 一般的傾向

 累犯者による犯罪の増加は,最近の犯罪現象における一つの特色である。この関係を明らかにするために,まず,新受刑者中の初犯者および累犯者数の戦前からの統計によってグラフを作ってみると,I-33図のとおりである。昭和二七年以降は,累犯者の数が初犯者の数をこえ,最近の累犯者は,戦前平均の約二倍である。刑法で累犯者とよばれるのは,懲役に処せられたのちその執行をおわり,または執行の免除のあった日から,五年以内にさらに罪を犯して,有期懲役に処せられた者である。わが国の統計でも,累犯者はこの意味にもちいられているので,ここでもその用法にしたがう。もっとも,刑事学では,かならずしもこの意味にもちいられず,処罰されたかどうかに関係なく,事実上犯罪をくりかえした者にも使用されている。この意味での累犯者は,犯罪常習者に近いわけである。犯罪常習者とは,犯罪の習癖をもつ者,すなわち,犯罪をくりかえすだけでなく,それが習慣となった者である。法律上の意味の累犯者と犯罪常習者とは別個の観念だが,累犯者には多数の犯罪常習者があり,常習者には,累犯者をはじめ,以前に処罰されたことのある者が多いから,両者は密接な関係がある。

I-33図 初犯・累犯別新受刑者人員

 敗戦後に犯罪が激増する場合には,初犯者の犯罪が異常に増加し,その状態が回復すると通常の状態にかえることが,第一次世界大戦後のドイツとオーストリヤについて明らかにされた。わが国も,今次の大戦では似た傾向をとったが,最近は,戦争の直接の影響とは別に,累犯者の犯罪が増加しているといえよう。わが国の戦前の昭和二年から最近までの刑法犯で懲役の裁判の言渡をうけた者について,累犯者の数などを調査し,そのしめる割合を算出してみても,おなじ傾向が認められ,しかも,最近の累犯者のうちの一二パーセントから一三パーセントは,四度以上処罰をうけた者である。
 行刑統計における再入者および再入率については,第三編でもふれるが,この統計は,累犯者に関する犯罪の傾向をみるにも重要である。まず,受刑者がふたたび刑務所に入所するまでの期間では(III-33表参照),出所した年度から四年目である三年度には,四〇パーセントをこえて再入していることがわかる。しかも,再入の率は,昭和二九年以降に入所した者についてはある程度上昇している。そして,入所度数別の再犯までの期間は,入所度数の多い者ほど,みじかい(III-34表参照)。入所度数三度以上の者は,出所後三ヵ月未満のあいだに,すでに,それぞれ五分の一以上が再入し,一年以内に再入する者の小計では,入所度数三度の者でも五八パーセントで,四度が六〇パーセント,五度が六五パーセントと上昇し,六度以上では七三パーセントが再入している。このように,入所三度以上の者は犯罪常習者的色彩が強く,それらの者がこのようにみじかい期間に再入しているのは注意を要する。しかも,行刑統計によれば,昭和三三年の新受刑者では,入所三度以上の者が四〇パーセントをしめている。なお,前科者は,罰金以上の刑の言渡をうけて,その言渡の効力の失われるまでの者をいうので,累犯者よりもはるかにひろい観念であるが,戦前からの推移をみると,累犯者とほぼおなじ傾向が認められる。

(二) 罪名別の傾向

 どんな犯罪に累犯者が多いかを明らかにするため,昭和三三年の新受刑者につき,主要罪名別に,累犯者の数と各罪名別の初犯者との計に対する百分率などを算出してみると,I-15表のとおりである。累犯者数のもっとも多いのは窃盗で,百分率も平均より高い六五パーセントである。犯罪常習者も窃盗にもっとも多く,欧米でも,この点はおなじである。累犯者のしめる率のもっとも高いのは,住居侵入の七六パーセントと,賍物関係が七〇パーセントである。入所度数三度以上のもこれらの犯罪に多く,窃盗,賍物は四六パーセントをしめる。この表で明らかなとおり,強盗とくに凶悪強盗の受刑者に累犯者や入所三度以上の者の率の低いのは,常習者は,刑の重いこの種の犯罪の損なことを知って,これを避け,窃盗,賍物などの犯罪によることが多いのにもよるかとおもわれる。

I-15表 主要罪名別新受刑者中累犯者等の人員と百分率(昭和33年)

 つぎに,主要罪名別に,戦前の一〇年と最近の五年について前科者の数とそのしめる割合を算出してみると,I-16表のとおりである。この場合の前科は罰金を含むが,戦後は,刑の執行などをおわったのち,罰金については五年,懲役などについては一〇年を経過し,刑法第三四条の二の適用によって刑の消滅したものは,除外されている。しかるに,戦前はこの刑法の規定がなく,また,戦後の統計には略式命令による有罪者が含まれていないので,前科の内容と調査の対象とは,ある程度相違している。しかし,だいたいの傾向はうかがうことができるのであって,一般に前科者のしめる割合が増加し,殺人や傷害致死などでもそれが増加しているのは注意を要する。

I-16表 刑法犯主要罪名別一審有罪人員中の前科者の人員と百分率

 なお,常習犯罪関係の有罪統計としては,常習強窃盗(「盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律」によって常習強窃盗として処罰されたもの)および常習賭博(刑法一八六条)に関するものがあるので,その戦前からの統計をみると(I-17表),強窃盗は増加せず,賭博は大幅に減少している。しかし,これがそのまま犯罪の実相とは考えられないので,これらの犯罪の実態については,なお十分の調査が必要であろう。

I-17表 常習累犯窃盗・強盗等の一審有罪人員

(三) 累犯者等の犯罪の対策について

 累犯の増加は,一九世紀後半の欧州諸国において顕著な事実で,これが動機となって,実証科学としての刑事学が成立するにいたったわけであるが,現在も,累犯とくに常習犯の対策は,刑事政策における重要な問題であることにかわりはない。わが国でも,ふるくからこの問題は注目されたが,以上の考察によって,現在においても,累犯者とくにそのうちの常習的傾向の強い者の犯罪が多く,重要な犯罪についてもそれが少なくないことがわかる。したがって,それらについては,刑の量定,行刑,仮釈放,釈放後の対策などが真に適切に行なわれているかどうかについて基本的な調査を行ない,その結果によって適切な対策を実施する必要が感ぜられる。なお,主として常習犯罪の一部をなすものとして,暴力団による犯罪の多いことは,わが国の犯罪現象にみられる一つの大きな特色であるが,ここではその説明をはぶく。
 最後に,参考までに,英独仏における常習犯罪とその対策についての概要を付記すると,つぎのとおりである。
 まず,イギリスは,社会保障制度などの完備した国ではあるが,犯罪常習者が跡をたっているわけではない。常習者による犯罪の種類は,大部分が窃盗その他の財産犯罪であるが,その他,殺傷犯や性的犯罪などの常習者もあり,前科七犯以上におよぶものも相当に多い。これらに対処するためには,刑と保安処分の中間的性質を有する予防拘禁(Preventive detention)の制度があって,長期間,施設に収容して改善をはかる措置が講ぜられている。この制度の成績は良好とのことで,常習犯罪による被害はさまで大きくないといわれている。
 つぎに,西ドイツでは,犯罪の常習者として窃盗がもっとも多く,これにつぐのは性的犯罪(主として児童に対する猥褻行為)の常習者である。犯罪の常習者に対しては,予防拘禁ともいうべき保安拘禁(Sicherungsverwahrung)の制度があり,危険な常習犯人に対し,刑とあわせて保安拘禁を科することができる。この拘禁は刑の執行終了後に適用され,仮釈放もされるが,必要とあれば継続して無期限に拘禁することができる。この制度は,きわめて慎重に適用されているが,常習犯罪の抑圧と常習犯罪者の改善にはかなりの成果をあげているといわれる。
 フランスでも,常習者としては,窃盗をはじめ,財産犯の罪がもっとも多く,殺傷犯や性的犯罪が,これにつぐ。常習者に対してはふるくから西ドイツのとおなじような拘禁(relegation)の制度があり,常習犯罪者の改善と常習犯罪の抑圧に相当な力を発揮している。刑の執行後に適用され無期限であることは,西ドイツの制度とおなじである。その他,フランスには滞在禁止(inerdiction de sejour)の制度があって,裁判のさいこの言渡がされると,刑の執行終了後一定の期間,一定の都市その他所定の地域における居住や滞在を禁止される。この制度は,常習的傾向のある者に適用され,たとえば,売春婦のヒモとなって処罰された者に売春婦の多い大都市に滞在することを禁止すると,やむを得ず正業に従事するようになり,その改善に大きな力があるということである。