我が国の犯罪情勢は,刑法犯の認知件数が令和2年も戦後最少を更新するなど,全体としては改善傾向が続いているが,個別に見ると,特殊詐欺,児童虐待,配偶者間暴力,サイバー犯罪等のように検挙件数が増加傾向又は高止まり状態にある犯罪もある。さらに,若年層を中心とした大麻取締法違反の検挙人員の急増,少年による家庭内暴力の認知件数の増加なども看過できない。また,出所受刑者全体の2年以内再入率は,低下傾向にあり,令和元年の出所受刑者については初めて16%を下回ったが,満期釈放等による出所受刑者の再入率は仮釈放による出所受刑者よりも相当に高い状態で推移しており,再犯防止対策の更なる充実強化が求められている。
近年の犯罪動向や再犯防止対策に関し,注目すべき犯罪類型の一つに,詐欺がある。中でも特殊詐欺は,認知件数及び被害総額いずれも減少傾向にはあるが,令和2年の認知件数は1万3,000件を上回り,検挙件数は平成16年以降最多となった。また,実質的な被害総額は280億円を超え,その被害者は依然として高齢者が高い割合を占めている。出所受刑者の5年以内再入率を主要な罪名別に見ても,詐欺は,覚醒剤取締法違反,窃盗,傷害・暴行に次いで高い。こうした情勢を踏まえ,近年,刑事施設や少年院では,特殊詐欺事犯者を対象とした指導用教材や再非行防止指導の実施要領に基づく実践がなされ,令和3年1月には,保護観察対象者に対する類型別処遇に「特殊詐欺」が新たな類型として加えられるなど,処遇の充実が図られている。
法務総合研究所は,これまで犯罪白書において,主として刑法犯の動向の中で詐欺を取り上げ,平成16年からはオレオレ詐欺を始めとする特殊詐欺について紹介してきた。しかし,詐欺が注目すべき犯罪類型であると認識しながらも,高齢で無銭飲食を繰り返す者や,組織的な特殊詐欺を首謀する者等,その態様及び手口が多岐にわたる詐欺事犯者の実情等を細やかに分析し,更なる対策を検討するための素材を提供するまでには至っていなかった。そこで,本白書では,「詐欺事犯者の実態と処遇」と題して特集を組むこととし(第8編),詐欺事犯全般,とりわけ特殊詐欺に焦点を当て,関連する法令,詐欺事犯の動向や刑事司法の各段階における詐欺事犯者の処遇の現状,詐欺事犯者の再犯の状況,詐欺被害者等を概観・分析するとともに,詐欺事犯者に関する特別調査を行い,その特徴を明らかにした。これらを踏まえ,詐欺事犯の防止や詐欺事犯者の処遇・再犯防止対策の在り方について検討を行い,今後の議論の参考に供することとした。
令和2年は,新型コロナウイルス感染症の感染拡大により我が国の国民生活・経済・社会が大きな変容を余儀なくされた年であるが,同感染症が我が国の犯罪動向・犯罪者処遇に与えた影響の有無・程度を判断することは尚早と言わざるを得ない。それでも,本白書では,過去のデータと比較・検討する過程を通し,同感染症が与えた影響が間接的に浮き彫りになるように試みた。さらに,令和3年3月には,同感染症の世界的流行により,第14回国連犯罪防止刑事司法会議(京都コングレス)が約1年遅れで開催されたことから,コングレスの歴史や意義に触れ,京都コングレスの概要や成果についても紹介することとした(第7編)。
令和2年を中心とする最近の犯罪動向と犯罪者処遇の実情を扱った本白書のルーティーン部分が,犯罪情勢の定点観測を行うための素材として,効果的な刑事政策の立案の基盤となるとともに,特集部分が,詐欺事犯者の実情を知り,詐欺事犯の防止や再犯防止対策等に関する様々な問題に取り組む上での基礎資料として広く活用されれば幸いである。
終わりに,本白書の作成に当たり,最高裁判所事務総局,内閣府,警察庁,総務省,外務省,財務省,文部科学省,厚生労働省,国土交通省その他の関係各機関から多大な御協力を頂いたことに対し,改めて謝意を表する次第である。
令和3年12月
法務総合研究所長 上冨敏伸