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 昭和39年版 犯罪白書 第一編/第三章/一/2 

2 暴力犯罪の社会的基盤

 民主主義社会においては,いかなる暴力も排除しなければならない。戦後わが国は制度的には民主化されたが,暴力犯罪は跡をたたず,そして,暴力犯罪発生の社会的条件はなお根強く存在しているといわれている。以下そのような条件の若干について簡単に説明する。
 まず指摘されることは,日本人の伝統的な考え方においては暴力をさほど罪悪視しない傾向があり,この傾向が今日なお多数の人々の間に残存しているとされることである。たとえば,一部の学者は一般的に日本人の社会的性格が感情的,攻撃的であり,また権威主義的でもあるとしている。そうだとすれば,これは暴力行為とむすびつきやすいものであり,暴力犯罪発生の条件の一つと考えられる。
 第二は,暴力を暗黙にまたは公然と肯定する各種の不良集団が根強く存在しているという事実である。現に,ばく徒,暴力てきや,愚連隊などと称せられる集団が多くの暴力習癖者を構成員とし,暴力を手段として社会に害悪を及ぼしつつあることは明らかであり,これら集団の存在が多くの暴力犯罪の根源であるといっても過言ではない。
 第三に,青少年の暴力化を予防するための教育的または社会的な働きかけが十分であるかという問題がある。社会的心理的に不安定の青少年が,特有の反抗的破壊的行為に走りやすいことは周知のことであるが,その対策的見地から,従来青少年に民主的国家の一員としての自覚を促し,暴力憎むべしとの生活態度に徹せしめるための教育的または社会的な働きかけが不十分ではないかとされるのである。これに関連することであるが,今日一部のマスコミなどが,青少年の暴力行為をちよう発しつつあるとされている。すなわち,ラジオ,テレビの放送,映画,各種出版物等のうちには,もつぱら営利的立場において暴力行為等を素材とするものがあり,このようないわゆる不良文化財によって未成熟で批判力不十分の青少年が受ける悪影響は看過できないものがあるとされるのである。
 第四に,暴力を助長し,また誘発しやすい不良環境地域が各地に存在することが指摘される。たとえば,多くのいかがわしい盛り場が暴力団や不良青少年のたまり場であり,かれらのそこでの飲洒がしばしば殺傷行為を伴うこと,また,暴力組織はそのような地域をなわ張りとして麻薬密売買,管理売春等の犯罪を反復し,時おりこれらの資金源をめぐって殺傷沙汰に及んでいることなどは人の知るところである。他方,不良住宅地域ないしは一部の港湾,炭坑等の地域についても,暴力集団を発生させ,または青少年を暴力化せしめるなどの特殊事情の存する例が指摘されつつある。
 最後に,わが国の各種制度とその現実の運用との間に存在するいわばずれが暴力行為等のつけこむ余地を生じていることも,時おり指摘されている。すなわち,制度が運用の円滑を欠いたり,またはその他の理由で,一般にとって煩さなものとなる場合には,ややもすれば,人は制度以外の安易な手段によって身近な問題の解決を計ろうとする。そして,そこに暴力行為なりまたは暴力組織なりの介入が生ずるとされ,これに関する若干の具体例も報告されている。
 さて,右のほかにも種々の角度から条件があげられるであろうが,これらの条件は複雑にからみあって暴力犯罪を温存する基盤をなしていると考えられる。そして,これらの条件はそれぞれ深い歴史的,経済文化的な背景を持つものであり,一挙にこれらに抜本的変更を加えることは困難である。しかし,それらの一つ一つをたゆまずに改善することが暴力犯罪絶滅のために緊要であることはいうまでもない。