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治安対策が社会問題としてクローズアップされている。これは,治安に対する国民の意識が「安全」から「不安」へと変化しつつある中で,犯罪の増加や悪質化への危機感が現実味を帯びてきていることの現れであろう。我が国の犯罪情勢は,刑法犯の認知件数が平成8年から連続して戦後のワースト記録を更新し続け,その増加にいまだ歯止めが掛かっていない上,急落した検挙率の回復の歩みは遅い。社会の耳目をしょう動させる凶悪事件が相次いで発生するなど,悪質化も目立ち,その影響が少年犯罪にも深く及んでいると思われる。いかに犯罪を抑止し,減少させて安全な社会を実現・維持するかは我が国にとって重要な課題となっている。
本白書は,このような犯罪の抑止と減少という刑事政策上の視座から,平成14年を中心とした犯罪の動向と犯罪者処遇の実情を概観するとともに,刑法犯の中でも,人の生命を直接侵害しあるいはその危険が高い犯罪であり,現実的にも発生した犯罪の中で最も危険かつ悪質な重大事犯の多くが集約され,それだけに暗数が少ないとされる殺人と強盗(強盗殺人,強盗致死傷,強盗強姦を含む。)という凶悪犯罪を取り上げ,「変貌する凶悪犯罪とその対策」と題して,その実態や背景・要因等を多角的な見地から分析・検討し,その対策への展望を試みた。 これまで近年における犯罪情勢の悪化の実相を明らかにするために,13年版犯罪白書において,「増加する犯罪と犯罪者」と題して主に窃盗に焦点を当て,14年版においては,「暴力的色彩の強い犯罪の現状と動向」と題して,身近な生活場面で生起する強盗,傷害,暴行,脅迫,恐喝,強姦,強制わいせつ,住居侵入及び器物損壊の9罪種に焦点を当て,その特質等の分析・検討を行ってきたところである。しかしながら,統計資料に基づく数値分析にはおのずと限界がある。この数値分析に実証的な調査結果を加え,これらに基づくより深く掘り下げた分析・検討を行うことができれば更に犯罪情勢悪化の実相に迫ることができる。そこで,本白書では,国民が最も関心を寄せる殺人,強盗に焦点を絞り,「地方裁判所で死刑・無期懲役の求刑がなされた重大事犯の動向に関する特別調査」及び「強盗事件を犯す少年の実態とその問題性に関する特別調査」をそれぞれ全国規模で実施するとともに,「最近5年間に東京地方裁判所で有罪判決を受けた来日外国人が関与した強盗事犯の実態調査」を行い,統計資料に基づく数値分析に加え,これらの調査結果を基に凶悪犯罪の実態と背景・要因等を検証・分析することとした。 すなわち,第5編特集の第1章「はじめに」では,犯罪情勢の悪化と国民の不安に触れ,特集のねらいを明らかにした後,第2章「最近における凶悪犯罪の概況」において,凶悪犯罪の全体像を把握するために必要な基本的な統計数値で概観し,第3章「凶悪犯罪の変貌(変化の特質)」では,統計数値の分析及び特別調査から抽出された最近における注目すべき動向と特質を,「若年犯罪者の変貌」,「暴力団と外国人犯罪者の変貌」,「社会的背景とその影響」,「犯罪発生の地域的変動」,「女性・未成年者・高齢者の被害の増加」という5つのキーワードにまとめて,これらの視点から全般的な分析・検討を試みた。次いで,第4章「特別調査―最近の強盗事犯少年の実態及びその問題性」では,その詳しい分析を行い,さらに,第5章「特別調査―重大な凶悪事犯の近年の動向」では,死刑・無期懲役求刑の重大な凶悪事犯について具体例を踏まえつつその実態を分析した。第6章「凶悪犯罪の刑事処分及び処遇の実情」では,これらの凶悪犯罪の刑事処分と犯罪者の処遇の現状を明らかにした上,強盗事犯少年に対する少年院及び保護観察における処遇の実情について事例を紹介しながら詳述した。最後に,「まとめ」として,これらの分析・検討から得られた結果を踏まえて,「対策と課題」についても論及した。 もとより,将来にわたり有効適切な犯罪対策を確立していくには,更なる要因等の分析や詳細な調査研究が必要とされることはいうまでもないところであるが,凶悪犯罪の動向とその分析等を踏まえて対策への展望を試みた本白書が,犯罪の防止と犯罪者処遇に関する刑事政策の進展にいささかでも寄与することができれば幸いである。 終わりに,本白書作成に当たり,最高裁判所事務総局,警察庁,外務省,厚生労働省,総務省,文部科学省その他の関係機関から多大の御協力をいただいたことに対し,改めて謝意を表する次第である。 平成15年11月 鶴田 六郎 法務総合研究所長 |