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 平成 8年版 犯罪白書 第3編/第1章 

第3編 凶悪犯罪の現状と対策

第1章 はじめに

 我が国は,終戦直後の混乱期には犯罪の激増を経験したものの,昭和の終わりから平成の初めにかけては,世界でも最も安全な国の一つと言われるほどに,治安状況の良好な社会を実現したとされていた。
 ところが,ここ数年の統計数値によると,平成に入ってからも戦後の最低件数を更新し続けていた殺人の認知件数は4年以降漸増に転じ,元年には戦後最低を記録した強盗の認知件数も2年以降増加の兆しを示している。
 さらに,最近発生した個々の事件に目を向けると,前例を見ないほど残忍・凶悪な様相を呈しているものもある。その例を挙げると,第一には,オウム真理教関係者らによるとされている一連の事件がある。平成7年3月20日朝の出勤時に,東京都内の地下鉄線3路線において,車内等で毒物のサリンを発散させて多数の通勤客等を死傷させた無差別大量殺人事件が発生したのを始め,これに先立ち,6年6月27日夜に長野県松本市内で発生した同じくサリンによる無差別大量殺人事件,その他数多くの殺人等の事件が,同教団関係者の犯行として訴追され,その裁判が進行中である。第二には,近年,銃器が暴力団関係者以外の一般人にまで拡散し始め,銃器による殺人事件等が各地に発生し,被害者にも一般市民が巻き込まれる傾向がうかがわれるなど,市民生活の安全と平穏を脅かす深刻な事態の発生が憂慮されている。7年3月30日朝,出勤途上の警察庁長官が銃器で狙撃され,重傷を負わされた事件や,同年7月30日夕刻,東京都八王子市内のスーパーマーケット事務所において,アルバイトの高校生2人を含む女子従業員3名がけん銃で射殺された事件等で受けた一般市民の衝撃は,上記の無差別大量殺人事件等に劣らず,計り知れないものがあるといえよう。
 このような状況下にあって,近年の殺人及び強盗の増加の兆候,この種の事件及び犯罪者の特質等を探り,良好な治安を図るために有効適切な対応策を講じる上では,過去の同種犯罪の動向とその特質を分析することも意義あることと思われる。そこで,本白書は「凶悪犯罪の現状と対策」という特集を組むこととした。
 なお,犯罪白書では,殺人と強盗の二つの罪を「凶悪犯」に分類して取り扱ってきている。そこで,本編の特集においても,「凶悪犯罪」とは,殺人(自殺関与及び同意殺人のほか,未遂及び予備を含む。)及び強盗(準強盗・強盗致死傷及び強盗強姦・同致死のほか,未遂及び予備を含む。)の両犯罪をいうこととし,これら罪名に係る事件を「凶悪事犯」と呼ぶこととした。
 このような取り扱いは,人の生命を直接の侵害対象とする殺人や強盗殺人はもとより,間接的にせよ,生命への危険性が極めて高い強盗を「凶悪犯罪」として評価することの実質的正当性によって支えられるばかりでなく,過去の裁判例において,死刑又は無期懲役刑が科せられることが多い罪は,殺人罪,強盗致死罪及び強盗強姦致死罪であることによって,客観的にも,裏付けられているということができよう。
 また,本編の特集においては,各種統計資料によって近年における凶悪犯罪の動向と犯罪者の特質,処分や科刑の状況,長期刑受刑者の処遇の実情等について分析するとともに,法務総合研究所が実施した4種の特別調査の結果を紹介することとした。これら特別調査は,[1]殺人又は強盗致死等で死刑又は無期懲役刑が確定した者に係る凶悪事犯の実態及び量刑,[2]凶悪事犯で長期刑が確定して受刑している者の特性及び処遇経過等,[3]少年鑑別所を出所した凶悪事犯に係る少年の特性等,及び[4]無期懲役刑が確定した凶悪事犯の被害者の遺族の被害感情等に関するものである。
 さらに,本編の特集では,上記[4]の特別調査の対象ともされている凶悪事犯の被害者及びその遺族についても焦点を当てて,犯罪被害と被害救済の実情等をも論じることとするとともに,諸外国における凶悪犯罪の現状,被害者援護施策の状況及び凶悪犯罪の科刑状況等についても紹介し,我が国と比較することを試みた。
 これらの結果に基づき,本編は,「第1章 はじめに」,「第2章 凶悪犯罪の動向」,「第3章 凶悪犯罪と検察」,「第4章 凶悪犯罪と裁判」,「第5章 凶悪犯罪と成人矯正」,「第6章 凶悪犯罪と少年矯正」,「第7章 凶悪犯罪と更生保護」,「第8章 凶悪犯罪の被害と被害者」,「第9章 諸外国における凶悪犯罪の現状」及び「第10章 むすび」の10章で構成されている。