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今から丁度10年前に発行された昭和61年版犯罪白書の「はしがき」では,「我が国における最近の犯罪情勢」について,「全体として見れば,おおむね平穏に推移しており,我が国の特殊な環境に適合した刑事政策の成果として,世界各国の注目を集めているところである。」と記述されている。当時の我が国は,終戦直後の混乱期には犯罪の激増を経験したものの,やがて世界でも最も安全な国の一つと言われるほどに犯罪情勢の著しい安定と良好な社会を実現し得たといわれていた。そして,これは,我が国の文化,伝統,国民性,地理的条件等の諸要因によるところが大きいと考えられるほか,国民の経済生活水準,生活環境等の諸条件が向上し安定していることや,刑事司法諸機関の働き,すなわち,犯罪の的確な検挙,公正な裁判の実現,犯罪者に対する適切な施設内及び社会内処遇の実施等へ向けた種々の努力に負うところも少なくなく,これに対する市民の信頼と積極的な協力があったことも挙げることができ,これらが犯罪防止と犯罪者処遇に有効に機能している成果であるとの分析もなされていた。
統計資料による限り,ここ数年にわたる犯罪情勢全般を見ると,全体として顕著な変動はない。しかしながら,現在関係者の裁判が係属中でもあるオウム真理教関係者によるとされる一連の無差別大量殺人事件等に加え,銃器を使用し,一般市民を被害者とする強盗殺人事件や,要人を標的にしたテロ型の発砲事件等,市民に危機感を与える極めて重大な各種凶悪事犯が頻発しており,新たな質的変化が凶悪事犯あるいはそれらを生ぜしめた社会の側にも生じていることも考えられ,量的な統計数字では把握できない状況の分析もおろそかにするべきではない。 このように殺人,強盗という凶悪事犯が,,我が国の社会及び刑事司法に対し,極めて深刻な影響を与えているという最近の犯罪情勢にかんがみると,刑事司法に関係する諸機関はもちろん,一般市民もともに手を携えて,このような事態に,有効適切に対応し,良好な治安の維持を図るため,懸命の工夫と努力を尽くすことが求められているように思われる。 このような観点から,本白書においては,平成7年を中心とした最近における犯罪動向と犯罪者処遇の実情を概観するとともに,特集として「凶悪犯罪の現状と対策」を取り上げ,人の生命を直接の侵害対象とする殺人や,生命への危険性が極めて高い強盗に焦点を絞り,凶悪犯罪全体としての犯罪傾向,犯罪者の特質・背景,犯罪者に対する処遇の実情並びに社会の対応及び被害者の状況等について,必要な分析を加えつつ現状を紹介することによって,この種犯罪の防止と犯罪者の処遇のためにより効果的な対策を講ずる上での資料を提供しようと試みた。 もとより,有効適切な凶悪犯罪対策を確立するためには,この種の凶悪犯罪の発生,増加をもたらす各種の要因の分析等,今後に引き継ぐべき課題は少なくなく,特に各個別事象に着目した,より詳細な調査・研究が待たれるのであるが,本白書が,そのような今後の調査・研究のための基礎資料となり,凶悪犯罪を含めた犯罪の防止と犯罪者処遇の進展にいささかでも寄与することができれば幸いである。 終わりに,本白書作成に当たり,最高裁判所事務総局,警察庁,外務省,厚生省その他の関係機関から多大の御協力をいただいたことに対し,改めて謝意を表する次第である。 平成8年10月 吉 村 徳 則 法務総合研究所長 |