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我が国は,諸外国と比較し,治安が極めて良好であると言われて久しいが,最近に至り,宗教団体関係者によるとされる特異・重大な犯罪が次々と検挙・起訴されるなど,我が国の犯罪学の分野においてはこれまでほとんど論じられることがなかった新たな状況が現出している。もちろん,これらの事件については,今後の捜査・公判による真実の解明を待たなければ,軽々にその分析,評価等をすることはできないが,平和で安全な社会を維持するためには,犯罪の防止に向けて不断の努力を重ねなければならないことを銘記する一つの契機であろう。
ところで,薬物犯罪は,その性質上顕在化しにくい上,薬物濫用者の心身の荒廃にとどまらず,その家族や社会に多大の害悪をもたらす許容し難い犯罪である。犯罪白書は,昭和57年版において,覚せい剤取締法違反事件を中心とした薬物犯罪に焦点を当て,当時における薬物犯罪の動向,薬物犯罪者の特質,その処遇の実態等に関する資料を提供したが,その後13年間の薬物犯罪情勢を顧みると,覚せい剤取締法違反事件は減少してはいるものの,依然として高い水準を続け,麻薬及び向精神薬取締法違反事件・大麻取締法違反事件は増加し,あへん法違反事件は一時減少したものの,最近に至って増加傾向に転じ,毒物及び劇物取締法違反事件も少年を中心として高い水準にあるほか,来日外国人による事犯が増加傾向にあり,薬物濫用の影響による副次的な犯罪や事故も後を絶たないなど,なお警戒すべき状況にあると思われる。しかも,覚せい剤等の薬物は,暴力団の有力な資金源として組織の維持・拡大に供されていると目されていることからすると,薬物犯罪への的確な対処は,暴力団対策としての意義をも有するものと考えられる。 また,国際社会においても,薬物濫用問題は極めて重要な今日的課題として取り上げられており,国連,先進国首脳会議等において種々の議論がなされ,薬物の規制に係る国連条約の採択等が行われている。 我が国は,これまで,度重なる薬物犯罪取締法令の改正等により,時々の薬物犯罪情勢に対応してきたが,薬物濫用問題に関する国際的動向に呼応し,平成3年には,いわゆる麻薬特例法が制定されて,国際的なコントロールド・デリバリーの実施を可能とする規定,マネー・ローンダリングの処罰に関する規定,不法収益の必要的没収・追徴規定等薬物犯罪に対処するための新たな法的手段が整備され,その運用が定着しつつある。 このような現下の犯罪情勢や国際的動向等にかんがみ,本白書においては,平成6年を中心とした最近における犯罪動向と犯罪者処遇の実情を概観するとともに,特集として「薬物犯罪の現状と対策」を取り上げ,当研究所が実施した特別調査結果をも踏まえ,主として昭和57年以降の我が国における薬物犯罪の動向とその背景,処分や科刑の状況,処遇対象者の処遇の実情等について分析するとともに,薬物濫用問題の国際的動向や諸外国における薬物規制法制と薬物犯罪の現状についても紹介し,薬物犯罪防止のため,より有効適切な対策を講ずる上での資料を提供しようと試みた。 本白書が,薬物犯罪の防止等を含め,犯罪の防止と犯罪者処遇の進展にいささかでも寄与することができれば幸いである。 なお,第132回国会において,「刑法の一部を改正する法律」(平成7年法律第91号)が成立して本年6月1日から施行され,刑法における表記の平易化等が行われたことから,本白書においては,刑法の罪名については,新しい刑法の表記に従って記述している。 終わりに,本白書作成に当たり,最高裁判所事務総局,警察庁,外務省,厚生省その他の関係機関から多大の御協力をいただいたことに対し,改めて謝意を表する次第である。 平成7年10月 日 野 正 晴 法務総合研究所長 |