第6章 むすび 一般社会の高齢化を反映して,犯罪者の中に占める60歳以上の高齢者の割合は,少なくとも昭和40年代から既に増加傾向を示しており,その意味で,犯罪者の高齢化は,既に始まっている。 検挙・検察・裁判 交通関係業過を除く刑法犯検挙人員のうち,成人検挙人員のみの年齢層別構成比を見ると,昭和41年から平成2年までの四半世紀間に,40歳以上の者の構成比は20.9%から45.1%に上昇しており,また,そのうちの60歳以上の高齢者の構成比は2.9%から8.3%へと上昇している。 業過を除く刑法犯の犯時20歳以上の起訴人員中,犯時40歳以上の者の構成比は,昭和41年以降最低値を示した44年及び45年の15.2%から最高値を示した平成2年の38.3%まで,また,犯時60歳以上の高齢者の構成比は,昭和41年以降最低値を示した44年の1.3%から最高値を示した平成2年の3.1%まで,それぞれ上昇傾向を示している。犯時20歳以上の起訴人員に占める犯時40歳以上の者の割合や犯時60歳以上の高齢者の割合が,対応する各年齢層の検挙人員の成人検挙人員全体に占める各割合よりも低くなっているのは,30代から上の年齢層の被疑者については,被疑者の年齢層が高くなればなるほど,検察官による起訴猶予処分の比率が高まるからである。 最近における公判請求人員の中で犯時60歳以上の高齢者が最も多い罪名は,窃盗であり,次いで,詐欺,傷害,殺人の順となっている。 最高裁判所から提供を受けた資料により,窃盗及び詐欺について見ると,被告人の年齢層が高くなるにつれて実刑率が高くなっている。その最大の原因として考えられることは,検察官において年齢層の高い被疑者ほど起訴を猶予するの七,いきおい,起訴された者は,その年齢層が上昇するにつれ実刑前科者率も上昇するため,裁判所は,刑法25条の制約,すなわち,前に禁錮以上の刑に処せられたことがある者の場合には,その執行を終わり又はその執行の免除を得た日から5年以内のときは執行猶予の判決を言い渡すことができないという制約から,実刑判決を言い渡さなければならない場合が多くなるということである。 このようなことなどのため,窃盗や詐欺では,第一審で実刑判決を受けた者の中で40歳以上の者が占める割合も,そのうちの60歳以上の高齢者が占める割合も,共に上昇しており,平成元年では,窃盗の実刑人員中,40歳以上の者は42.0%,そのうちの60歳以上の高齢者は3.7%であり,詐欺の実刑人員中,40歳以上の者は60.0%,そのうちの60歳以上の高齢者は7.6%であって,両罪名の間には相当な開きはあるものの,いずれも実刑人員の中で高齢者及びこれに準ずる年齢層の者はかなりの割合を占めており,高齢化が進んでいることが明らかになった。 矯 正 次に,矯正の分野においては,新受刑者の年齢層別構成比の推移を見ると,40歳以上の者の構成比は,昭和41年以降,ほぼ一貫して上昇し続けており,平成2年には47.7%と,5割に近づき,60歳以上の高齢新受刑者の構成比も,同年には3.9%に達している。さらに,高齢化の傾向は,年末在所人員の方により顕著に現れており,平成2年には,40歳以上の者の構成比が52.8%,そのうちの60歳以上の高齢受刑者の構成比が5.0%となっている。 これは,60歳以上の高齢者の人口構成比が我が国より高いスウェーデン,イギリス,ドイツ及びフランスでさえ,成人受刑者中に占める60歳以上の高齢受刑者の在所人員構成比が最近の統計によってもせいぜい最高で1.3%(1988年3月31日現在のドイツ)にすぎず,40歳以上の受刑者の在所人員構成比でもせいぜい最高で25.0%(前同日現在のドイツ)にすぎないことと比較すると,はるかに大きな数値であり,我が国の行刑施設の中ではこれらの国々よりも高齢化が進んでいる,ことが判明した。 平成2年における60歳以上の高齢新受刑者の罪名別人員を見ると,窃盗が最も多く,次いで,詐欺,覚せい剤取締法違反,道路交通法違反,殺人の順となっている。 法務総合研究所が平成2年度(会計年度)に行刑施設45庁において入所時教育を受けた3,181人の新受刑者を対象として行った調査の結果によると,50歳以上の新受刑者の窃盗の手口は,初入者では万引きが,再入者では空き巣ねらいが,それぞれ多い。また,50歳以上の新受刑者の詐欺の手口を見ると,初入箸では再入者に比べて無銭飲食が極めて少ない反面,寸借詐欺とか月賦詐欺というような従来からある詐欺の類型には当てはまらないものが多い。これまで,年齢の高い者による詐欺というと,累犯者による無銭飲食が多いと思われがちであり,実際,今回の調査によっても,再入者についてはまさにそのとおりであることが確認できたが,同時に,詐欺による新受刑者で50歳以上の者の中には,相当数の初入者が含まれており,しかも,このような初入者による加害額は1,000万円を超える場合が多いなど,50歳以上の新受刑者の詐欺の形態は,多様化していることがうかがわれる。 家族との関係について,行刑施設の職員が「家族から既に見放されている」,「一家離散」又は「天涯孤独」と評定した新受刑者の構成比は,新受刑者の年齢層が上がるにつれて高まり,50歳以上の新受刑者では,初入者の場合で合計19.7%に,また,再入省の場合で合計44.9%に,それぞれ達している。このため,更生保護会を帰住先とする者が多い。 法務総合研究所が行った調査のうち,上記新受刑者3,181人に対して実施したアンケート方式による意識調査の結果によると,今回受刑するに至った原因としては,50歳以上の新受刑者では,経済的困窮を意識する者が少なくない上,アルコール,覚せい剤又はかけ事といったし癖等を意識する者も目立ち,また,50歳以上の初入者には,やや反省の程度の低い者が見受けられた。また,50歳以上の新受刑者のうち,初入者は,老後の生計について備えがあると意識している者が多いのに比べ,再入省は,老後の生計について見通しをもたないか福祉に頼る考えをもっている者が多いことが分かった。 他方,60歳以上の高齢受刑者の処遇については,各施設ごとに,その高齢受刑者の特性に応じた配慮がなされており,[1]作業時間を一般受刑者の8時間ではなく6時間とする,[2]紙細工など軽作業を課する,[3]成人病の早期発見に努める,などの措置が採られているし,また,医療刑務所及び医療センターにおける医療の水準は,一般社会における病院と何ら異なることはない。しかし,最近における40歳以上の受刑者の増加を反映して,同年齢層の休養患者(医師の診療を受けた被収容者のうち医療上の必要により病室又はこれに代ちる居室に収容されて治療を受けた者)の数は,増加している上,同年齢層中特に50代の受刑者に病死者が増加している。死亡者のほとんどが男子であり,男子受刑者の死亡率(男子年末在所受刑者1,000人当たりの男子死亡受刑者数)は,日本人男子の死亡率より低いが,昭和46年の1.25から平成2年の2.54まで,上昇傾向にある。 更生保護 また,更生保護の分野においても,保護観察新規受理人員のうち仮出獄者の場合と保護観察付執行猶予者の場合の両方において,高齢化が始まっているが,その程度がより大きいのは,仮出獄者の方である。仮出獄者中に占める40歳以上の者の構成比は,昭和41年には16.3%であったのが,平成2年には,46.5%まで上昇している。 法務総合研究所が行った調査の結果によると,保護観察官は,60歳以上の高齢保護観察対象者の保護観察上の主要な問題点を,病弱と貧困であると分析している。60歳以上の高齢仮出獄者の8.8%及び60歳以上の高齢保護観察付執行猶予者の30.3%が,生活保護を受けているのが現状である。 高齢の仮出獄者の中には,更生保護会在会者が多く,かつ,人員においても増加している。 法務総合研究所が,昭和54年2月15日現在及び平成2年9月1日現在の全国の更生保護会に在会している者について行った調査によれば,平成2年には,昭和54年に比べ,50歳未満の在会者の構成比が下降し,かつ,人員も減少しているのと対照的に,50代及び60歳以上の在会者の構成比がそれぞれ上昇し,かつ,人員においても,それぞれ増加している。また,平成2年9月日に在会しており,かつ,3年3月1日現在なお引き続き在会している者の在会期間を年齢層別に見ると,成人在会者では,年齢層が高くなるほど在会期間の長い者の構成比が高くなり,60歳以上の高齢在会者では,3年以上在会している者が21.4%に達している。また,在会者の健康状態を年齢層別に見ると,虚弱と判定される者の構成比は,年齢層が上がるにつれて上昇し,60歳以上の高齢在,会者では,23.3%に上っている。 更生保護会は,もともと,犯罪者が身柄の拘束を解かれた直後の困窮状態から再犯に至るのを防止するため,6か月という短期間,一時的な居所を提供して早期の自立更生に向けて指導援助することを目的とするものであるが,高齢者の増加に伴い,身寄りもなく,かつ,健康上の問題を抱えた者が増加したことなどが原因で,このような者を長期間在会させざるを得なくなってきているのである。 被害者 以上,犯罪者を高齢化という観点から分析したが,犯罪の被害者に目を転じてみると,高齢化の傾向が最も顕著なのは,交通事故による死亡者においてである。歩行中及び自転車乗車中に交通事故により死亡した者に占める60歳以上の高齢者の割合を昭和48年と平成2年とで比較してみると,歩行中の死亡の場合,昭和48年には39.5%で,平成2年には56.2%,自転車乗車中の死亡の場合,昭和48年には39.3%で,平成2年には56.1%となっており,いずれもその間,起伏はあるが増加傾向を示しているのである。もちろん,交通事故による死亡者は常に被害者であるわけではなく,死亡者に過失が認められる場合もあるが,そのことを考慮に入れても,歩行中あるいは自転車乗車中死亡する被害に遭う者の中で60歳以上の高齢者が占める割合は極めて高くなっているといえよう。次に,平成2年における交通関係業過を除く刑法犯の認知件数中,特定の被害者が存在しないものや被害者が法人その他の団体であるものを除いた件数について,主たる被害者の年齢を主要罪名別に見ると,被害者の中で60歳以上の高齢被害者の占める割合が最も高い罪名は,放火(28.0%)であり,次いで,詐欺(19.6%),占有離脱物横領を除く横領(19.0%),住居侵入(16.2%),殺人(12.8%),強盗(11.5%)などとなっている。 今後の研究課題 法務総合研究所は,これまでに述べたような各種の調査を実施することにより,「高齢化社会と犯罪」という問題を,できる限り多角的に調査し,その結果を報告することに努めたが,この種の問題に正面から取り組んだのは,今回が初めてであり,十分な分析ができたとは言い難い。特に,我が国より人口が高齢化している西欧諸国において,60歳以上の高齢受刑者の構成比がなぜ我が国より低いのかという点については,これからの総合的な研究にまたねばならない。 今後当分の間は,人口の高齢化が進み,それにつれて,犯罪者の高齢化も被害者の高齢化も進むものと予測される。法務総合研究所としては,本白書を出発点として,今後とも,この問題の調査研究を進め,施策の充実に資したいと念願している。
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