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 平成 元年版 犯罪白書  

はしがき

 本白書は,昭和63年を中心とした最近の犯罪動向と犯罪者処遇の実情を概観するとともに,特集として「昭和の刑事政策」を取り上げ,昭和時代における犯罪情勢の推移とこれに対する刑事政策の変遷等を考察している。
 昭和64年1月7日をもって,激動と波乱の昭和の時代は終わり,平成の世を迎えた。顧みると,我が国は,昭和初期の世界大恐慌に続く経済不況から,議会政治の衰退と政治不安の時代を経て,満州事変・日中戦争から第二次世界大戦に突入し,やがて敗戦を迎え,戦後の廃きょと混乱の中から,奇跡的な経済復興と社会の安定を成し遂げ,経済の高度成長の時期を経て安定成長の時代に移り,世界有数の経済大国を築き上げてきたのである。
 犯罪情勢も,このような著しい社会的・経済的変動に応じて変転しており,戦前の経済不況期における犯罪の増加,戦時中の減少に続いて,終戦後の混乱期には,史上最悪ともいえる犯罪の激増を経験した。その後,経済の復興と社会秩序の回復につれ,犯罪は漸減していったが,やがて,急速な経済の発展と都市化の進展等に伴い,交通関係犯罪,少年非行,財産犯等が再び増加傾向を示し,63年には刑法犯は昭和時代の最高値を記録するに至った。しかし,質的に見れば,業務上過失致死傷を除く刑法犯の検挙人員の約5割は少年が占め,凶悪犯・粗暴犯の約2割ないし6割は暴力団関係者であり,覚せい剤事犯も多発し,過激派による爆弾事件等は一層凶悪化するなど,平成の時代に持ち越された課題も少なくないとはいえ,件数の増大自体は交通事犯や比較的軽微な窃盗・占有離脱物横領等の増加によるものであり,凶悪犯・粗暴犯等は減少傾向にあるので,欧米諸国と比べれば,全体として安定した犯罪情勢といえる。
 昭和時代の刑事政策も,これらの犯罪情勢の変化に対応して,しかも,その時代の法制度,犯罪取締りや犯罪者処遇の基本方針,国民の法意識等とも関連しながら,変遷を続けた。特に,戦後,新しい憲法が制定されて法律制度が大変革を遂げ,これに基づく新理念を基調とする犯罪の防止及び犯罪者の処遇が行われ,終戦直後の治安の悪化した激動期を克服し,その時々の犯罪情勢に応じた効果的な諸施策を実施してきた。犯罪の発生に関連する諸条件を子細に検討すれば,犯罪抑止要因は今や減少傾向にあり,犯罪発生要因はその増大が懸念されるなど将来への問題を抱えているとはいえ,昭和の末には,世界でも最も安全な国の一つといわれるほど,治安情勢の良好な社会を実現し得たのである。
 このように,昭和時代の犯罪情勢とこれに対する刑事政策は,平成の犯罪動向を占う不可欠の資料であり,その刑事政策を一層効果あらしめるための貴重な先例である。このような観点から,本白書では,各種統計資料に基づく巨視的観察により,昭和の犯罪動向と刑事政策を概観し,必要な分析を加えたものである。もとより,その総合的研究を完結させるためには,各時期における主要重大事件の分析,社会変動と特定の犯罪の増減との関係の解明,実施された具体的諸施策の効果の追跡調査など,個別分野での詳細な研究が望まれるところであり,本白書作成の過程で認識された新たな研究対象も少なくなく,今後の研究に待たねばならないのであるが,本白書がこれらの研究に必要な基礎資料ともなり,新しい時代の刑事政策の発展のために活用されること期待するものである。
 終わりに,本書を作成するに当たって,法務省各部局はもとより,最高裁判所事務総局,警察庁その他の関係機関から協力と援助を受けたことに深く謝意を表し,あわせて,本書に関する責任は,専ら当研究所にあることを明らかにしておきたい。
平成元年10月
敷 田 稔 法務総合研究所長