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この白書は,昭和62年を中心とした最近の犯罪動向と犯罪者処遇の実情を概観するとともに,特集として,刑事政策上の重要課題である累犯対策に資するために,常習的累犯者すなわち犯罪を繰り返す人々の問題を取り上げている。
最近における我が国の犯罪情勢は,おおむね平穏に推移しており,これは,我が国の国民性,地理的条件等の諸要因のほか,国民の経済状態,生活環境等の諸条件が向上し安定していることや,刑事司法諸機関の働きが犯罪防止と犯罪者処遇に有効に機能している成果でもあると思われる。ただ,このような一般情勢の中にあっても,交通関係業過を除く刑法犯の検挙人員中の少年の比率は4割6分にも達するに至り,覚せい剤事犯はなお多発し,一般大衆を被害者とする組織的詐欺事犯が増加しているほか,過激派の爆弾事件や暴力団の抗争事件に見られる凶悪化など,今後とも警戒を要する一面があるように思われる。また,累犯問題に目を向けると,毎年,通常第一審裁判所で有罪判決を受ける者の約6割5分が前科者であり,しかも,近年においては,多数回の前科や受刑歴を有する者の比率が増加傾向にあるなど,犯罪を繰り返す人々の現状についても軽視できないものがあると言えよう。 このような累犯者に対する対策は,古くから刑事政策上の重要かつ困難な課題とされてきた。法務総合研究所では,既に,昭和53年版犯罪白書において累犯問題を取り上げ,その実態と対策を論じたのであるが,我が国の累犯現象は,それ以降においても全面的には好転しているとは言えない状況にある。そこで,本白書では,改めて,有効・適切な累犯対策を確立するための資料を提供することを目的として,犯罪を繰り返す人々について各種の実態調査を行うとともに,初めての試みとして,コンピュータに入力されている犯歴資料を利用し,相当程度に犯罪傾向の進んだ前科10犯以上の者全員を対象として様々な分析を行い,その人格特性や犯した犯罪,これに対する科刑や処遇等の実態を明らかにし,紹介することとした。 これらの調査等により,累犯問題に関して,これまで知られなかった部分が明らかにされるなど,多くの新しい分析結果が提示されている。その詳細については,本文により承知されたいが,注目すべき若干の事項を摘記すると,依然として特定の危険な犯罪を繰り返すほぼ一定数の者がいること,また,道交違反の罰金前科を除いた場合に,昭和62年5月現在の我が国で前科10犯以上を有する者は約4万6,000人であり,前科者総数中に占める比率は少ないが,その犯した犯罪総数は多く,市民生活にかなりの被害と脅威を与えていること,これらの犯罪者は,その8割弱の者が25歳未満で犯罪生活に入っているが,同一犯罪のみを繰り返す者は少数で,むしろ多様な犯罪を行うようになる者が多く,さらに,これらの犯罪者を類別すると,社会生活に適応できずに比較的軽微な財産犯を繰り返す者がいる反面,積極的に利得を求め職業的に財産犯を反復する者もいるほか,性格の偏りなどの人格的要因や暴力団に所属していることなどのため粗暴犯や凶悪犯を繰り返す者も多く,その他,薬物依存のためや暴力団の資金源として覚せい剤事犯を反復する者がいることなど,各種の累犯者の実態が明らかにされた。これらの実情を踏まえ,特に重要な初犯時の対策を含めて,それぞれの特性に応じた適正な科刑や処遇が必要とされよう。これらの調査結果が,累犯対策の進展のために何程かの寄与をなし得るとすれば幸いである。 終わりに,本書を作成するに当たって,法務省各部局はもとより,最高裁判所事務総局,警察庁その他の機関から協力と援助を受けたことに深く謝意を表し,併せて,本書に関する責任は,専ら当研究所にあることを明らかにしておきたい。 昭和63年10月 井 上 五 郎 法務総合研究所長 |