昭和56年から60年までの5年間に，検察庁で不起訴処分に付された被疑者のうち，精神の障害のために心神喪失又は心神耗弱と認められた者は，合計3,685人であり，第一審裁判所で心神喪失を理由として無罪となった者又は心神耗弱を理由として刑を減軽された者は，合計536人である(I-44表参照)。法務総合研究所では，法務省刑事局が精神障害のある犯罪者の実態を知るために調査・収集した上記総計4,221人についての資料を分析し，精神障害のある犯罪者の特色を見ることとした。なお，本項においては，特に傷害致死を傷害から区別して取り扱う。

I-43表　罪名・精神障害名別人員

(1)　罪名・精神障害名
　I-43表は，上記対象者の犯した罪名と精神障害名との関係を見たものである。罪名別では，殺人(937人)，傷害(610人)，放火(596人)などが多い。また，精神障害名別の構成比においては，精神分裂病が55.5%と最も高く，以下，アルコール中毒12.7%，そううつ病7.4%，覚せい剤中毒5.4%の順となっている。特に，精神分裂病は，精神障害者が犯した各罪名別に見ても，その構成比が最も高く，殺人で55.5%，強盗で60.0%，傷害で60.3%，傷害致死で54.5%，強姦・強制猥褻で58.7%などとなっている。

I-44表　罪名・精神障害名別処分結果

(2)　処分結果
　上記対象者について，罪名別及び精神障害名別に不起訴処分及び裁判結果を見たものがI-44表である。検察庁及び裁判所で心神喪失と認められて不起訴又は無罪となった者は合計2,096人であり，罪名別に多い順から見ると，殺人767人，放火428人，傷害285人などとなっており，精神障害名別では，精神分裂病1,388人が最も多く，次いでアルコール中毒196人，そううつ病166人となっている。
(3)　本件罪名と直近の前科前歴の罪名
　上記対象者4,221人中，1,861人が前科前歴を有するが，このうち523人は，直近の前科前歴となった犯行の際にも精神障害者と認められた者である。I-45表は，この523人について，本件罪名と直近の前科前歴となった事件の罪名との関係を見たものである。本件罪名と直近の前科前歴の罪名が同じ者は，殺人で53人中13人(24.5%)，強盗で23人中6人(26.1%)，傷害で94人中21人(22.3%)，強姦・強制猥褻で19人中7人(36.8%)，放火で42人中8人(19.0%)である。なお，他人の生命・身体に対して危害を加える犯罪である殺人，傷害，傷害致死の3罪名を包括して見ると，本件と直近の前科前歴の罪名が合致する者は，154人中34人(22.1%)となっている。

I-45表　本件罪名と直近前科前歴罪名との関係

(4)　犯行時の治療状況
　上記対象者4,221人中，本件犯行時において治療の有無が明らかであるのは3,856人である。I-46表は，この3,856人について，犯行時までの治療状況を見たものである。総数では，現に治療中の者が1,242人(32.2%)で，残りの2,614人(67.8%)は治療を受けておらず，そのうち，1,224人は犯行前5年間に治療歴がありながら，犯行時には治療を受けていなかった者である。罪名別に見ると，殺人，強盗，傷害致死といった重大犯罪においては，犯行時に治療中であった者の比率が比較的高く，それぞれ40.5%，43.3%，40.5%となっている。

I-46表　罪名別犯行時の治療状況

(5)　犯行前の入院歴・措置入院期間・出院時の病状・出院から犯行までの期間
　I-47表は，上記対象者4,221人中，重大犯罪と認められる殺人，強盗，傷害，傷害致死，強姦・強制猥褻及び放火を犯した者2,469人について，精神障害名別に入院歴の有無を見たものである。総数では，入院歴のある者は1,286人(52.1%)で，措置入院歴者は201人(8.1%)となっている。これを精神障害名別に見ると，入院歴のある者の比率は，精神分裂病の61.8%が最も高く，次いで，アルコール中毒の48.7%，精神病質の42.9%の順になっている。措置入院歴者201人について，その措置入院回数を見ると，1回の者が147人，2回の者が26人，3回以上の者が28人で，その延べ回数は298回となっている。

I-47表　精神障害名別入院歴

　そこで，この201人の延べ298回の入院について，措置入院の期間を見たのがI-48表である。6月以下が143回(48.0%)と多数を占め，1年を超えるものは98回(32.9%)である。精神障害名別に見ると，てんかんと覚せい剤中毒において6月以下の比率が高く，それぞれ100.0%，80.0%となっている。精神分裂病も40.6%は6月以下であり，1年を超える者は37.2%にすぎない。

I-48表　措置入院歴者の措置入院期間

I-49表　入院歴者の直近退院時の病状及び犯行までの期間

　I-49表は，上記対象者4,221人中，入院歴のある者のうちで，本件犯行前に退院した2,096人について，直近退院時における病状及び直近退院時から本件犯行までの期間を見たものである。
　直近退院時に未治癒であった者は，病状不明を除く1,542人中401人(26.0%)である。同様にして罪名別に見ると，殺人では345人中92人(26.7%)，強盗では55人中15人(27.3%)，傷害では236人中59人(25.0%)，傷害致死では21人中7人(33.3%)，強姦・強制猥褻では40人中10人(25.0%)，放火では201人中55人(27.4%)，その他の罪では644人中163人(25.3%)となっている。また，同様の方法で措置入院者に限って見ると，殺人で38人中10人(26.3%)，傷害で34人中5人(14.7%)，放火で21人中4人(19.0%)が，それぞれ未治癒となっている。
　直近退院から本件犯行までの期間を見ると，6月以下が682人(32.5%)，6月を超え1年以下が340人(16.2%)で，退院後1年以内に本件犯行に及んだ者は48.8%となっている。これを措置入院に限って見ると，6月以下が39.5%，6月を超え1年以下が17.2%で，1年以下の合計は56.7%となっており，措置入院歴者の犯行までの期間が短いことが注目される。
　このように未治癒で退院している者が26.0%もある上，退院後1年以内に犯行に及んでいる者が総数で5割近く，措置入院歴者で6割弱もあることは，犯罪防止の面から見てかなりの問題があるといえよう。
(6)　犯行後の精神衛生法による取扱い状況
　I-50表は，上記対象者の本件犯行後の治療状況を罪名別及び精神障害名別に見たものである。罪名別に見ると，措置入院となった者は，殺人で579人(61.8%)，強盗で65人(44.8%)，傷害で318人(52.1%)，放火で313人(52.5%)などである。また，本件犯行後全く治療を受けていない者が，殺人で36人(3.8%)，傷害で36人(5.9%)，放火で39人(6.5%)いる。次に精神障害名別に見ると，措置入院となった者は，精神分裂病で1,323人(56.5%)，そううつ病で125人(40.2%)，てんかんで25人(26.9%)，アルコール中毒で191人(35.6%)，覚せい剤中毒で81人(35.4%)などとなっている。

I-50表　罪名・精神障害名別犯行後の治療状況