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この白書は,昭和60年を中心とした最近の犯罪動向と犯罪者処遇の実情を概観するとともに,犯罪による被害及び被害者の問題に焦点を当てている。
我が国における最近の犯罪情勢は,暴力団による犯罪の凶悪化や覚せい剤事犯のまん延など,楽観を許さない一部側面はあるものの,全体として見れば,おおむね平穏に推移しており,我が国の特殊な環境に適合した刑事政策の成果として,世界各国の注目を集めているところである。 ところで,近代刑事政策の動向を見ると,犯罪の防止や犯罪者の処遇に重点がおかれがちで,その反面,被害の原因究明や被害者の保護・救済という問題に対しては比較的関心が薄く,この問題が置き去りにされて来た感があるように思われる。しかし,刑事政策上重要な役割を果たす刑事司法は,被害を受けた国民から私的報復手段を取り上げて,国家が独占したことによって始まったものであり,被害及び被害者の問題を離れて存立し得るものではない。現代においても,犯罪に対する国民の関心の多くは,被害にあわないためにはどうすべきかということもさることながら,不幸にして被害にあった場合及びその者の慰謝ないし救済がどのように行われるかということにあると思われる。改めていうまでもなく,被害防止と被害者の保護・救済は,犯罪防止及び犯罪者の処遇と表裏一体の関係にあり,ともに刑事政策の緊要な課題であるといえよう。 本白書は,このような発想から,犯罪被害の問題を取り上げ,「犯罪被害の原因と対策」という副題の下に,犯罪被害の地域的特性,時代の流れの中での被害の変遷,加害者から見た犯罪被害の原因と対策等を分析した上,被害者及び被害感情を踏まえた上での犯罪者処遇の在り方を探り,併せて,我が国における犯罪被害者の保護・救済の制度について,その運用の実態を紹介することとした。 今回のこの調査の結果判明した注目すべき二,三の事項を摘記すると・まず,過去10年間の平均値で見た犯罪被害の発生率を都道府県別に比較したところ,最高の県と最低の県との間に,例えば,殺人では約3倍,強盗に至っては実に約17倍もの較差が見られた。犯罪被害の発生は,それぞれの地域的環境や社会情勢の変遷に強く影響されるところが大きいが,被害者側の意識や対応いかんによって,少なからずそれが左右されることも明らかとなった。また,我が国の受刑者は,概して被害感情について楽観視する傾向を有しており,その蹟罪意識についてもかなり問題のある者が存在することなどが判明した。 犯罪被害の問題は,広く,かつ,複雑であるが,来るべき新しい時代に向けて,今後とも十分な検討が加えられなければならない。本書は,犯罪被害の問題の解明に向けて,一つの試みとしての役割を果たすものにすぎないが,今回,この主題をあえて世に問うことにより,今後のこの領域における種々の研究や対策を生み出す一つの契機となることを期待したい。 なお,本書の構成は,全体を4編に分け,第1編では,昭和60年を中心とした最近の犯罪の動向と現況を概観し,第2編では,検察,裁判,矯正,保護の各段階における犯罪者処遇の実情を紹介し,第3編では,少年非行の推移と現況及び非行少年の処遇の実情について記述し,第4編では,前述の犯罪被害の問題について考察している。本書が刑事政策の進展について,何ほどかの寄与をなし得れば幸いである。 終わりに,本書を作成するに当たって,法務省各部局はもとより,最高裁判所事務総局,警察庁その他の機関から協力と援助を受けたことに深く謝意を表し,併せて,本書に関する責任は,専ら当研究所にあることを明らかにしておきたい。 昭和61年10月 井 上 五 郎 法務総合研究所長 |