前の項目   次の項目        目次   図表目次   年版選択
 昭和60年版 犯罪白書 第4編/第2章/第2節/1 

第2節 刑事処遇

1 起訴猶予

 前記調査対象とした1,575人の起訴猶予者について,その再犯率及び再犯期間を昭和55年の処分罪名別に見たものがIV-4表である。まず,再犯率を見ると,覚せい剤取締法違反の48.1%が他の罪名に抜きん出て高くなっている。覚せい剤事犯者に対する起訴率は,いずれの年次においても90%に近い高率となっている(本編第3章第3節薬物犯罪者参照)上,その起訴猶予率が59年を例にとれば4.9%と極めて低い率になっている(第2編第2章第1節検察参照)ことからすれば,検察が覚せい剤事犯者に対して厳しい態度で臨んでいることは明らかで,起訴猶予処分は特殊な事情に基づく例外的な場合に限ってなされるものと考えられる。しかし,この例外的なものについてさえ,その再犯率が48%を超える高率になっていることは,この種薬物犯罪者の犯罪傾向の強さと社会内での更生を期待することの困難さを物語るものであろう。
 再犯率の点で次に注目されるのは,一般に再犯率が高いとされている窃盗が8.1%とかなり低く,むしろ,詐欺(24.1%),暴行(14.3%),傷害(13.9%)等の方が高くなっている点である。これは,窃盗により起訴猶予とされる事例は,一般的にいって万引きや自転車盗のように事案としては軽微で,しかも常習性がない者によるものであることが多く,警察による検挙取調べ,検察官による訓戒をもって,再犯防止上の特別予防的効果の実が上がっていることを示すものといえよう。詐欺については,少額の無銭飲食や寸借詐欺のような比較的軽微な事案であって,被害弁償が行われ,被害感情も弱く,被疑者に前科前歴もないというような場合には,起訴を猶予されるのが通常であろうが,この種事犯を犯す者は,再犯に至る性向を持っていることが多いために,再犯率が高くなっているものと思われる。暴行及び傷害については,起訴猶予とされる事例は,飲酒酩酊上等の偶発的事犯や仲間内のけんか等比較的軽微な事犯で,被害者側の宥恕も得られているもの等が多いと考えられる。

IV-4表 昭和55年起訴猶予者の再犯率及び再犯期間

IV-5表 昭和55年起訴猶予者の再犯罪名

 次に,上記同表により受理後の再犯期間を見ると,覚せい剤取締法違反については,6月以内から3年以内に至るまでに順次3.7%,11.1%,14.8%,18.5%という比率になっている。総説では,全般的な再犯傾向として処遇後2年以内の再犯率が高く,この壁を超えると再犯率は低下するという特徴が認められると述べたが,覚せい剤取締法違反についてはこれが当てはまらないのであり,これも薬物犯罪者の一つの特色と考えられる。
 IV-5表は,上記再犯者について処分罪名別に再犯罪名を見たものである。昭和55年における処分罪名と再犯罪名との関係が強く認められるのは,覚せい剤取締法違反であって同一罪名の犯行に及んでいる者が53.8%となっている。しかも,この種事犯にあっては,その入手資金欲しさや中毒症状の発現により,他の犯罪にはしる傾向が強いと指摘されていることにも留意しておく必要がある。窃盗についても,55年処分時の罪名と再犯罪名の関係が強く,同一罪名の再犯に及んでいる者は44.1%となっている。