法務総合研究所では,法務省刑事局が精神障害のある犯罪者の実態を知るために調査収集した,昭和56年1月1日から59年12月31日までの4年間に,[1]全国の地方・区検察庁で不起訴処分に付された被疑者のうち,犯行時の心神喪失を理由とする者及び犯行時の心神耗弱を認められて起訴猶予となった者,[2]全国の第一審裁判所で,犯行時の心神喪失を理由として無罪となった被告人及び犯行時の心神耗弱を理由として刑を減軽された被告人,合計3,396人についての資料を分析した。
なお,本項においては,特に傷害致死を傷害から区別して取り扱う。
(1) 罪名・精神障害名
I-45表は,上記対象者の罪名と精神障害名の関係を見たものである。総数について,精神障害名別の構成比を見ると,精神分裂病が54.8%で最も高く,以下,アルコール中毒の13.2%,そううつ病の7.5%,覚せい剤中毒の5.5%の順となっている。また,総数の罪名別構成比を見ると,殺人が21.8%で最も高く,放火の14.8%,傷害の13.9%がこれに続いている。さらに,各罪名について,精神障害名別構成比を見ても,精神分裂病は,おおむね半数を超えており,殺人で55.3%,強盗で60.5%,傷害で60.0%,強姦・強制猥裂で58.5%などとなっている。
I-45表 罪名・精神障害名別人員(昭和56年〜59年の累計)
I-46表 罪名・精神障害名別処分結果(昭和56年〜59年の累計)
(2) 処分結果
I-46表は,上記対象者について,罪名別及び精神障害名別に処分結果を見たものである。総数では,心神喪失により不起訴となった者が48.3%,心神耗弱を認められて起訴猶予となった者が38.8%,裁判上心神耗弱を認められた者が11.6%,裁判上心神喪失を認められて無罪とされた者が1.4%となっている。検察庁及び裁判所で心神喪失を認められた者は,総数では49.7%であるが,罪名別に見ると,殺人の81.9%,放火の71.3%などが高い比率となっており,精神障害名別に見ると,精神分裂病の59.4%が最も高く,そううつ病の53.9%,覚せい剤中毒の39.9%なども高い比率となっている。
I-47表 本件罪名と直近前科前歴罪名との関係(昭和56年〜59年の累計)
(3) 本件罪名と直近の前科前歴の罪名
上記対象者中1,492人が前科前歴を有するが,このうち,直近の前科前歴となった事件の際に精神障害が認められた404人について,本件罪名と直近の前科前歴の罪名の関係を見たものが,I-47表である。本件罪名と直近の前科前歴の罪名が同じ者は,殺人で45人中13人(28.9%),傷害で71人中17人(23.9%),強姦・強制猥裏で15人中6人(40.0%),放火で35人中6人(17.1%)となっている。なお,他人の生命・身体に対して危害を加える犯罪である殺人,傷害及び傷害致死の3罪名を包括して見ると,本件と直近の前科前歴の罪名が合致する者は122人中52人(42.6%)となっている。
I-48表 罪名別犯行時の治療状況(昭和56年〜59年の累計)
(4) 犯行時の治療状況
I-48表は,上記対象者中,犯行時における治療の有無が明らかな3,085人について,犯行時までの治療状況を罪名別に見たものである。総数で見ると,現に治療中の者が33.0%で,残りの67.0%の者は犯行時に治療を受けておらず,犯行前5年間に治療歴がありながら犯行時には治療を受けていなかった者は,総数の30.9%となっている。罪名別に見ると,殺人,強盗,傷害致死といった重大な犯罪において,犯行時に治療中であった者の比率が高く,それぞれ41.6%,44.3%,42.4%となっている。
I-49表 精神障害名別入院歴(昭和56年〜59年の累計)
(5) 犯行前の入院歴・措置入院期間・出院時の病状・出院から犯行までの期間
I-49表は,上記対象者中,重大犯罪(殺人,強盗,傷害,傷害致死,強姦・強制猥褒及び放火)を犯した1,983人について,精神障害名別に入院歴の有無を見たものである。総数で見ると,入院歴のある者が1,017人(51.3%)で,措置入院歴者は165人(8.3%)となっている。入院歴のある者の比率は,精神分裂病の61.1%が最も高く,アルコール中毒の46.7%,精神病質の43.8%がこれに次いでいる。また,措置入院歴のある者は,総数で165人であるが,その措置入院の回数を見ると,1回の者が119人,2回の者が23人,3回以上の者が23人で,その延べ回数は246回となっている。
I-50表 措置入院歴者の措置入院期間(昭和56年〜59年の累計)
そこで,この165人の延べ246回の入院について,措置入院の期間を精神障害名別に見たものが,I-50表である。総数で見ると,6月以下が123回(50.0%)で半数を占め,他方,1年を超えるものは74回(30.1%)にすぎない。精神障害名別に見ると,てんかんと覚せい剤中毒では,6月以下の比率が極めて高く,それぞれ100.0%,92.3%となっており,精神分裂病でも1年以下の入院歴のものが64.8%を占めていることが注目される。
I-51表 入院歴者の直近退院時の病状及び犯行までの期間(昭和56年〜59年の累計)
I-51表は,入院歴のある者のうち,本件犯行前に退院した1,660人について,直近退院時における病状及び直近退院時から本件犯行までの期間を,罪名別に見たものである。
直近退院時に未治癒であった者を見ると,総数では病状不明を除く1,223人中304人(24.9%)となっている。同様にして各罪名について見ると,殺人では268人中62人(23.1%),強盗では46人中11人(23.9%),傷害では178人中44人(24.7%),傷害致死では17人中5人(29.4%),強姦・強制猥褒では33人中8人(24.2%),放火では164人中43人(26.2%),その他の罪では517人中131人(25.3%)となっている。また,同様の方法で措置入院に限って見ると,総数では17.9%(168人中30人)とやや低い率を示しているものの,最も重大な殺人では27.3%(33人中9人)と比較的高い率になっていることが注目される。
直近退院から本件犯行までの期間を見ると,総数では,6月以下が32.3%,6月を超え1年以下が16.5%となっており,退院後1年以内に本件犯行に及んだ者はほぼ5割となっている。このうち,措置入院に限って見ると,6月以下が42.7%,6月を超え1年以下が16.1%で,1年以下の合計は6割弱に達しており,措置入院歴者の犯行までの期間が短いことが注目される。
このように未治癒で退院している者が2割を超えていることに加え,退院後1年以内に犯行に及んでいる者が,総数でほぼ5割,措置入院で6割弱に達していることは,犯罪防止の面から見て問題といえよう。
(6) 犯行後の精神衛生法による取扱い状況
I-52表は,上記対象者の本件犯行後の治療状況を罪名別及び精神障害名別に見たものである。罪名別に見ると,措置入院とな,た者は,殺人261.4%,強盗で44.5%,傷害で51.6%,放火で53.2%である。また,本件犯行後,全く治療を受けていない者が,殺人で30人(4.1%),放火で33人(6.6%),傷害で27人(5.7%)いる。次に,精神障害名別に見ると,措置入院となった者は,精神分裂病で56.4%,そううつ病で39.8%,てんかんで29.6%,アルコール中毒で35.1%,覚せい剤中毒で33.0%などとなっている。
I-52表 罪名・精神障害名別犯行後の治療状況(昭和56年〜59年の累計)