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 昭和59年版 犯罪白書  

はしがき

 初めての犯罪白書が世に送られたのは,いまから丁度25年前,昭和35年のことであった。当時は高度経済成長期の途上にあったが,以来,政治,経済,社会,文化の各分野のさまざまな変遷を映し出す犯罪の動向と犯罪者の処遇の実情とを,その年々の時宜に即した視点をとらえて紹介し,犯罪防止対策に資するよう努めてきた。
 この間に,我が国は,関係諸機関の努力をはじめ,国全体の健全な社会環境を反映して,諸外国に比べて犯罪情勢の著しい安定を見るようになり,世界で最も安全な国という評価を受けている。
 ところで,我が国は25年前に比べて国民の経済生活水準は著しく向上し物質的には「豊かな社会」が形成されていると言えるのに,犯罪は増加傾向を示し,しかも,その主たる理由が,かつては貧困がその原因だとされていた窃盗事件の増加にあるという,一見矛盾した様相を呈している。さらに,この種事犯を犯した犯罪者について分析すると,その経済的条件ばかりか,前科などの犯罪歴,家庭環境などさまざまな面において普通の市民と特段異なるところのない者が多くなっていて,非行少年ばかりでなく,成人の犯罪者もまた一般化の傾向を強めていることが窺え,このことは十分な留意を要するところであろう。
 他面,既に昨年の白書で指摘したような,暴力犯罪における凶悪化・悪質化の徴候が依然認められる上,同様社会の病理面を象徴する薬物犯罪もなお高い水準を維持している。さらに,社会経済諸条件の向上に伴い,国際交流が拡大し,社会の高齢化が一層進行するなどの諸現象もそれぞれに犯罪情勢の変動の要因を提供し,刑事政策上注意を要する問題となっている。
 こうした諸情勢にかんがみ,この白書では,必要に応じて諸外国との対比を行いながら,豊かな社会であるのに増加している窃盗,豊かな社会の病理面を映し出している薬物犯罪・凶悪事犯・保険関連犯罪等の特質と問題点をはしがき明らかにし,さらに,豊かな社会のもたらす国際化・高齢化の傾向と犯罪との関連の分析を試み,現下社会における犯罪及び犯罪者対策に資し,もって,刑事政策上喫緊な課題に応えようとするものである。
 終わりに,この白書を作成するに当たり,法務省各部局はもとより,最高裁判所事務総局,警察庁,その他関係機関,欧米諸国政府等から協力と援助を受けたことに改めて謝意を表するとともに,この白書に関する責任は,専ら当研究所にあることを明らかにしておきたい。
昭和59年10月
竹 村 照 雄 法務総合研究所長