我が国の覚せい剤事犯は,これまでの各般にわたる防止策にもかかわらず,昭和45年からほぼ一貫して増加し,56年における検挙人員は,10年前(47年)の検挙人員4,777人の約5倍に当たる2万2,331人を数えるに至っている。56年における業過な除く刑法犯の検挙人員が,47年のそれの約1.2倍であることと比較して,覚せい剤事犯の激増は極めて顕著である。なお,覚せい剤事犯による少年の検挙人員も昭和50年以降逐年増加し,56年には,47年の約34倍に当たる2,591人に達し,少年比も1.6から11.6に激増し,今や少年の覚せい剤汚染は深刻な事態に立ち至っている。
IV-82表は,最近5年間の覚せい剤事犯の総検挙人員に占める覚せい剤事犯の再犯者の推移を見たものであるが,逐年,再犯者数が増加し,昭和56年には,再犯者は9,125人(41.4%)に達している。これは,覚せい剤濫用の習癖を根絶することの困難さを端的に示すものと言えよう。
覚せい剤事犯の増加状況を検察処理の面から見ると,昭和56年における覚せい剤事犯に対する公判請求人員は,47年の約8倍に当たる2万7,923人に激増し,起訴率も49年の69.2%から逐年上昇し,56年には89.3%に達している。ちなみに,20年代の流行期のピークであった29年の覚せい剤事犯に対する公判請求人員は9,966人で,起訴率は63.3%であった。
昭和55年に通常第一審裁判所において,覚せい剤事犯により懲役刑に処せられた者は,47年の約10倍に当たる1万4,050人に達し,ここでも激増ぶりがうかがえる。
法務総合研究所の調査によると,昭和53年中に覚せい剤事犯により執行猶予を言い渡された者のうち,57年6月5日までに執行猶予を取り消された者の割合は,既に27.2%に上っており,このうち,覚せい剤事犯の再犯によって執行猶予を取り消された者が,74.8%を占めている。これは,覚せい剤事犯に対する社会内処遇の困難さを物語るものと言えよう。
受刑者数の面から覚せい剤事犯の推移を見ると,覚せい剤事犯による新受刑者数は,昭和44年以来一貫して増加し,56年には,47年の約16倍に当たる7,249人の多くを数えるに至っている。覚せい剤事犯による新受刑者の新受刑者総数に占める割合も,47年の1.6%から,56年には23.9%に増加している。
IV-82表 覚せい剤事犯再犯者状況(昭和52年〜56年)
特に,覚せい剤事犯による女子新受刑者は,46年以降逐年増加し,56年には女子の新受刑者総数の50.5%に当たる503人に達し,覚せい剤事犯の女子への浸透ぶりがうかがえる。
IV-83表は,最近5年間における覚せい剤事犯による新受刑者の刑期別構成比を見たものである。1年以下の短期懲役刑に処せられた者の比率は,昭和52年の59.5%から逐年低下し,56年には50.9%になっている。しかし,これに1年を超え2年以下の者を加えるとその比率は,52年87.6%,53年86.6%,54年87.6%,55年88.3%,56年88.4%と,ほぼ覚せい剤事犯新受刑者の大部分を占めており,3年を超える者の比率は,52年の5.1%から逐年低下し,56年には4.1%になっている。
IV-83表 覚せい剤事犯新受刑者の刑期別構成比(昭和52年〜56年)
IV-84表 麻薬事犯新受刑者の刑期別構成比(昭和35年〜39年)
IV-84表は,ヘロイン等麻薬事犯が激増した昭和35年から39年までの5年間の麻薬取締法違反による新受刑者の刑期別構成比を見たものである。2年以下の刑に処せられた者の比率は,35年の93.1%から逐年低下し,39年には59.1%になり,逆に,3年を超える者の比率は,35年の1.4%から逐年上昇し,39年には20.4%に達している。
麻薬取締法は,昭和38年に改正されて罰則が強化されている。また,覚せい剤取締法は48年に大幅に改正され,その罰則は麻薬取締法中で最も重いヘロインのものとほぼ同一になっているが,この両者を比べると,覚せい剤取締法違反で実刑に処せられた者の刑期は,麻薬取締法違反で実刑に処せられた者より極めて短いと言えよう。
IV-85表 覚せい剤事犯新受刑者中の再入者等の推移(昭和47年〜56年)
IV-85表は,昭和47年から56年までの間の覚せい剤事犯による新受刑者中の再入者及び再入者中の前刑罪名が覚せい剤事犯である者の推移を見たものである。覚せい剤事犯による新受刑者のうちの再入者は逐年増加し,56年には,47年の約13倍に当たる4,104人に達している。また,この再入者のうち,前刑罪名が覚せい剤事犯であった者の数も47年以降一貫して増加し,56年には2,091人の多くを数えるに至り,再入者中に占める比率も51.0%に達している。覚せい剤の魔力から脱却することの困難さを如実に物語るものと言えよう。
保護観察の立場から覚せい剤事犯の推移を見ると,覚せい剤事犯による保護観察新規受理人員は,昭和44年以降逐年増加し,56年には47年の約26倍に当たる6,197人に達し,また,罪名別・非行名別構成比も窃盗,道路交通法違反及び業過に次いで高くなっている。
IV-86表 覚せい剤事犯保護観察付執行猶予終了者の執行猶予取消状況(昭和47年〜56年)
IV-86表は,昭和47年から56年までの各年次に保護観察付執行猶予が終了した総数及び執行猶予が取り消された者の推移を見たものであるが,その数は,いずれも逐年増加している。また,覚せい剤事犯による保護観察付執行猶予者に対する法務総合研究所の特別調査でも,調査対象者356人のうち,29.8%に当たる106人が2年以内に執行猶予を取り消されているが,そのうちの81.1%は覚せい剤事犯を犯して取り消されたものである。
覚せい剤事犯による少年院新収容者数も,昭和47年以降逐年増加し,56年には47年の5人から約90倍に当たる469人に達し,また,毒物及び劇物取締法違反による少年院新収容者数も,ほぼ一貫して増加し,56年には53年の155人から224人に増加している。
このように警察,検察,裁判,矯正,保護等の各分野における努力にもかかわらず,覚せい剤事犯は,依然として今なお衰退の兆しを示さず,かつ,全国各地に拡散している。検挙人員中に占める少年の増加に端的に現れているように,濫用者層の拡大,再犯率の上昇など憂慮すべき事態も出現している。密輸,密売事犯についても,暴力団が介入し,大規模かつ組織的に行われ,しかも,手口が巧妙化しているため,検挙がますます困難になってきている。これに加えて,覚せい剤濫用による薬理作用の影響下における凶悪事犯,覚せい剤購入資金の入手を目的とする窃盗,恐喝,強盗等二次的な犯罪も多発している。