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 昭和54年版 犯罪白書 第1編/第3章/第2節/6 

6 アジア諸国

 アジア諸国における累犯の実態を統計的に見るには,種々の困難が伴う。まず,各国の最新の犯罪統計書はたやすく入手できず,入手できた各統計書には必ずしも統一的な分類統計がなく,統計の数値の信頼性には各国の集計技術水準からくる制約がある。ここでは,これらを念頭に置きながら,香港政庁刑務長官発行の年次統計表(1977年),インド政府発行の統計書「インドの犯罪」(1976年),スリランカ刑務長官発行の管理報告(1976年),マレーシア刑務庁調査部発行の刑務統計(1974年),タイ内務省矯正局発行の年次報告(1977年)のほか,昭和54年(1979年)実施のアジア極東犯罪防止研修所第51回国際研修に提出された香港,スリランカ,シンガポール,インド,パキスタン,タイ,ネパール,イラク,マレーシア各国政府機関研修員の報告書に基づいて,アジア諸国の累犯の実態を概観することとするが,国によって前科者率等の数値に大差のある場合があり,これらの統計が実態を正確に反映しているものか否かについては,疑問がないわけではない。
 なお,国際連合による1976年の各国年央推計人口を見ると,香港は438万人,インドは6億11,08万人,スリランカは11,27万人,タイは41,96万人,シンガポールは228万人,パキスタンは7,287万人,ネパールは1,286万人,イラクは1,151万人,マレーシアは1,230万人となっている。
  (1)前科者等
 1977年における香港の自由刑等新受刑者について,罪種別・年齢層別に前科者の割合を見ると,I-70表及びI-71表のとおりである。総数では,なんらかの前科を有する者の比率(前科者率)は85.6%であり,実刑の前科を有する者の比率(再入者率)も74.3%という高率に達している。罪種別に見ると,全体の42.6%を占める麻薬犯は,前科者率が94.2%,再入者率が84.5%といずれも最高の比率を示しており,同じく全体の40.5%を占める財産犯は,前科者率85.0%,再入者率74.7%となっている。年齢層別に見ると,前科者率,再入者率共に,年齢の高くなるにしたがってほぼ高率となる傾向があり,新受刑者中麻薬事犯の前科を有する者の比率は,総数では61.1%であるが,男子の25歳以上においては特に高い。また,最近2年間の前科を有する者の比率は,男子の20歳代後半及び60歳以上の者が70%以上と高く,新受刑者中に暴力団構成員が占める比率は,男子の20歳代において80%前後と高い比率を示している。

I-70表 新受刑者の罪種別前科者率香 港(1977年)

I-71表 新受刑者の年齢層別前科者率等香港(1977年)

I-72表 刑法犯逮捕人員の罪名別前歴者率インド(1976年)

 次に,1976年におけるインドの刑法犯逮捕人員について,罪名別に逮捕歴を有する者の比率(前歴者率)を見ると,I-72表のとおりである。総数では,前歴者率,は7.6%であるが,ダコイティ(5人以上のグループによる強盗等をいう。)では19.7%,侵入盗では16.2%,窃盗では18.6%と比較的高率を示しており,特に,ダコイティ及び侵入盗では,3回以上の逮捕歴を有する者の比率がいずれも2.6%となっている。
 1974年ないし1976年の3年間におけるスリランカの自由刑新受刑者中の再入者率は,1974年から順次,36.5%,34.4%,38.8%となっており,1974年末現在におけるマレーシアの自由刑受刑者中の再入者率は,42.1%となっている。また,1975年ないし1977年の3年間におけるタイの自由刑新受刑者中の前科者率は,1975年から順次,15.7%,16.1%,17.3%となっている。
 1975年ないし1977年の3年間におけるシンガポールの自由刑新受刑者中の再入者率は,1975年から順次,29.1%,31.7%,37.8%となっているが,同国矯正当局の調査によると,1969年中に出所した刑期5年未満の受刑者2,393人について見たその後5年以内の再入率は16.1%であり,1961年ないし1968年の間に出所した刑期5年以上の受刑者455人について見たその後5年以内の再入率は18.9%であったとされている。
  (2)累犯者対策
 香港では,伝統的な暴力団組織及び麻薬習癖が広く住民に浸透しており,そのいずれもが再犯要因となっているため,取締当局は,犯罪者を暴力団から離脱させること,麻薬中毒を治療すること及び若年者を早期に常習犯罪者から隔離して矯正することに重点をおいている。すなわち,自首した暴力団構成員には,処分・処置は名目的なものにとどめ,むしろ,仲間との交際を絶つ機会を与えることに重点を置くこととし,中毒者は,刑務所ではなく薬物濫用治療センターに収容している。14歳以上21歳未満の実刑前科のない健康な男子は拘禁センターに,同年齢層の非行性の進んだ者は訓練センターに,それぞれ収容しているが,拘禁センターには1箇月ないし6箇月間収容したうえ,釈放後1年間(1977年の改正前は6箇月間)保護観察下におき,訓練センターには6箇月ないし3年間収容したうえ,釈放後3年間の保護観察に付しており,これらの処置を受けた者の再犯率は,従来に比べて低くなったと評価されている。
 スリランカでは,矯正施設における過剰収容のため1973年に保釈や執行猶予の運用が緩和されたところ,犯罪を重ねながら簡単に釈放される者が激増し,被害者が捜査に協力しなくなるなどの弊害を生じた。そこで,1978年には,一定の犯罪者について保釈や執行猶予を禁止又は制限し,重罪においては長期の三分の一以上の刑期を言い渡さなければならないなどとする新法が制定されている。
 シンガポールには,累犯者に関する矯正訓練及び予防拘禁の特別制度がある。矯正訓練は,2年以上の拘禁刑に当たる犯罪による拘禁刑前科を2回以上有し,新たに同様の罪を犯した21歳以上の者に科され,特別の刑務所において2年ないし4年間特別の訓練を施すものであり,予防拘禁は,2回以上の拘禁刑前科を含む3回以上の前科を有し,新たに2年以上の拘禁刑に当たる罪を犯した30歳以上の者に科され,5年ないし15年間特別の処遇を与えるものである。矯正訓練に処せられる者の数は,1958年の53人を頂点として以後激減し,1961年以後は毎年ほぼ5人以下となっていたが,1977年には19人に増加し,一方,予防拘禁に付せられる者の数は,毎年5人前後を維持していたが,1977年には10人となっている。
 イラクでは,常習犯罪者には法定刑の上限を言い渡すこととし,インドやパキスタンでは,常習犯罪者は出所後3年ないし5年間保護観察下におかれ,又は都市など特定地域への移動を禁止される。タイでは,古くは累犯者を島流しにしていたが,1956年以降は,刑期6月以上の実刑前科を有する者で出所後10年以内に同種の罪を犯したものなどを常習犯罪者とし,3年ないし10年間拘禁センターに収容することとしている。インド,ネパールなどには,犯罪行為によって生計をたてている部族があり,従来の個別的取締体制では対処できないので,新しい土地を与え,農業などの訓練を施し,資金援助をするなど大規模な更生計画が進められている。