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 昭和44年版 犯罪白書 第二編/第二章/一/7 

7 刑務所をめぐる問題と展望

 従来から,受刑者の処遇をめぐる問題としてあげられている主なものを拾ってみると,(1)監獄法令の改正,(2)矯正処遇の近代化としての開放処遇の採用,(3)医療専門施設の拡充,(4)分類センター制度の全面的採用,(5)職員勤務体制の合理化,(6)矯正施設の近代化,(7)処遇のための機構の合理化などがある。ここでは,1監獄法令の改正,2分類処遇制度の前進,3処遇の近代化,4職員の研修の四項目を採りあげて,説明を加えておきたい。

(一) 監獄法令の改正

 受刑者処遇の基本となっている現行監獄法は,明治四一年の制定にかかる。戦後,本法は,新しい刑事政策にそぐわないところがあるとして,昭和二二年,当時の司法省に設けられた「監獄法改正調査委員会」の答申を基礎に,改正のための検討が進められた。その結果,監獄法の規定の多くが,弾力性に富んだ表現をとっているとともに,具体的な事項については省令に委ねられているため,立法技術的に時代の要請に即応でき,また,新憲法の精神に抵触することなく運用することが可能であることから,さしあたっては,とくに改正の要がないとされたのである。
 しかし,その後,収容者の人権擁護および教化の徹底という二大観点から,現行刑法および刑事訴訟法のわく内で,全面的に改正すべきではないかとの発想のもとに,昭和二八年から,法務省矯正局において,改めて改正準備に着手し,検討を重ねた。
 さらにその後,昭和三一年ごろから,刑法の改正について検討されることとなり,その結果のいかんによっては,刑の執行法である監獄法についても,根本的に再検討を要する事項も多く,そこで,監獄法の改正は,刑法の改正作業の推移をみながら,これと歩調を合わせて作業を進めるべきであるということになり,改正作業は中断された。
 ただ,この間,時代の進展に即応するため,監獄法施行規則の一部改正が,しばしば行なわれ,とくに,昭和四一年には,相当大規模な改正が行なわれた。
 この改正のおもな内容を示せば,独居拘禁期間およびその更新期間の短縮,一般的交談禁止の廃止,所長裁量による開放的処遇の実施の導入,新聞紙の閲読許可,受刑者の調髪方法を「丸刈り」に限らず他の適当な調髪もできるように改めたことなどである。
 このように,広範にわたる懸案の改正がなされたにせよ,さらに進んで,収容者の法的地位を明確にすると同時に,近来開発されつつある新しい処遇技術の徹底化,外部通勤制,帰休制などの採用による処遇の社会化,禁錮受刑者の請願作業,宗教教誨のあり方などの所内処遇の合理化,ならびに未決拘禁者および死刑確定者の処遇の合理化を図るためには,処遇の基本法である監獄法を,新しい見地から構成し直す必要があり,このような発想から,法務省矯正局においては,昭和四二年七月,矯正局監獄法改正準備会を設けて改正草案作成の作業を始め,現在,種々検討が続けられているところである。

(二) 分類処遇制度の前進

 各種各様の多数の受刑者をかかえた刑務所において,施設管理の便宜上に加えて,強者から弱者を守り,犯罪の進んだものからの悪感化を防ぎ,不用の摩擦を防ぐ意味からも,男子から女子を分け,成人から少年を分け,凶悪な犯罪者を別にすることは,かなり古くから行なわれていた。
 わが国においても,以上のほかに,明治四一年以来,監獄の種類(懲役,禁錮,拘留,拘置)が分けられ,大正一二年からは,いわゆる「凶悪不良囚」の集合拘禁も行なわれていた。
 このような施設分隔が,単なる分隔主義のためでなく,個々の受刑者についての科学的な調査にもとづいた,個々の処遇方針に結びつくべきものであるという思想の萌芽は,すでに昭和八年の行刑累進処遇令にも見られる。またさらに戦時中には,作業の効率をあげ,逃走その他の事故防止を目的とした,人格考査の制度も設けられた。
 しかし,そのような「分類と処遇」の制度や思想の萌芽が,いわゆる「分類処遇制度」として,一つに大きく結実したのは,戦後のことに属し,昭和二四年から,全国の刑務所が,管区単位に規程を設けて,新しい分類調査・分類処遇の試行に入ったことに始まる。そのさい,あらたに考慮されたものとしては,
(1) 心身の障害者のための医療刑務所(または支所)の独立設置,
(2) 初犯,累犯の別と,改善の見通しの難易などのかねあいによる二分法,
(3) 20歳以上(23歳未満,または25歳未満)の青年受刑者で,犯罪傾向の進んでいないものを,一般成人から別にする,
(4) 長期刑(七年以上,八年以上等)の受刑者を別にする,
などが主なものであった。
 それと平行して,施設内における分類専門技術職員の充実,個々のケースについて分類処遇の方針を立てるスタッフ協議体制の樹立活用もはかられ,ついで,そのような分類機能を主体とする専門施設(分類センター)も,東京都内に一カ所設けられた。
 以上のような戦後二〇年にわたる試行をふまえ,かつ,人口の都市集中,自動車交通の急激な発展などにともなう刑務所人口の異動,戦後における教育・処遇・治療技術の発展を考慮にいれて,刑務所の分類制度は,戦後第二段の整備拡充期に入ろうとしている。
 すなわち,施設の分化としては,従来から一部地域に設けられている医療専門施設や分類センターを,他の地域にもひろげることが考えられ,また最近は,開放・準開放施設も発展途上にのぼっているが,後者については,次の項でやや詳述する。
 また,同一施設内における処遇の分化としては,開放処遇群・職業訓練群・教科教育指導群・生活指導群・治療処遇群・特殊保護処遇群などが考えられている。

(三) 処遇の近代化

 前述のとおり,昭和四一年一二月の監獄法施行規則の改正によって,独居拘禁期間の短縮など,規定の上で種々の変更があった。しかし,これらを近代的に展開するためには,なお解決しなければならない,いろいろな問題がある。
 たとえば,分類鑑別技術,心理的治療,精神療法,社会的処遇法などの処遇方法,ならびに刑務所の治療社会化のための諸技法が,現在,試行的に実施されているが,保安や作業との関係に問題があり,また,専門職員の不足のため,その進展に困難な点がある。
 また,開放処遇の問題は,現在,世界の行刑における処遇の近代化の大きな課題の一つであるが,わが国においても,従来,閉鎖施設から社会における処遇の中間処遇として,準開放処遇が行なわれてきた。近年,大井造船作業場,最上農場などでは,開放的処遇を計画的に推進している。さらに,法務省矯正局の指導による開放的処遇の計画的推進の一つとして,前述のように,交通事犯禁錮受刑者集禁施設における試行をあげることができる。習志野刑務支所(現在は,市原刑務支所)の場合は,分類センターである中野刑務所での精密な分類調査によって,収容される者が選定され,開放的処遇に適すると判定された禁錮受刑者について,充実した処遇が推進されている。
 処遇の近代化は,合理化,機械化,社会化などの面をもっている。これらの面の発展には,処遇の科学的研究を欠くことはできない。処遇の実際に,試行的計画を導入して,その効果を科学的に調査しながら,実証的な資料を積み重ねて行くところに,処遇の近代化が展開して行くと考えられる。また,処遇の近代化は,おのずから,施設や施設内設備の近代化を必要とする。それは,収容者の身柄を確保しつつ,施設のそれぞれの目的を達成しようとするかぎり,施設やその設備に負うところが極めて大であるからである。
 他方,科学的,実証的知識に裏付けられたヒューマニズムこそ,処遇を近代化する原動力である。収容者間および収容者と職員間の人間関係などの刑務所社会ならびに収容者に対する実務家の長い経験を尊重しつつ,これを科学の水準に高め,合理化し,技術化するところに処遇の近代化がみのって行く。
 また,処遇の近代化を成功させるには,世論の支持,処遇される者の選択,処遇プログラム,職員の訓練などがたいせつであり,これらのどれを欠いても,近代的処遇の健全な発達を望みえないと考えられている。

(四) 職員の研修

 矯正職員に対して,職務上必要な訓練を行なう機関としては,従来,中央矯正研修所と地方矯正研修所とが,それぞれ独立して設置されていたが,昭和四四年七月一日,統合されて,矯正研修所(「上級研修」を行なう。)および八つの矯正研修所支所(「初級研修」を行なう。)となった。
 これにより,従来,組織上若干困難なところのあった,全体的計画の下における研修の統一的ないし系統的な実施が可能となるので,研修効果の充実向上が期待されている。
 矯正研修所においては,「高等課程」として,上級幹部職員になるのに必要な,また,同所支所においては,「中等課程」として,初級幹部職員になるのに必要な,学術および実務を修得させるとともに,部下を指導監督するに足りる能力を養成するための教育訓練を行なうことを目的としている。
 矯正研修所には,右の高等課程のほか,矯正職員に対し,その担当する職務の職種と職階の別に応じて,特定の分野に関する矯正実務の熟練等を図るために必要な専門的教育訓練を行なう「専門課程専攻科」と,矯正に関する学理および制度ならびにその運用を調査研究させるための「研究課程」とがある。
 また,矯正研修所支所には,右の中等課程のほか,新たに任用した法務事務官または法務教官に対し,矯正職員として必要な基礎的教育訓練を行なう「初等課程」と,矯正職員の担当する職務の職種と職階の別に応じて,特定の分野に関する矯正実務の習熟等を図るために必要な教育訓練を行なう「専門課程特修科」とがある。
 次に,矯正施設においては,看護人の有資格者を,その必要とする人員だけ得ることがむずかしいので,昭和四一年四月以降,この免許取得を目的とする准看護人養成所を八王子医療刑務所に付設して,修習させることが行なわれている。受講人員は,毎年二〇人で,期間は,二年間である。
 研修所とともに,矯正研修のもう一つの形態である,自庁における研修の問題がある。研修とは,組織体を構成する職員が,それぞれ担任し,または将来担任するであろう職務と責任とを適切に遂行するのに必要な諸要件(資質,知識,技術,経験等)を習得するように,組織体自ら人事管理機能として行なう教育訓練である以上,集合訓練である研修所訓練とそうでない自庁訓練とは,平行して行なわれる必要がある。職員能力の開発のため,自庁研修のもつ役割りは,大きい。現場各施設においては,自庁研修の効果をあげるために,種々工夫し,活発な実施に努めている。ただ,新採用の看守の教習を含め,第一線の刑務官の研修には,夜勤など勤務の性質上,その他勤務条件が過重であるため,研修時間のねん出など困難な点が多い。今後,日常の業務について,一連の計画の上に,現場研修が組織化,恒常化されることが,緊要な課題とされている。
 また,職員間の人間関係,部下と監督者の基本的職能,その他職員の定員管理問題や事務の能率化方策を中心とする事務管理等について,系統的に学習するいわゆる中間監督者研修は,今日,とくに重要視されてきているが,これについては戦後,二七年に,刑務作業関係で,企業内監督者訓練方式の導入が試みられ,三八年からは,中央矯正研修所においても,本科研修生に対し,人事院方式による定型監督者研修が行なわれている。
 矯正の分野では,心理学,精神医学,職業訓練など各種の学問領域と専門技術が導入され,影響をもってきているので,これらの専門的な訓練を受けた各種の職員がもっとも有効にチームワークを行なえるよう,監督者に基本的な職員管理の原則と技術を得させることは必要である。
 近年,このような研修技法の研究と伸展がいちじるしいことにかんがみ,矯正職員に専用の定型研修方式の早急な制定が必要と考えられている。