前の項目   次の項目        目次   図表目次   年版選択
 昭和42年版 犯罪白書 第三編/第二章/二/1 

二 少年の矯正

1 少年鑑別所

 少年鑑別所は,非行に陥った者の資質鑑別を行なって,その者に対する矯正教育の適切な処遇指針を与えるための専門機関として,昭和二四年に,法務省所管の施設として,新たに設けられたものである。その目的とするところをさらに具体的にいえば,少年法第一七条第一項第二号の規定により家庭裁判所から送致された者を収容するとともに,家庭裁判所の行なう少年に対する調査および審判ならびに保護処分の執行に資するため,医学,心理学,教育学,社会学その他の専門的知識に基づいて,少年の資質の鑑別を行なうことである。なお,検察庁,少年院,保護観察所,地方更生保護委員会など,関係機関からの鑑別依頼に応ずるほか,業務に支障をきたさない範囲において,一般家庭,学校,その他の団体からの依頼に応じて,資質の鑑別を行なうことができる。
 このように,少年鑑別所は,問題や非行のある少年に対して,その生育状況,家庭環境,学校および職場の関係など,社会的環境との関連を参考にしながら,少年の人格特性や身体状況を科学的に鑑別診断し,少年の非行性を除去または無害化するための矯正教育の方針の樹立に寄与するところである。
 少年鑑別所は,昭和四二年三月末日現在,全国の都道府県庁所在地四六か所のほか,北九州,函館,旭川および釧路の各市所在の本所五〇,支所一(福島県いわき市)の計五一の施設が設けられている。その組織は,一般の少年鑑別所においては,庶務課,観護課,鑑別課に分かれ,観護課においては,少年の身柄の確保をしたうえで,彼らが鑑別所内生活のあらゆる場面で表わす行動の記録をとるほか,矯正教育に必要な日常の処遇を行なって,鑑別の資を得ることに努め,鑑別課においては,後述するような諸種にわたる心理テストおよび面接問診を中心とした資質鑑別を担当しており,大施設である東京少年鑑別所ほか一五施設には,前述した三課のほかに,医務課がおかれている。

(一) 収容関係

 少年鑑別所に収容される少年は,家庭裁判所で受理した少年事件のうち,たとえば,逃走のおそれがあるなどにより,裁判官が審判を行なうために収容の必要があると認めた少年で,裁判官の観護措置の決定によって,少年鑑別所に送致された者である。収容期間は,原則として二週間であるが,とくに継続の必要があるときは,一回に限り更新されるので,最大限四週間となるわけである。従来,全国的な収容期間の平均日数は,二〇日強となっている。
 最近五か年間の入出所人員の推移をみると,III-68表のとおりである。この表によれば,入出所ともに,昭和四〇年に,女子がやや増加を示したほか,ほぼ横ばいの状況にある。ただし,昭和四一年には,男女合計人員において,入出所ともに,前年より約五,六百人の増加をみせ,ここ五年間では,最高の数字となっている

III-68表 少年鑑別所入出所人員(昭和37〜41年)

 つぎに,年間新収容者を,男女別および年令別に示すと,III-69表のとおりである。

III-69表 少年鑑別所新収容者年令別人員(昭和37〜41年)

 この表で,男・女別に各年令ごとの構成比率をみると,一六歳以下の低年令層では,常に女子のほうが高率であり,一八,九歳の高年令層では,毎年,男子のほうが高率である。一七歳については,昭和三九年までは,男子のほうが高率を示していたが,四〇年以後,女子のほうが高率となっている。最近の一般的傾向として,男・女ともに,低年令層の者が減少し,高年令層の者が増加を示していることが指摘できる。

(二) 鑑別関係

 最近五か年間の鑑別受付状況は,III-70表に示すとおりであり,昭和四一年には,総数で,九二,二八〇人となり,前年より約一万二千人の増加をみせている。家庭裁判所関係から鑑別請求を受けた人員は,昭和三九年以後,逐年増加しているが,鑑別を受け付けた総人員に対する割合でいうと,昭和三九年の五四・六%を頂点として,四〇年五四・〇%,四一年四七・七%と減少しており,法務省関係からの依頼鑑別においても,四〇年の六・一%を最高率にして,四一年は,五・一%に減っている。一般家庭,学校等からの依頼による受付人員については,昭和三七年の五二・二%から四〇年の三九・九%まで,逐年減少をみせたが,四一年には四七・二%と増加しており,実数においても,昭和四一年は四三,五七一人で,前年より,約一万一千人増加している。さらに,前記の家庭裁判所関係から鑑別請求を受けた人員のうち,在宅少年の受付状況は,III-71表に示すとおり,昭和三七年は二,九四二人であったが,四〇年には五,三一一人となり,三七年の約二倍に増加したが,四一年には七五人減少して,五,二三六人となっている。これを,収容鑑別受付人員に対する比率でみると,四〇年は一三・九%,四一年は一三・五%となっている。

III-70表 少年鑑別所の鑑別受付状況(昭和37〜41年)

III-71表 家庭裁判所関係鑑別受付状況(昭和37〜41年)

 少年の資質鑑別のためには,身体医学的臨床検査と診断を行なうほか,精神医学的ないし臨床心理学的側面から,諸種の検査法と診断法を用いている。現在,全国の少年鑑別所で一般に多く用いられている検査法としては,新制田中B式知能検査,ウエイスおよびウイスクによる知能検査,内田・クレペリン作業素質検査,ロールシヤツハ検査,TAT(主題統覚検査),矢田部・ギルフオード性格検査,文章完成法検査,心情質徴標検査,絵画フラストレーシヨン検査,適応性診断検査,ソンデイ検査,道徳性診断検査等であるが,必要に応じて,職業適性検査または職業興味検査を実施し,また,脳波記録による精神医学的な診断も行なっている。
 最近急増した道交違反少年の鑑別にあたっては,前述の諸検査のほか,運転適性検査,運転態度検査などをあわせて実施し,鑑別の精密化を期している。なお,法務省矯正局が中心となって作成した法務省式文章完成法がすでに実用化され,さらに,法務省式人格目録を作成し,目下検討中である。
 収容少年の資質鑑別に関する総合判定にあたっては,医学的検査および診断による身体状況,諸種の検査結果や行動観察の記録から得られた知能状況や人格特性によるほか,本人の家庭環境および生育歴などの調査資料に加えて,本人との面接・問診の所見を総合したうえで,その者にとって,最も有効適切な処遇指針を決定している。また,少年を収容しないで行なう在宅鑑別は,収容鑑別の場合と比べて,時間的な制約等のため,やむをえず簡略化され,行動観察記録が欠けるなど,総合判定をするうえで,やや資料に乏しいが,収容鑑別の場合と大差がない。しかし,一般家庭や学校などから依頼される鑑別については,対象者の年齢や問題の内容が非常に広範囲にわたる関係上,その資質鑑別に用いる検査や診断の方法および精密さは一様でない。また,必要に応じて,カウンセリングを実施する場合もある。
 資質鑑別によって得られた収容少年の精神状況の診断結果は,III-72表に示すとおりで,正常者(知能が普通またはそれ以上で,精神および性格に異常を認めない者)と診断された人員は,昭和三七年に三・五%であったものが,順次減少して,四〇年には二・六%となったが,四一年には,やや増加して,三・三%となっている。これに反して,準正常者(境界線級知能の者および性格異常の者を含む。)が増加する傾向がみられる,また,精神薄弱者(知能指数六九以下の者)や精神病質者は,わずかではあるが,逐年減少を示している。神経症者その他の精神障害者は,発現率がきわめて少なく,大きな変動を認めがたい。

III-72表 精神状況別人員(昭和37〜41年)

 このように,正常者の比率が減少して,準正常者のそれが増加する原因の一つには,鑑別技術の進歩・向上に伴って,資質鑑別が精密化した結果,軽度の性格異常者も発見されるようになったことも考えられる。しかし,準正常者が全体の八五%以上を占めている現状は,この診断範ちゅうの明確化と細分化を求めているといえよう。目下,法務省矯正局においては,準正常者の増加と関連して,診断基準の再検討が考慮されている。
 家庭裁判所関係の鑑別終了人員について,知能指数の分布状況を段階別にみたのが,III-73表である。すなわち,知能指数一一〇以上の比較的高い知能段階にある者と,精神薄弱者と判定される低知能者がやや減少しているが,知能指数八〇〜八九および九〇〜九九の段階にある者は,大きな動きがみられない。しかも,この二つの段階にある者の合計は,毎年,五五%内外を占めている。一般少年の知能指数の分布は,一〇〇を頂点とした,ほぼ,正規分布曲線(左右対称の釣鐘状の曲線)を示すのであるから,収容少年の知能は,一般少年と比べて,やや低格者が多いといえる。

III-73表 知能指数段階別人員(昭和37〜41年)

 少年鑑別所における鑑別の結果は,非行と関連する問題点とその分析,処遇上の指針,社会的予後の問題,医療措置の必要の有無など,当面必要な処置にも触れ,本人にとって最も適切な保護指針などの勧告事項を盛りこんだ鑑別結果通知書を家庭裁判所に送付している。この鑑別結果通知書には,次のような区分で記載している。
 [1]保護不要(保護措置を必要としない者) [2]在宅保護(在宅のまま補導すればよいと思われる程度の者で,さらに,保護観察官,学校の指導教官,児童福祉司など専門のケース・ワーカーにゆだねる必要のある者と,専門のケース・ワーカーにゆだねる必要のない者とに分かれている。) [3]収容保護(少年院,教護院または養護施設に収容を適当とする者) [4]保護不適(保護処分にすることは不適当と詔められる者,たとえば,刑事処分を相当とする者,または,社会的危険性のある精神障害者で,精神衛生法による措置入院を適当とする者)
 III-74表は,最近五か年間における家庭裁判所関係鑑別の判定の状況をみたものである。この表によれば,在宅保護が最も多く昭和四〇年は五五・六%,四一年に五五・四%を占め,五年前の三七年と比べると,約九%の増加である。ついで多いのが,中等少年院送致の判定意見で,四一年は二三・九%である。特別少年院の送致意見も,四一年は四・七%で,前年よりやや多くなっているが,初等少年院送致の意見は,三七年以来逐年減って,四一年は三・四%になった。教護院又は養護施設への送致意見は,わずかに減少傾向をみせ,四一年は一・〇%である。

III-74表 鑑別判定人員(昭和37〜41年)

 つぎに,右と同じ少年に対する家庭裁判所の決定状況をみたのが,III-75表である。すなわち,昭和四一年では,保護観察が三一・一%で,最も高率を示し,ついで,中等少年院送致の一四・五%,審判不開始または不処分の八・四%,検察官送致六・二%,特別少年院三・四%,初等少年院二・三%,医療少年院一・七%となっている。

III-75表 審判決定人員(昭和37〜41年)

 つぎに,道交違反少年の資質鑑別については,従来より,検察庁,家庭裁判所,警察などの依頼に応じて,在宅鑑別を行なってきたのであるが,最近,悪質な道交違反少年が急増してきたため,とくに悪質または常習的な道交違反少年については,これを収容のうえ,精密な鑑別を実施するようになった。
 III-76表は,最近五か年間に,鑑別を行なった道交違反少年の人員を示したものである。すなわち,昭和四〇年には,収容して鑑別した人員が,一,〇三三人,在宅のまま鑑別した人員が三,二四三人で,両者を合計すると四,二七六人にのぼる。この人員は,逐年増加しており,四一年には,三六年における七五二人の約五・七倍となっている。このような,道交違反少年の急増にこたえるため,法務省矯正局は,鑑別技官の増員と運転適性検査器具などの整備を図っている。

III-76表 道交違反少年鑑別人員(昭和36〜40年)

(三) 鑑別をめぐる諸問題と新しい動向

 さきにも述べたように,最近とくに,青少年問題に対する一般の関心が高まるにつれて,地域社会における非行少年の人格診断センターとしての鑑別所に対する期待と要望がますます増大しつつある。このような現実の要請にこたえるためにも「少年鑑別所法」の単行法化が強く要望されており,法務省においても,少年法の改正問題とあわせて検討されているところである。
 それと同時に,少年鑑別所が非行少年の人格診断センターとしての機能を十分に発揮するためには,少年の行動,経歴,環境等についての社会調査を充実し,もって,資質鑑別のいっそうの向上を図るベきであるとの声が強い。
 およそ,人格の診断にあたっては,被検者の現在の心身の状態についての知見のみでなく,被検者の家族歴,既往歴についての資料を得ることが必要である。しかるに,現在の状況では,この診断の前提条件ともいうべき生活史に関する社会的調査記録の収集が,家庭裁判所の調査官の手にゆだねられ,現在の心身状態と既往歴との調査が,それぞれ独立して相互に無関係に進められている。この難点は,鑑別技官と調査官との協力によって,ある程度は,補ってきたのであるが,このような協力体制には,おのずから限界のあることであり,また,既往歴調査の焦点の当て方については,両者の志向するところが必ずしも一致しない。このような事情から,鑑別診断の正確さと妥当性を高めるために,少年鑑別所が独自の立場から,診断の前提条件である既往歴の調査を行なうべきであるとの声がしだいに高まってきたことは,むしろ当然のことのように思われる。人格診断過程において,現在の心身状態と既往歴との調査が,分業システムの形で,相互に無関係になされているという,いわば診断学の鉄則に反したような現状は,できるだけ早く改善されることが望ましいといえよう。
 つぎに,少年鑑別所の本来の使命である鑑別機能をいかにして強化,拡充するかは,当面の大きな課題の一つであり,これの解決策として,少年鑑別所の運営を,より合理的・能率的にすることが必要である。
 法務省矯正局においては,少年鑑別所における鑑別業務と観護業務を有機的に連係させた標準運営方式を確立するため,静岡,大阪,広島,鹿児島および徳島の五庁を選んで標準運営試行庁に指定し,昭和四〇年六月より四一年三月までの一〇か月間試行を行なった。また,さきに,人格診断テストの項で述べたように,法務省式文章完成法と法務省式人格目録が考案され,社会適応性に関するテストの作成にも,すでに着手しており,また,診断規準の統一化や「準正常」の概念規定についても,種々考慮されているが,これらはすべて,全国の少年鑑別所がそれぞれ独自の特色を発揮しつつ,しかも,根底においては,統合され,標準化されるべきであるとの要請の現われであり,右に述べた標準運営方式と関連するものである。
 なお,少年鑑別所の観護課のあり方については,従来からも,鑑別課との協カ体制という面から種々考慮されてきたところであるが,身柄の確保と行動観察という本来の観護の機能のほかに,生活指導の面で新らしい試みがなされつつある。たとえば,カウンセリング(個別法および集団法),音楽療法(背景音楽による不安,緊張の解消,古典音楽反覆聴取による精神聴覚的訓練),種々の遊戯療法,作業療法ないしメンタル・ワーク(貼絵,粘土工作,紙細工,図画,習字など)などが試みられており,規律訓練やしつけ教育に加えて,鑑別所における治療的・教育的なふんい気を高めようとする努力がなされている。そして,このような試みは,治療教育的効果を期待していることはもちろんであるが,同時に,意志の疎通性の円滑化をもたらし,それが,診断場面に反映して,鑑別の妥当性を高めるうえにも有効に作用するのである。
 ともあれ,少年鑑別所が科学技術官庁としての専門的性格を高め,今後いっそうの発展と飛躍をとげるためには,家庭裁判所のみならず,その他関係機関および地域社会からの要請に対して,積極的に参加しうるような体制が考慮されねばならないであろう。