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 昭和42年版 犯罪白書 第二編/第三章/三/3 

3 保護観察の実施体制に関する問題点

(一) 保護観察官の処遇活動と担当事務量等

 昭和四一年末現在における保護観察官(ただし所長を除く。)一人あたりの保護観察対象者の平均担当数は,一七〇・六人で,その負担量は,著しく過重な状態にある。そのため,多くの保護観察官の業務は,主任官として,いちおう総括的に事件をは握しているが,それは,ごく例外的な一部の事件を除いて,保護観察開始当初の面接に際しての指導と,担当者からの報告に基づいての掌握とを行なっているにとどまり,大部分の対象者に対する直接の接触や処遇は,おおむね保護司にゆだねられている状況である。
 近年,対象者の処遇については,ボランティアである保護司のみに依存することなく,専門官である保護観察官が,主動的に,これにあたるべきであるとの意見が,関係者の中に高まっているが,これは,保護観察官の執務内容を,事件の総括的管理や保護司の対象者に対する処遇活動の指導監督のみにとどめず,保護観察官が直接,対象者に接触して,専門的な立場を生かした処遇を行なうことにより,保護観察の充実を図ろうとするものである。もとより,全事件について,保護観察官が,直接,接触や処遇を行なうことは,現在の法制,人員,予算等の状況から考えて,不可能に近いことであるが,民間の保護司にゆだねきりにすることの適当でない特殊な事件や処遇の困難な事件については,緊急を要する課題であると思われる。
 昭和四一年六月,法務省保護局が,保護観察官の執務実態につき,全国調査を実施したところによれば,その執務内容は,きわめて広範囲にわたり,保護観察に関する業務以外に,在監・在院中の者の環境調査調整事件,共助事件,更生緊急保護事件および恩赦関係等の事務,保護司の研修,保護司会や更生保護会等の指導監督,協力組織の育成指導,犯罪予防活動等,各般の業務に及び,そのための執務時間の割合は,全体の四七・五%を占め,直接,保護観察に従事している時間の割合は,五二・五%であるが,これは,一面において,保護観察所における事務官や補助職員の不足を物語っているのではないかとも思われる。
 なお,保護観察官が,対象者に面接して,直接,指導等を行なっている状況に関し,法務省保護局が,昭和四一年一月から六月までの六か月間にわたって,全国の保護観察官について調査したところによれば,保護観察開始当初の面接を除き,保護観察所または定期駐在の場所等に呼び出したり,家庭訪問などにより,面接する一か月平均の対象者数は,九・四人である。また,昭和四〇年五月以降,東京,大阪,名古屋の三庁で,一部の青少年対象者について,保護観察官による直接処遇が行なわれているが,これは,特命を受けた保護観察官により,保護観察所の近距離のところに在住する対象者に限り,できる限り,面接を多く持つことをねらいとし,また,庁外活動も可能な範囲で活発に行なうこととして,実施されているものである。その七か月間の結果につき,法務省保護局が調査したところによれば,一か月間の対象者一人あたりの面接回数の平均は二・三回であり,同年一二月末現在の保護観察官一人あたりの平均担当対象者数は,三八人という状況である。
 今後,保護観察官の直接処遇を拡充強化するための根本的方策としては,保護観察官の増員,保護観察所支部の設置および駐在官事務所の増設,機動力の強化等が不可欠の要件と思われる。

(二) 処遇活動における保護司の担当分野

 現在,保護観察における対象者に対する接触,処遇等の実務面がほとんど保護司に依存している実情については,すでに述べたとおりであるが,保護司は,保護司法によってうかがわれるように,他に生業を有する奉仕者で,民間人であるから,国の行政責任のもとに行なう保護観察が,ほとんどそのすべてを保護司に一任した形で実施されている現在の体制に,十分なものとは言いがたい。現在の体制は,直接,処遇にあたるべき保護観察官の数が,著しく不足している状態において,保護司が「保護観察官で十分でないところを補う」という法律の趣旨に基づいて採られているもので,いわば,便宜的な体制であると考えられる。もちろん,保護司は,地域住民の代表的存在で,多くは,社会的地位も高く,徳望のある人材で,とくに,対象者の補導援護に関する処遇においては,独得の成果をあげ,現行保護観察制度の発足以来,その果たしてきた役割は,きわめて大きいものがあり,保護観察の実施について,その関与が望ましいことはいうまでもなく,その制度的価値は高く評価されなければならない。しかし,本来,ボランティアの活動には,任意性ないし自発性があるべきで,その活動に,純然たる国家公務員に要求するごとき責任や義務を負わせることには,限界があるものと考えられるのであり,現在の保護観察の執務体制のうえでは,保護観察官が自ら果たすベき分野の仕事を,保護司に期待しているのではないかということを考えてみる必要がある。すなわち,保護観察は,対象者の意志に反しても行なわなければならないことがあり,また,法律に基づく強制措置をとる必要のある場合もあるが,とくに,強い指導監督や強制的手段をとる必要があると考えられる行状不良の対象者の保護観察のすべてを,民間人であり,奉仕者である保護司に一任し,対象者の掌握や処遇の適切を期待して,その完ペきを図ろうとしても,そこには無理があると思われる。それが,従来から,保護観察が,補導援護の面では,かなりの実績をあげながらも,成績不良の者や再犯のおそれのある者らに対する処遇や措置に適切さを欠くことがあって,徹底して行なわれていないのではないかとの批判を受ける原因ともなっていると思われる。なお,保護司の側にも,国があまりにも多くのことを保護司に期待しすぎているのではないか,また,国が,その事務の多くを,報酬を支給することなしに負担せしめ,もっぱら,その善意のみに頼りすぎているのではないか等の意見があるやに言われている。
 このように,保護司の活動には限界があり,保護観察官が主動的に活動するような態勢をとることが肝要であるが,このことは,決して,保護司による活動が消極的であってよいということではない。この種の保護事業に,地域在住の民間奉仕者の寄与を得ることは不可欠のものであり,保護観察官による処遇が,その身分的制約等から,ややもすれば,官庁事務的になりやすい点を補ううえからも,保護司の特性は,ますます効果的に活用すべきであることはいうまでもない。
 つぎに,処遇活動における保護司の負担量については,保護観察事件の平均担当件数は,一人あたり約二件であるが,対象者の居住地その他の事情から,すべての保護司に均等して事件を担当させることができないので,対象者が密集している大都市内の保護区では,担当過重と思われる保護司の数が多くなりつつあり,地域的にみれば,保護司の事件負担量には,かなりの不均衡が認められる状況である。この点の対策としては,現在,対象者の少ない保護区の定員を減じ,それの多い保護区の定員を増加することが考えられているほか,保護司の職務執行区域である保護区の面積,人口,交通その他の事情を考慮して,その変更等の検討が行なわれている。

(三) 保護観察の実施機構

 保護観察の実施機構としては,地方裁判所所在地に一庁ずつ配置されている保護観察所(四九庁)と,名瀬,八王子,沼津,浜松,姫路,豊橋,飯塚,北九州(小倉区),佐世保,平,室蘭,網走の各市に一か所ずつ配置されている駐在官事務所(一二か所)が,そのおもなものである。保護観察所は,昭和二四年五月,現行保護観察制度が発足した当初は,地方裁判所所在地ごとに,成人,少年の別に設置されたものが,同二七年八月以降,現行の機構に改められたものである。駐在官事務所は,同二七年八月以降,名瀬市に一か所設置されていたものが,同三八年七月,八か所が増設され,同三九年七月,さらに三か所が増設されたものであり,各駐在官事務所には,一人ずつの保護観察官が配置されている。
 この保護観察の実施機構については,保護観察活動の現状とその特殊性から考えて,整備充実を要する点があると思われる。その現状については,すでに述べたとおりであるが,その特殊性としては,[1]対象者が多数広い地域に分散していること,[2]処遇の方法としては,いわゆる在宅指導の態勢を採るべきものであること,[3]対象者に対しては,長期間にわたり,継続した接触を要すること,[4]対象者の行動を,その家庭,職場等の生活の場において,観察し,は握する必要があること等がおもな点である。このことは,たとえば,対象者が,ときどき,保護観察所に出頭すれば足りるという程度のものでなく,保護観察を行なう者が,みずから積極的かつ頻繁に,対象者との接触を図る必要があるもので,そのためには,保護観察官の活動拠点が保護観察対象者の生活の場に近接していることが望ましいわけで,現在の機構のように,広い地域に,保護観察所が一か所あるのみで,しかも,機動力も乏しいという状況では,すでに保護観察官の定期駐在などの方法を講じ,それ相当の実績を上げてはいるが,それによりすべての対象者に行き届いた保護観察を行なうことは困難である。これに対し,少なくとも地方裁判所甲号支部の置かれている地に,所轄保護観察所の支部または駐在官事務所を配置することができれば,その機能は,一段と充実したものになることが予想される。たとえば,全国で一二か所に置かれている駐在官事務所では,昭和四〇年末現在で,保護観察官一人平均三一七件の保護観察事件を担当し,同年一年間に,一人平均一四四件の環境調査調整事件と三三四件の保護観察開始当初の関係事務を処理し,配置人員の割に,すぐれた実績をあげ,現地における処遇活動の効率性と有利性を実証している。また,昭和四一年三月,法務省保護局が行なった調査によれば,全国で九二七の保護区のうち,保護観察所からの交通(片道)に,二時間以上を要する保護区が,五一・九%(四八一区)ある状況であるが,それらの地域においては,対象者の来庁を促すについてはもとより,保護観察官の出張による処遇活動を強化しようとしても,時間的に著しい制約を受けざるをえないもので,保護観察所支部の設置,駐在官事務所の増設などにより,保護観察実施体制の整備を図ることは,緊急の課題と思われる。
 なお,保護観察所にあっては,少年院,刑務所のほか,検察庁,地方裁判所,家庭裁判所等との間に,対象者処遇の一貫性を図り,また,いわゆるバトンタッチの円滑化をはかるための,いっそうの努力が必要であると思われるが,そのためには,それらの各庁に,所属の保護観察官を駐在させ,関係事務の処理にあたらせる等の体制の強化も必要であると考えられる。